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1ー5 この子ちょっと様子がおかしくて……

タクヤ視点の話です。

 王国騎士団はエルカザードの国防を担う実動部隊だ。 

 総員は百七十八名。

 六色に分けられた部隊ごとに所属が異なり、それらを統括する意味で国王が全権を握る。

 

 ジークやタクヤが所属する黒騎士団は、冒険者ギルドの管轄下にある。王都の治安悪化、モンスター発生の増加、それに対して騎士団全体の人手不足が深刻化されたため、新たに創設された部隊だ。


 歴史が浅いがゆえに騎士団における地位こそ低いものの、本部は新築のため最新の設備が整っている。

 敷地の裏手にある修練場も同様で、広大な敷地に魔法具による結界が張られ、灼熱の太陽に焦がされることなく快適な環境で訓練に励むことができる。


 部隊を統率するのは騎士団長であるアリシア。

 筆頭騎士ジークはいわば象徴的な存在だ。

 ただSS級討伐対象といった王都に危機を及ぼすような魔物が現れたときは、エルカザード最強の騎士として先陣を切って戦場に乗りだす。若い騎士の中には、彼を理想の体現者として心酔する者も多い。


 タクヤもそのひとりだ。

 だから一時的とはいえジークが子どもの世話係を命じられたと聞いたときは、驚いたものだった。

 なにかしらの理由で保護が必要だったとしても、筆頭騎士にさせるような任務かと。


 しかしリコッタ嬢を目の当たりにして、納得した。

 この子は只者ではない。

 その場の空気を一瞬にして塗り替えてしまうような、底知れない存在感。

 単に愛らしいというだけではない、支配的な力強さ。


 修練場に彼女が現れたとき。

 実践訓練の最中にあった若い騎士たちは、目の前の試合のことなんて忘れて見とれてしまった。

 スカートをひるがえして歩く姿には、七歳児とは思えない気品と色気が漂っている。

 むさ苦しい男の園にふっと美しい花びらが舞い降りてきたようだった。

 その後ろをへこへこと歩くタクヤの姿なんて、誰も見ていない。


「ありゃあまさか……例の迷子ちゃんか? とんでもない美少女とは聞いていたが、想像以上じゃないか! あんな綺麗な子がこの世に存在するんだなあ。夢みたいだよ」

「お、おい! こっち見て手を振ってくれたぞ! 俺に気があるのかな?」

「んなわけねえだろすっ飛ばすぞ。つうかそーゆう目で見るんじゃねえ。汚れるだろ」


 誰もが口々に囁きあうものの、そこでパンと手を叩く音が響き渡る。

 副団長のロドリコが、眉間に皺を寄せて若い騎士たちを睨みつけていた。

 騎士団一規律に厳しいと言われている男の鋭い視線は、リコッタ嬢にも注がれている。


「修練場は関係者以外立ち入り禁止だ。その雰囲気からすると迷いこんだようにも見えないが、こちらのお嬢さんはいったい誰の許可を得て見学しにきてくださったのかな?」

「タクヤ・サワダ様なのです。訓練ハブられたから殴りこみしかけようやって」

「言ってない! 微塵もそんなつもりなかったっすよ!」

 

 ロドリコにぎろりと睨まれる。

 今の言葉を鵜呑みにした風ではないが、なぜ止めなかったのかと責めているようだ。


「す、すみません……。この子ちょっと様子がおかしくて……」

「そこはせめてマイペースとかアグレッシブと言ってください。ちなみに我は見学しにきたのではなく参加しにきたのです。エルカザードの騎士様たちの練度がどんなもんか、気高き剣の精霊ことリコッタ・パンケーキ様が直々に監査してさしあげます」


 ちまっこい少女は訓練用の剣を掲げながら高らかに笑う。

 さすがのロドリコも唖然として、すぐさま言葉を返すことができないようだ。


「我の願いはみなに愛されチヤホヤされながら、口を開けていれば誰かがお菓子をぽーんと投げこんでくるようなゆるゆるで甘々なお嬢様スローライフです。聞けば王国の周辺には凶暴な魔物が多く棲息しているようですが、そういった連中の駆除はあなたがたのような騎士様が担当しているのでしょう? 皆さんが訓練するお姿をざっと拝見いたしましたが、はっきり申しあげて全然なっておりません! 子どもが見学にきたくらいで手を止めるなんて、集中力に欠いている証拠。まあ我が可愛すぎてきゅんきゅんしてしまうのは致しかたないことかもしれませんが、そこはむしろ奮起して相手の首級を献上しにくるくらいの度量を見せてもらいたいですね」


 すごい。

 早口すぎてなにがなんだかさっぱりだ。

 でも、ろくでもないことを言っているのだけはわかる。

 ロドリコがタクヤに向けるまなざしが、同情的なものに変わった。


「……なるほど。確かに様子がおかしいようだ」

「実践訓練の飛びいり参加を認めてくださいます? 我とサワダ様で一チーム。エルカザードが誇るエリート集団とあらば、幼子の戯れに付きあう程度の余裕はあって然るべき。それとも剣の精霊に恐れをなしてお逃げになりますか。でしたらジークにこうご報告いたします。おめえの部下すっげえ弱かったわ。やーい! ざぁーこ♡ ざぁーこ♡」


