9ー1 まるでお姫様だな、リコッタ嬢
ジーク→リコッタ嬢視点になります。
「まるでお姫様だな、リコッタ嬢」
「ふふふ。オーダーメイドのドレスとあって時間はかかりましたが、そのぶん納得できる仕上がりですね。ジーク姉に感謝しなくては。これなら王宮の催しだろうと恐れることはありません」
リコッタ嬢は宙に舞う花びらのようにくるりと回転し、スカートをつまんでご満悦の表情。
ピンク基調の華やかなドレス。歌姫エヴァンジェリン風のフリルをこれでもかとあしらったデザインで、淡い紫色の髪をした彼女によく似合っている。
仕立てたのはジークの実姉、カトレアだ。
割引してもらってはいるものの、それでも目ん玉が飛びでるほどの額だった。
まあ……筆頭騎士としての稼ぎがあるし、ケチケチして恥をかかせるよりはマシだろう。そもそもリコッタ嬢の世話もとい監視は公務の内である。
絹のように艶やかな彼女の髪をリボンで結びながら、ジークは言った。
「カシオ殿下のお誕生日祝いを兼ねた茶会が、来月の頭に催される。場所はハングーレ宮殿の中庭にある、人工オアシスだ。例によって君に招待状が届いているぞ」
「やはりですか。特進クラスのお嬢様がたが騒いでおりましたから、予想はしていました」
「さっそくドレスの出番だな。なんならマジでお姫様狙うか?」
「ジークパパ的にもおすすめ物件なのですか。アインゼルのキモ王子と違って」
「世間の評判はいいほうだな。つうか誰がパパだ」
ジークはため息を吐きながら続ける。
「王位継承権も第七位くらいだと、玉座に腰を据える可能性はかぎりなく低い。そのぶん婚約者の家柄に頓着しないし、近頃の風潮だと貴族以外から選んだほうが世間の好感度が高いまであるからな。君は見た目が華やかで出自もミステリアスなぶん詐称しようと思えばいくらでもできるし、闇オークションに売られていた獣人系の孤児から王族の仲間入りともなれば、自由な気風のエルカザードにおいても類例のない玉の輿ストーリーだ」
「めちゃくちゃ推すじゃん。さては王宮にぶっこんで厄介払いしたい?」
「当然だろ」
「やだやだ! 我、ずっとパパのところで暮らすーっ!」
「へばりつくな、暑苦しい」
邪険にして引き剥がすと、リコッタ嬢はドレス姿のままソファに転がってケラケラと笑う。
実際に玉の輿を狙えるかというとかなり難しいと思うが、それをお互い承知の上で話している冗談である。しかしカシオ殿下のほうが本気で熱をあげてしまう可能性はなくもないので、そうなった場合については今のうちに考えておく必要があるかもしれない。
「王宮に招待される機会なんて滅多にない。今回はカシオ殿下たっての要望とあって、事前に伝えておけば名所をいくつか案内してもらえるらしいぞ。もっとも、禁足地は除くとあるが」
「なら書庫ですね」
「意外だな。君がそんなところに興味を持つなんて」
「さては我のこと、野蛮な角ガキだと思ってません? アカデミーでも評判の才女ですよ」
「それはそう……か。すまん、普段の行動に知性が感じられないから」
「欲望に忠実と言ってほしいのです」
なるほど。確かにお馬鹿さんというよりは〝考えなし〟という感じだ。
あるいは手段を選ばない、か。
そこでふと嫌な予感がして、ジークはたずねる。
「さてはまた、ろくでもないことを企んでいないか?」
「ふはは」
「王族とのトラブルはごめんだぞ。さすがにフォローできない」
「いえいえいえ、悪いこととかそういうのではまったくなくて……ただハングーレ宮殿の書庫に厳重に保管されている禁呪古文書を何冊かパクろうかなと考えているだけなのです」
「ガチの窃盗じゃねえか」
……エクスカリバーみたいにまた庭に埋めとくつもりか、こいつ。
これ以上やばい物を家に持ちこまれないように、目を光らせておかなくては。
◇
しかしリコッタ嬢が禁呪古文書を追い求める『きっかけ』を与えたのは、他ならぬジークである。
彼だけが持つ蘇生の力――それは破壊するためだけに作られた存在にとって、眩しく感じられた。
ゆえに是が非でも欲しいと、習得するすべを探していたのだった。
しかし天賦とは人間だけが持つ、正体不明の異能だ。
リコッタ嬢の中にも女児の魂があるので天賦は得られるかもしれないが、それが蘇生の力である可能性はかぎりなく低い。本人の気質によって効果が変わるというから、むしろとんでもなく凶悪で破壊的な力になると考えておいたほうがいいかもしれない。
(ならば、魔法で再現するほかありませんね)
というわけで今さらながら、エルカザードの魔法について勉強することにした。休み時間や放課後はアカデミーの図書館で魔法書のたぐいを漁り、気になるところがあれば教授か特進クラスの誰かにたずね、ゲスジゴクとして眠っていた千年の空白を埋めるにいたったわけである。
結論から言ってしまうと、魔族や神々がのさばっていた時代からするとかなり衰退している。
ただ、迷宮から発掘された古文書に記されている魔法だけは例外だった。
「危険なものが多いらしくてね。悪用されないように秘匿されているの」
「にゃるほど。その辺はやはり遺物としての扱いなわけですね」
無類の読書家として知られる司書のミアンナは、そういった『禁呪古文書』がどこにあるかを教えてくれた。都市伝説めいた噂に近い話もちらほらあったのだが、まあそれはそれとして。
王都遺物研究所。ハングーレ宮殿地下の書庫。
オアシスの豪商たちが管理している湖の宝殿。
あとは当然のごとく、迷宮のどこかに眠っている。
アカデミーの図書館であらかた現代の魔法について調べてみたものの、蘇生魔法開発の足がかりになりそうな情報はなかった。となるとお次は、秘匿されている知識を求めるしかない。
ミアンナいわく禁呪に分類される魔法の中には『人工生命体の錬成』だとか『人間と魔物の合成』だとか『死霊を操る』だとかのいかにもやばやばな物があるらしく、実に興味が惹かれるところではあった。
「行け! スーパーメタル筆頭騎士ジークマックス!」
「フンガー!」
……いや、さすがにやらんけども。
人間をおもちゃにするなと常日頃から叱られているにもかかわらず、真っ先にそういう妄想をしてしまうのがリコッタ嬢の悪い癖である。
あくまで目的は蘇生の力。
人間は弱く儚いので、サリナのときのように近しい誰かが、死に瀕するような局面がないともかぎらない。そうなったときに眺めているだけなのは、あまりにも歯がゆい。
そう、恐れているのだ。
柄にもなく。
人間として暮らすようになり、そこそこ楽しく過ごしているからこそ。
自らの無力さゆえに。
あるいは『強すぎる』がために。
大事にしていたおもちゃが、失われてしまうことを。




