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9ー4 王宮のお茶会

 ハングーレ宮殿を外から眺めていると、リコッタ嬢の中に郷愁の念が芽生えた。

 黄金色に輝くドーム状の御殿は、天界にいたころ足を運んでいた女神の居城によく似ていたからだ。

 神話時代の遺跡を改築したという話だから、元々は神々のために作られた離宮だったのだろう。

 壁や柱のいたるところに、当時の名残ともいえる意匠が刻まれている。


「中はずいぶんと快適なのです。アカデミーにも気温制御の結界が張られていますが、王宮のそれは桁違いに広範囲で効果も高いように感じられます。砂漠の太陽の下でふりふりドレスを着ていても、まったく暑くないし息苦しくもないとは」

「そもそもエルカザードで最初に見つかった『遺物』が、今いるハングーレ宮殿です。我々の始祖は建物の周囲に張られていた結界に目をつけ、そこを拠点とすることで迷宮を探索し、のちに王都ナラシカとなる町を築きあげたというのが、一般的に語られている歴史です」

「冒険者は昔から、未知の技術を拝借するのがお上手なようで」


「私のような――ええと、黄騎士団が迷宮の調査を主としている組織であることはご存知ですよね? 研究者気質の人間にとって、ハングーレ宮殿ほど興味を惹かれる場所はありません。エルカザードの地に存在する最古の遺物であり、建物の地下には未踏破の迷宮がそのままの姿で残されているのですから」

「へえ……。変動の影響もなかったのです?」

「不思議なことに、まったく。そんなわけですから砂漠に点在するものとは別種の迷宮というのが、最新の解釈となっています。ていうかリコッタちゃん、本当に賢いですね。顔を合わせたときから大人びた子だなと思いましたが、今みたいな話にも平気でついてくるし」


 ふはは。頭がよいと褒められると悪い気はしない。

 しかし実際のところ、マルローネちゃんとは比較にならないほど長く生きとるしな、我。


「ちなみに迷宮の入り口に通じるエリアは禁足地で、王族であろうと許可なく立ち入ることはできません。建国の黎明期から今にいたるまでほとんど探索されていない理由は、その内部が非常に危険で、過去に一度も調査隊が帰還したことがないからです」

「なにそれやばい。めっちゃわくわくするじゃん」

「その気持ちはよくわかります。私が黄騎士を志したのは、ハングーレ宮殿地下の迷宮を探索してみたかったからなので。王族が所有する禁足地とあって、選ばれた者しか探索の許可が得られないのです。あと数年は入念に準備して、調査団を編成する必要があります」


 初対面の時点で悪い印象ではなかったが、ハングーレ宮殿について語る姿を見たおかげで、マルローネに対しての好感度はますます上がっていった。

 世の中をよくするために人間を選別していくとして、善性が備わっているかどうかは重要だ。

 しかしだからといって、ただの『いい子ちゃん』だけではつまらない。


 危険を承知で、あるいは損得を抜きにして。

 自らのやりたいことを貫き通すような、そういう欲深い人間だって必要なのだ。

 たとえばジークや、ノア・コーエンのように。


 会場である中庭に繋がる廊下には、いたるところに華やかな絵画や調度品が飾られていた。

 当初こそ頻繁に立ちどまり解説を披露していたマルローネだったが、途中でそうしていると遅刻しかねないことに気づいたのか、照れくさそうな苦笑いを浮かべながら早足になっていく。


 彼女いわく、カシオ殿下は主催者であるため今は準備で忙しいものの、お茶会が終わったのちは必ず時間を作ってリコッタ嬢を地下の書庫に案内してくれるとのことだった。

 九歳の幼い少年が、異性の気を引くべく必死にエスコートしようとしている姿を想像すると、リコッタ嬢としても当初の悪い印象は薄れてくる。


「ここがいわゆる人工オアシスでございます。すでに会場入りしている方もいらっしゃるようですが……ええと、観葉植物みたいにじっとしていろと言われているのでしたっけ」

「偉いおっさんおばさんにご挨拶していくのもめんどいですし、特進クラスのインテリお嬢様ならともかく甘やかされた貴族のクソガキどもとは話が合いそうにないのです。絶品スイーツにありつけると思って昨日から断食していますし、あと早起きしたせいですげー眠いのです」

「リコッタ様がようやく年相応の女の子に見えてきました。紅茶と、適当にお菓子をご用意してきますね。王族主催のお茶会というと堅苦く聞こえますけど、貴女のようなお嬢さんがひとりで先に食べていてもとやかく言う者はいらっしゃらないと思いますので、ご遠慮なく」

 

 ジークが同伴者ならこうは行かなかっただろう。

 リコッタ嬢はあらためて彼女に感謝する。

 特進クラスでも感じたが、礼儀作法やらなんやらに神経質で融通が利かないのは庶民や成りあがりどもだけだ。生まれながらの上流階級は相手や状況を見ながらケースバイケースで判断する。

 つまり美味しそうなケーキを前にした腹ペコ女児に対して、お茶会が始まるまで我慢していろとまでは言わないわけだ。


 なので思う存分ぱくぱくした。

 そしたら小声で「やっぱり観葉植物になりましょう」と注意された。


 さっそくの減点。

 ご遠慮なくって言ったじゃん!

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