 リコッタ嬢は目を細めてケラケラと笑う。

 この瞬間だけは愛らしさよりも憎らしさのほうが上回った。


 様子のおかしさに慣れてきたタクヤですらそう感じるのだから、ロドリコや騎士団の仲間たちにいたっては腹に据えかねたことだろう。今までとは空気が変わってしまった。

 もっともそれも計算のうちに違いない。

 場は以前として、彼女が支配している。


「子どもの躾も騎士の役目か。デレク、少し遊んでやってくれ」

「へいへい。なるべく怪我させないようにいたしますよ」


 前に出てきたのはタクヤと同期の男だった。

 デレクはさる小国の貴族の生まれで、幼い頃から剣の英才教育を受けてきたとあって団の中でめきめきと頭角を現しつつある。歳も体格もそう変わりないのに実力は雲泥の差があるものだから、タクヤはことあるごとに比較されていつも落ちこんでいた。


「やる気があるところですまないが、トーナメントはさきほど決勝を終えたばかりでね。お嬢さんがお試しでこいつと剣を交えてもらって、口先だけではないことを証明できたら正式に飛びいり参加を許可いたしましょう。そのときはいっそ、優勝チームと勝負させてあげますよ」

「悪くないご提案ですね。サワダ様ほどではないにせよ、才能がありそうな若者ですし」

「ははっ。俺っちよりもあいつが上かあ。さすがお嬢ちゃんは見る目がある」


 周囲からも苦笑が漏れる。

 リコッタ嬢は気を利かせて持ちあげてくれたのかもしれないが、これではむしろ逆効果だ。

 タクヤは恥ずかしさのあまり、顔をうつむかせてしまう。


 ロドリコが間に立ち、両者の間合いを開かせた。

 そのあとでふたりに防護魔法をかける。

 こうしておけば、刃先を潰した訓練用の剣なら当たっても怪我はしない。


 対戦中にこっそり強化魔法を使うというようなズルを防ぐ役割もある。

 効果が上乗せされたら先に術をかけたロドリコに、魔力の流れが伝わってしまうからだ。


 ルールは簡単。

 先に一撃を浴びせたほうが勝ち。剣を落としたら失格だ。


 デレクは剣を胸のあたりで水平に置き、弓を引くような姿勢のまま静止する。

 英才教育の末に自ら編みだしたという独特の構えだが、いざやりあってみると剣の出どころが見えづらくて非常に厄介だった。


 対するリコッタ嬢は棒立ちのまま、傘を持つようにくるくると剣を回している。

 どう見たって舐めているとしか思えない。本当に遊び半分で殴りこみに来たらしい。


 勝敗の行方はやる前からあきらかだった。

 防護魔法がかけてあるとはいえ、幼子に一撃を浴びせるのは気が引ける。

 万が一を防ぐ意味でも、剣を弾き飛ばして失格を狙うべき。


 そういう意図でロドリコはデレクを指名したのだろうし、彼にはそれほどの離れ業を成功させるだけの実力がある。

 もはや試合ではなく大道芸。

 誰もがデレクの剣さばきに期待し、的にすぎない少女に注視しているものはいなかった。


 だが、結果は真逆だった。

 ロドリコが掲げた手を下ろし、試合開始を告げた次の瞬間――。

 パンと乾いた音が響き、一振りの剣がくるくると宙を舞った。


 銀の刃は太陽に照らされてキラリと瞬いたあと、流星のごとき勢いで地面に突き刺さる。

 周囲にいた誰もが、デレクがやったのだと思ったはずだ。

 しかしぺたりと尻餅をついているのは彼のほうだった。


 リコッタ嬢は相変わらず笑みを浮かべたまま、くるくると『剣』を回している。

 小鳥のような声が、静寂を破る。


「判定をよろしくお願いします」

「へ……? ああ、えーと、デレク失格!」


 誰もが言葉を失っていた。

 しかしやがて、ぎこちない笑いが響き渡る。


 状況的に判断するならこうだ。

 可愛らしいお嬢ちゃんに忖度して、デレクが自ら剣を放り投げた。


 若い騎士たちは堰を切ったように野次を飛ばしはじめる。

 なにやってんだ。調子が悪いのか。それとも対戦相手に惚れちまったのか。

 成長すりゃあ美女だからなあ。今のうちからご機嫌取っとけ……などなど。


 リコッタ嬢はむっつりと黙りこんでいる。

 冷徹な瞳だ。

 この瞬間、彼女が周囲にいる騎士たちを見かぎったのがわかった。


「飛び入り参加を認めていただけますね?」

「そういう約束だからな。まったくデレクのやつめ、なにやってんだか」

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