9ー6 カシオ殿下の失踪
リコッタ嬢視点→カシオ視点になります。
異変に気づいたのは侍女だった。
今朝方、お茶会の衣装を持ってカシオ殿下の自室をたずねたところ、すでにもぬけの殻だったらしい。
机に『すぐに戻ってくる』と彼の筆跡で書き置きが残されていたため、いったんは待つように指示が出された。
しかし時間になっても現れず、王宮のどこを探しても姿が見当たらないことから、ようやくマルローネのところに報告がなされた。
彼女は騎士団を使って市井で殿下がいそうな場所を探せたが、やはり見つからない。普段から身分を隠して遊びに出かけるやんちゃなところはあったものの、お茶会のような催しに遅刻することは一度もなかった。
自らが主催者で、リコッタ嬢との再会を待ち侘びて前日からそわそわとしていたのだから、なおさら約束を破るような真似はしないはずだ。
――誘拐。暗殺。
一同の脳裏に、不穏な単語が浮かぶ。
辺境伯オクスタインの行動は早かった。
報告を受けた直後に指笛をピューと鳴らし、王宮の上空を旋回していた『使い魔』のサンドグリフォンを呼び寄せる。
マルローネや侍女たちからすると見慣れた存在なのだが、あくまでそれは飛んでいる姿を遠くから眺めているときの話である。地表に降り立つと想像していた以上に大きく、とくに魔物と接することに慣れていない侍女たちの間でざわめきが起こった。
「該当する時間帯に、王宮の外に出た者はいないようだ。使い魔の監視を欺いて……ということもなくはないが、結界の探知にすら引っかかっていないところを見るに、犯人たちは敷地内に潜伏したままかもしれない。最悪のケースだとカシオはすでに殺されていて、細切れにされたあげく、クローゼットかどこかに仕舞われているだろうな」
リコッタ嬢以外の全員が、その言葉を聞いて顔を青くする。
しかし続けて、オクスタインはこう告げた。
「ただ、私の甥っ子はそこまでやわではない。普段は真面目でおとなしいが、本気になれば黄騎士団の団長様でさえ手を焼くやんちゃ坊主だ。賊に襲われたとしても少なからず抵抗して、騒ぎになるはずだ」
「普通にその辺で迷子になっているってことはないのです? あとはドブに落ちたとか、塀の穴にお尻が挟まったとか、高いところに登った猫ちゃんを助けようとして自分も降りられなくなったとか」
マルローネが、馬鹿な質問をした生徒を見るような視線を向けてくる。
いやだって、九歳児だよ? 絶対にないとは言えないじゃん。
「確かに――敷地内の警備は万全で、カシオは手強い少年だ。誘拐や暗殺と同じくらいには、自ら部屋を抜けだしたあと、なんらかのトラブルがあって戻れなくなった可能性はある。かくいう私も、今の彼と同い年くらいに半日ほど迷子になったことがあったからね」
「そのときはどこにいたのですか。オクスタイン様」
「廊下に未発見の隠し扉があってなあ。興味本位で潜ってみたら地下の迷宮に繋がっていて、上位種の魔物と鉢合わせさ。どうにか逃げ切れたが、さすがに生きた心地がしなかった」
おっさんって隙あらば武勇伝を語りたがるよな。
しかし今のエピソードで、王宮の中がそこそこの魔窟なのはわかった。
「ひとまず私は使い魔とともに外を探す。君たちは建物のほうを頼む。来客者の中に賊が潜んでいるともかぎらないから、いったん会場で待機してもらって――」
「我も手伝ったほうがいいです? それともここで光合成? あ、とくにやることがないのであれば、地下の書庫へ遊びに行ってても構いませんかね。カシオ殿下にお茶会のあとで案内してもらう約束でしたが、この調子だと間違いなく中止になるでしょうし」
すっげえ他人事な感じで言ったら、オクスタンに嫌な顔をされてしまった。
ぶっちゃけ我としては王族のガキが生きていようが死んでいようが迷子になっていようがわりとどうでもよくて、お茶会にやってきた本来の目的を果たしたかっただけなのだが。
マルローネちゃんもだいぶ険しい表情をしていたものの、ふいに「あっ!」と声を出す。
「地下の書庫、ありえるかもしれません。昨日カシオ殿下が下見をしたいとおっしゃっていたのですが、日が暮れてしまうのでやめておきましょうとご忠告したのです。そのときは素直に引き下がってくださったのですが、夜中か朝に部屋を抜けだして……という可能性はありますね。いつ向かったにせよ書き置きを残しておけば、侍女たちもすぐに探そうとはしませんから」
「なら我はそっちを当たりましょう」
よし! これで殿下を探すふりをして禁呪古文書をパクれる!
と内心でガッツポーズを決めたものの、ひとりでは危ないからと結局マルローネちゃんが同行することになってしまった。
まあ……仕方ない。面倒くさいが一応、ちゃちゃっと見つけてやるか。
それが死体であれ、なんであれ。
◇
リコッタ嬢は安否なんてまったく気にしていなかったが、結果的にその消息を辿る最適解を導きだすことになった。カシオ殿下はお茶会の前に部屋を抜けだし、地下書庫の下見に行っていたのである。
早熟な少年らしく、カシオは大人を舐めているところがあった。幼いころから神童ともてはやされてきたがゆえに、王族の子息としては警戒心に欠けていたことも災いした。
エルカザードの子育て教本に『九歳の壁』という言葉があるが、自尊心が発達しはじめたころがもっとも厄介だ。危険を危険だと思わず、好奇心だけでズンズンと突き進むお年頃。
時は遡って午前四時半。
深夜の見回りが切りあげたタイミングを狙って、カシオはこそこそと動きだす。
夜明け前とあって廊下は薄暗かったが、王宮の地下までの道のりに迷うことはなかった。
各所に施された侵入者探知用の結界や、魔法で施錠された扉もなんなく突破。さすがにこの時間だと書庫にひとけはなく、暗闇と静寂と、黴臭い空気だけが満ちていた。
(こんなところを見学したいだなんて、変わった子だな)
王宮に招かれたら普通、もっと華やかなところを案内してと言うだろうに。
リコッタ嬢は特進クラスAに奨学生として編入するような才女だから、魔法か歴史に強い興味を持っているのかもしれない。たとえばマルローネのように、専門分野の話になると早口で喋りだすような。……うん、想像するとすごく可愛いぞ。
知的な女の子なら、僕とも相性がいいに決まっている。
エルカザードの政治や経済を語ったり、外交問題について議論を交わしたり。
魔法のことだって、マルローネに師事しているおかげで話題に困ることはない。
高々とそびえる本棚の間を歩きながら、リコッタ嬢と並んでデートする様を思い浮かべる。
ハングーレ宮殿の七不思議に数えられるほどの怪談スポットだというのに、カシオはこの肝試しめいた下見をまったく恐れていなかった。色ボケなところは、アインゼル殿下と大差ない。
しかし書庫の階段をさらに降りたところで、ふと違和感を覚える。
肌を刺すような冷気。
等間隔に並ぶ魔力式の灯籠が、ぷつぷつと明滅する。
(え?)
呼ばれたような気がした。
気配を感じて振り返るもそこにはなにもなく、暗がりだけが広がっている。
息を吐いて再び前を向くと、階段の先にひときわ大きな灯籠がぼうっと浮かびあがっていた。
いや、違う。
あの光は――『目』だ。
暗闇の中でさわさわと、巨大な影が揺れている。
月のように大きな瞳で、こちらをじっと見つめている。
そして怖いほど優しい声で、囁きかけてくる。
「ワタシ、キレイ?」




