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9ー9 カシオ殿下の奮闘

カシオ視点になります。

「誰も信用してはいけません。信じられるのは、自分だけだと肝に銘じなさい」

「ですが母様。王宮の人たちはみんな、僕によくしてくれますよ」

「それはあなたが王子で、とても優秀だからです。そうでなければ、いったいなんのために優しくするのですか。私をごらんなさい。こんな暗いところで誰からも見向きされず、冷めきった食事を与えられ、死なせないためだけに生かされている」


 カシオは口をつぐむ。

 母の手がたどたどしく、頭を撫でてくる。

 幼い頃に毒を盛られ、一命こそ取り留めたものの、そのときの後遺症で視力を失っている。

 犯人が親しくしていた侍女だったがために、以降の人生は疑心暗鬼に囚われ、そのせいで周囲から孤立してしまっている。

 生まれつき魔力の資質に恵まれていたおかげで王妃の座につくことができたものの、王宮の中での序列は低い。もっと愛嬌があって、美しい王妃がいるからだ。


「優秀でなければ、愛されない」

「ええ、ええ。陛下もオクスタインも、あなたに価値があるから親切にしてくださるのです。でなければ道端の石ころのように、見向きすらしないでしょう」


 それから、母は言った。


「あなたは幸せになりなさい。そのための一番の近道は、優秀になることです」


 ◇


 ひどく寒い。

 それに暗くて、息苦しい。

 あれから、どれくらいの時間が経っただろう。

 助けは来ない。

 僕が書庫にいると、侍女たちがそろそろ気づいてもよさそうなのに。


 亡霊に襲われたあとの記憶は、定かではない。

 気がついたときには本棚にもたれかかった状態で倒れていて、そのままずっと見つからないように隠れていた。おそるおそる立ちあがってみると、以前とはどこか様子が変わっているように感じられた。勇気を出して階段のところまで戻ろうとしたとき、ようやく異変に気づく。

 

 ないのだ。どこにも。

 帰り道に繋がる階段が。


 嫌な予感がして、手近にあった本棚に手を伸ばす。

 並べられた書物の間に隙間がなく、ひとつの塊のように貼りついている。奥行きに見えた部分も平面的で、その先に指を入れようとしても黒々とした壁に阻まれてしまう。

 なにもかもが見せかけだ。

 ここは現実のようでいて、現実ではない。


「本の中……?」


 その場に倒れこみ、胸を押さえる。

 魂を吸われたときの感触が蘇ってくる。

 寒いわけだ。

 今の自分は、死人と同じなのだから。


 ぼろぼろと涙がこぼれる。

 なんてザマだ。

 僕は優秀でなければならないのに。

 でなければ、誰からも愛されないのに。

 

 状況から察するに、今の自分は魂のみの状態で、本という『結界』に閉じこめられている。あの場で殺されていたり食べられていたりするよりはマシだったと、前向きに考えるほかない。


 ――完全な結界というものは存在しません。


 マルローネの言葉を思いだす。

 縫って包むようなイメージだから、繋ぎあわせたところを強く引っ張るとか、ほつれている部分を解くかすれば、どれほど強固に作られていたとしても瓦解する、だったかな。


 魔法を使ってみる。

 火の玉が出現したので、肉体がなくても発動は可能だとわかった。

 試しに本棚にぶつけてみるが、びくともしない。

 弾かれるというより、かき消されたような感じだ。

 凍らせても雷撃を浴びせても切断を試みても結果は変わらないだろう。

 この状況で魔力は無駄にできない。他の手段を考えなくては。


 ……なにも浮かばない。

 そりゃそうだ。

 実体がないのだから、できることはかぎられている。

 後悔することくらいじゃない? 

 ああ、だめだ。

 一度でもそう考えてしまったら、どんどん溢れてきてしまう。


 このままだと、女の子に意地悪して泣かせたあげく、気を引くためにかっこつけて、デートの下見に行ったところで襲われて、死体になって転がっているただの馬鹿だ。

 神童と呼ばれていい気になったところで、実際はこの程度の人間にすぎない。


 わかっていた。王子だから『すごい』と褒めてもらえるだけ。王宮という狭い空間で暮らしているから、誰よりも優れていると錯覚していただけ。

 ちょっと抜けだして外の世界に触れてみれば、もっとすごい人間はいくらでもいる。


 ――リコッタ・パンケーキ嬢。

 美しかった。

 出会った瞬間、震えてしまった。


 頭に生えた二本の角、淡い紫色の髪。

 赤い瞳に宿るのは、鋭い知性の光。

 そこに佇んでいるだけで、誰もが見惚れてしまう。

 超然としていて、揺るぎない、圧倒的な存在感。


 嫉妬した。憧れた。

 しかしそれ以上に、惹かれてしまった。

 彼女に相応しい人間にならなければ。心から、そう感じたのだ。


「おげえええ……」

「え?」


 今なにか、聞こえたような。

 周囲を見まわしたところで、いきなり足をつかまれる。

 ぎょっとした。床に穴が空いていて、そこから白い手が伸びている。


「うわああっ! 来るな、来るなああっ!」

「痛いっ! 叩くな、ちょっ……おま、手ぇ蹴るな、落ち着け、ボケナス」

「やめてやめてごめんなさいごめんなさい。許してください助けてください」

「だからぁ! ちぇいっ! 見えねんだっつの! ちょっと待ってろぉ」


 亀裂を広げてこじ開けようとするように、もう一本腕が出てきてごりごりと音を立てる。

 その隙間から聞こえてくるのは、うめき声めいた呪詛の言葉。

 やがて広がったところからニョキッと角が生えてきて、カシオは恐怖のあまり後ずさる。

 新手の亡霊、それとも悪魔? 

 魂だけになった僕を、さらに痛めつけようってのか?


 ぽんっと弾けるような音がして、どこかで見たことのある顔がこんにちは。

 穴から生えた生首を見て、カシオは思わず声に出してしまった。


「うわ、キモ……」

「はあ!?」

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