9ー2 カシオ殿下の憂鬱
カシオ視点になります。
その目的が禁呪古文書の窃盗だとは夢にも思わず。
リコッタ嬢がお茶会の招待を受けたことを知り、カシオ・スタンリーは浮き足だっていた。
来月の誕生日を迎えれば九歳。
男子の思春期としてはやや早いものの、王族であれば婚約者がいてもおかしくない年頃である。
闇オークションで売られていた娘、しかも獣人の混血らしき特徴を有しているとあって、普通に考えれば許嫁候補とするのは難しいはずだ。
しかし最年少の迷宮探索許可証保持者、迷宮百景のプロデュース、アカデミー特進クラスAの奨学生など、王都に来てわずか半年で華々しい経歴を積んだことにより、ありえないことではないというくらいにはなっている。
極めつけは、王位継承権第二位のアインゼルが非公式ながら婚約を申し入れたことだ。
年齢を理由に断れられたものの、上流階級におけるリコッタ嬢の『価値』を押しあげる結果となった。
カシオからしてみれば、むしろ「僕こそ相応しいのでは」と考えてしまうところである。
あくまで、彼女がそれを望むなら――だが。
「花束を贈ったあとの反応はどうだったのですか」
「お礼のお手紙は届いた。でも、あきらかに代筆だった」
「相手は王子様ですからねえ。無礼がないようにするなら正しい判断かも」
魔法の専門書を片手に、家庭教師のマルローネは困ったように笑う。
幼い頃から『神童』と呼ばれているカシオとて、人間関係においては年相応の経験値しかない。なんなら王族であることが災いして、普通の子どもであれば簡単に解決できる問題すら複雑化してしまう。
なぜあのとき初対面の女の子に向かって、角がキモいなんて言ったのか。
本当は、綺麗だねって、そう伝えたかっただけなのに。
「堂々としてください。まだまだ、挽回のチャンスはあります!」
「本当に?」
「嘘だと思うなら鏡を見てごらんなさい。ほら、やばいくらいの美少年」
「ならアインゼル兄様も」
「あいつは性格がカスでしかも変態です」
「僕だって第一印象だけならカス寄りじゃない?」
「それはいったん忘れましょう。私にだって初対面で『お前ぶーす!』と言ってきやがった幼馴染がいますけど、今では普通に仕事していますし」
それってもしかしてジークフリード・ジフレッドのこと?
ことあるごとに悪口を言っているような気がするけど、だとしたら二十年経っても許してなくない?
内心でツッコミを入れながら、カシオは暗澹とした気分になった。
やはり第一印象というのは、そう簡単に覆せるものではないらしい。
美少年かどうかはともかく、容姿は悪くない自覚はある。
第七位とはいえ、王位継承権の持ち主。
大人たちが神童ともてはやすくらいには、学業だって優秀だ。
世間一般の基準なら間違いなく最上位の物件ではあるものの、同じかそれ以上の条件であるアインゼル兄様はばっさりと切られている。
それにリコッタ嬢の保護者は王都で大人気の〝筆頭騎士様〟なのだ。
男を見る目は相当に鍛えられているはずだ。
「女の子にモテるためには、どうすればいいのかな……」
「ぎゃーー! やめてください! 美少年の口から! 低俗にもほどがある!」
「茶化さないでよ。僕は真剣に悩んでいるのに」
「私だって真剣に憂いていますが!? カシオ様の場合、モテたいじゃなくて好きな子に振り向いてもらいたいだけでしょお!? 容姿も家柄も申し分なさすぎるくらい優秀なのですから、どうしても磨きたいというのであれば内面であるとか能力のほうですかね。いやそれだって、大した物をお持ちなのですけど」
興奮している自覚があったのか、マルローネはそこでコホンと咳払いする。
「あとは相手が興味を持っている分野について、詳しくなるとか。共通の話題があれば打ち解けやすくなりますし、尊敬だって得られるかもしれませんよ」
「そういえば、王宮の書庫を見学したいと要望があった気がする。アカデミーの図書館にない本があれば読んでみたいとか、本人じゃなくて代筆っぽかったけど、そんなようなことを」
「いいじゃないですか。八歳の女の子にしては渋すぎますけど、それを言ったらカシオ様だって大人顔負けの読書家ですからね。あとで下見に行って、案内できるようになっておきましょう」
「今からじゃだめかな」
「王宮の地下ですと、着く頃には夕方になってしまいます」
「なにか問題でも? まさか、お化けが出るって噂?」
カシオの言葉に、マルローネはさも当然というようにうなずく。騎士や冒険者は迷信深いとはよく聞くけど、王宮の七不思議まで信じているとは思わなかった。
――地下書庫をさまよう、一つ目の亡霊。
――その姿を見た者は、本の中に魂を囚われてしまう。
「別に信じなくてもいいのですけど、古くからの言い伝えを守らないに越したことはありません。そういうのを小馬鹿にした結果、迷宮でえぐい死に方をした者を何人か知っています」
それに、と彼女は続ける。
「王宮で暮らしていて、なんとなく感じませんか? 気配というか」
「わからないけど」
「私はたまに怖くなることがあります。たとえばひとりで、廊下を歩いているときとかに」
真顔で言うものだから、カシオはつい笑ってしまう。
マルローネらしい冗談だ。
あいにく僕はもうすぐ九歳だから、そんな幼稚な手には引っかからないよ。




