9ー3 観葉植物になれ
リコッタ嬢視点がしばらく続きます。
上流階級におけるお茶会のマナーについて。
喋るな。
動くな。
余計なことはするな。
座ったまま、じっとしていろ。
「ひどくない?」
「くしゃみで実験室の窓ガラスを粉砕するようなやんちゃ女児を、貴族の社交場に放りこむんだぞ。マナーどうこう以前に、絶対になにかやらかすだろうなという不安しかない。自分は観葉植物だと思って愛想笑いを浮かべたまま最後まで耐えろ。日当たりのいいところに座ってぽけっと光合成するのは得意だろうに」
「ぐっ……。信用がなさすぎる……」
我とて最近はアカデミーでお嬢様連中とキャッキャウフフの薔薇色スクールライフを送っているのだ。お茶会ごときナンボのもんじゃいと思うところはある。
しかし慣れたころにそうやって調子に乗ったあげく盛大にずっこけるというのがゲスジゴク時代からの黄金パターンである。
せめて社交界デビューの日くらいは、おとなしくしているべきかもしれない。
自分で言うのもなんだが黙っていれば可愛いのだ。
日当たりのいいとこに座って光合成、よし。
「俺が常にそばについているし、いざとなったら身体を張って取り押さえてやるから安心しろ」
「完全に犯罪者扱いじゃん。立場的には悪漢に襲われているところを守ってほしいのですが」
そんな感じで事前に作戦会議をしていたわけだが……当日になって、さあ王宮に向かうぞとドレスに着替えたところで、ジークのほうに職場から召集がかかってしまった。
「王都の近隣に等級SSの魔物が出現したらしい。白騎士団だけでは厳しいそうだ」
「じゃあお茶会の同行は? さすがに知らんとこに女児ひとりで行けは無茶です」
「他のやつに頼む。会場までの案内と、その後もついていてほしいから……」
魔力式の通信機を片手にぶつぶつと呟いたあと、いかにも憂鬱げな感じで誰かに連絡を入れるジーク。
我の記念すべき社交界デビューなのに、平然とドタキャンかますとはいい度胸じゃねえか。無駄に長え足に蹴りを入れたくなるものの、仕事の都合ならば我慢するほかない。
玄関に突っ立ったまま、ドレス姿で待つこと数十分。
騎士団の制服を着た見知らぬ女が、ドアを開けて現れる。
ここまで猛ダッシュをかましてきたようで、肩で息をしながらのご挨拶。
「……初めまして、リコッタ様。このたび会場までの案内を仕りました、マルローネと申します。簡単に自己紹介しますと、黄騎士団団長およびカシオ殿下の家庭教師を務めている者です」
「こちらこそ急なところをわざわざ足を運んでいただき、ありがとうございますなのです。なるべくご迷惑をおかけしないように務めますので、本日はどうぞよろしくお願いします」
お互いにぺこり。
マルローネと名乗った案内役は茶髪で丸顔のくりくりした瞳の小柄なお姉さんで、本人いわく騎士団長らしいが全然そんなふうには見えなかった。
しかし制服の肩に上級騎士の証である金の飾緒がついているし、全体的にジークが着ている物より派手である。黒騎士団と赤騎士団で所属が異なるとはいえ、彼女が筆頭騎士より上位の役職であることは間違いなさそうだ。
そういえば前に聞いたことがあるな。
なんだっけ。ガキのころからの幼馴染で――。
「俺より出世したマルちゃん?」
「あの野郎、裏でまだそのあだ名で呼んでいやがるの……あ、ごめんなさい」
「ふはは。気を使わなくて大丈夫ですよ。我はご覧のとおり女児ですし、大人のお姉さんに大人な態度でこられると、こっちもお嬢様をやらなくちゃいけなくなって大変なのです」
「でしたらお言葉に甘えて、ふたりだけのときはそうしますね。リコッタちゃん」
そう言って再びぺこり。
ちっちゃいから騎士団長のなりきりをしている学生みたいだな。アカデミーの演劇部とかの。
部下とかにも舐められてそうである。マルローネちゃん。
とはいえ、ジークと同年代の若い娘が騎士団でトップを張っているとなると、そんじょそこらの野郎では歯が立たないほど強くて優秀なのだろう。身体はそこまで鍛えているようには見えないので魔法系の手練れだと思うが、あとでちょっと手合わせしてみたいところではある。
なんてふうに観察していると、あちらも我のことを見定めていたらしく、
「なるほどお。確かにとんでもない美少女ですね。それにとても聡明に見えます」
「ジークには観葉植物になれと言われました。椅子に座ってぽけっと光合成していれば、可憐で清楚なお嬢様だあとみなさんが勘違いしてくれるからと。さすがに失礼すぎません?」
「今でこそ世間でちやほやされていますけど、根っこのところは悪ガキのままですよ。あの男」
滅多に聞かないジーク評である。
さすがは幼馴染。あれでけっこうデリカシーないから、色々あったんだろうな。
「ちなみにカシオ殿下のことはどう思いますか」
「お、いきなり聞いてくるのです?」
「その辺は王族からのアプローチですから。ぶっちゃけますけど誕生祝いのお茶会に招待された時点で許嫁候補の筆頭だとお考えになって差し支えありません。別に今すぐどうこうって話ではないのですけど、リコッタちゃんのほうにもご自覚があるのであれば、カシオ殿下に対してそのように振る舞っていただけるとありがたいかなと」
早い早い早い。
マルローネちゃん、すっげえぐいぐい外堀を埋めようとしてくるじゃん。
ジークがこの場にいないのもあるだろう。
今の我、単にモテ期というだけでなく各所で狙われているかもしれん。
将来有望株として。
「ジークをしばけるくらい強くなったら考えてあげるのです。我の中では初対面で角キモ発言してきた悪ガキですし、初対面のイメージを払拭するくらいのことはやってもらわないと」
「あはは。手厳しい」
しかし納得はしてくれたようだった。
さすがにこの歳で許嫁をこしらえるのはご遠慮願いたかったので、我としてはやんわりとお断りしたつもりだった。
闇オークションに売られていたころならまだしも、ジークの家でぬくぬく暮らしている今の状況で、新たなご主人様に鞍替えしようとは思えない。
王族に嫁入りなんぞしようものなら、礼儀作法やら派閥争いやらで面倒くさそうだしな。アカデミーの図書館で恋愛小説をたくさん読んだから知っている。
「でしたら、まずはお友だちからはじめてください。カシオ殿下はお優しくて真面目な方ですので、お人柄を知ればリコッタちゃんも好きになると思います。こう言っちゃうと下世話ですけど大人になったらものすごいイケメンになるはずですし、幼い頃からキープしておくのもありだとは思いませんか?」
「それは構わないですけど。ちなみにお姉さんはジークに対してそういうふうに考えたことはなかったのです? 成長してものすごいイケメンになった幼馴染」
「私は、振られましたから」
げ、しまった。うっかり古傷をえぐってしまった。
そうかそうか。だから反動でツンツンしているわけか。
気まずくなった我はぺこりと頭を下げ、ちょっと目が死んでいるマルローネちゃんに言った。
「お姉さん可愛いからすぐにいい人が見つかりますって」
「やめて……。幼女に慰められると悲しくなる……」
その後は目的地に向かう道すがら、ふたりでジークの悪口を言って盛りあがった。
なんでも「君は幼い頃からの付き合いだから、恋人としては見れない」だとかなんとか、ありがちな台詞で振ってきやがったらしい。
まったく、あの騎士様はやっぱりデリカシーがないな。




