8ー4 舐められたら負け
リコッタ→ジーク視点になります。
誰かしらを殴る機会は思いのほか早くやってきた。
それは昼休み。
クラスメイトたちのキラキラふわふわ詩の朗読会の誘いを断って、外のベンチでランチ用のバスケットを広げていたときのことである。
砂漠に囲まれたエルカザードはとにかく日射がきつくて暑いのだが、アカデミーの敷地内は全域にわたって気候制御の結界が張られているため、外と比べるとだいぶ過ごしやすい。
リコッタ嬢が少しでも通学する気分になるよう、最近はジークがほぼ毎日手製のお弁当を作ってくれている。
バスケットに入っていたのは塩漬けにしたサーモンがメインのオアシス風サンドで、味のアクセントとしてキウイフルーツが挟んであった。
なんでも変動後の迷宮で発見された新種らしく、砂漠地帯でも問題なく生育するほど暑さや乾燥に強いのだという。
なるほど、なるほど。
確かにこういった作物も、文明を豊かにするお宝のひとつだろう。
挟んであったキウイフルーツを引っこ抜いて単体で味わってみたものの、さっぱりとした酸味で悪くなかった。
はてさて、これをしょっぱいサーモンを合わせて齧りつけば、いったいどれほどの美味になるであろうか。
リコッタ嬢はにこにこしながら、オアシス風サンドを――。
べちゃり。
落ちた。いや、弾き飛ばされた。
なんか丸っこい玉が降ってきて、それがちょうど手に当たったのだ。
最強の竜であるところのリコッタ嬢とて、目の前の『食』に全神経を集中している最中となると、赤子のごとく無防備になってしまう。
ゆえに砂だらけになったジーク手製のオアシス風サンドを眺め、しばし茫然とする羽目になったわけである。
あっていいのか……。
こんな、ひどいことが……。
「やっべあんなに飛ばすなんてオレ最強すぎん?」
「小学部の子に当たっちゃってんじゃん。めんごめんご。でもわざとじゃないからさあ」
「今度から気をつけなよー。この辺よく、ボールが飛んでくるから」
「は?」
「あ、すっげえ怒ってる。だめだよ特Aの子がメンチ切っちゃ」
「オレら一般Cのバカだから。泣いちゃう? もしかして泣いちゃう?」
おーう、理解したぞ。
よさげなスポットのわりに、お嬢様が誰もランチをしていないのを不思議に思っていたが、こういう輩に因縁がつけられることがあるからか。
見れば今いるベンチからちょい離れたところに、一般クラスC中学部の男子棟。石造りの塀こそあるものの老朽化が進んでいるため、崩れているところから簡単に入ることができそうだ。
いいとこのお嬢様しかいないのに敷地内の警備が雑すぎない?
とは思うものの、特進クラスの生徒は成績優秀かつ人格者の女児たちだ。こういういかにも軽薄な男子にうざ絡みされたところで気にせずあしらうか立ち去るかするだろう。
その結果学園の大人たちのところまで話がいかず、塀の老朽化は放置されているかもしれない。
もちろんリコッタ嬢は、この手の輩をスルーできるほど『人間』ができていない。
「覚悟はいいのです?」
「は? なにが――ごっ!」
「殴った!? お嬢様が!? グーで!?」
「いきなり顔を!?」
「ふふ。ミンチにならなかったわけですから、加減が上手くなりました」
「おふっ! ちょっ……なんだ今の、速すぎて――あっ!」
「まさか才能枠の奨学生かこいつ! あ、待って待って……あひぃん!」
殴って、蹴っ飛ばして。
服を剥いで、地べたに転がして。
尻を引っ叩きながら、中庭をぐるぐると走らせる。
「うははは! うははははっ!」
すっごい楽しかった。
でも放課後、教師たちに呼びだされてしまった。
いくらなんでも、やりすぎだと。
◇
「ねえ聞いた、あれ」
「ていうか窓から見てた。やっぱすごくない? あの子」
「かっこよかった。スカッとした」
「制裁こそ正しい振る舞いなのかも」
「あるある。毅然とした態度」
「お嬢様だからって我慢して、舐められてたら負けってことかしら」
「目には目を。歯に歯を」
◇
「なんですか、これ」
「リコッタちゃんの学園生活について、私のほうでも調べてみたの。一応これでも特進クラスの卒業生だから。……今すごい人気みたいよ、彼女」
騎士団本部にて。
ジークはアリシア団長から手渡された物を確認して、目を疑う。
――リコッタ様ファンクラブ会報誌。
通学時のコーディネート集。ランチの内容。
休み時間の出没場所。盗撮画像。
極めつけはリコッタ様性別反転夢小説なる連載作品。
ぞっとした。人気という言葉で片づけていいのか? これは。
本人はクラスのみんなと仲良くなりたいのですと愚痴っていたが、会員十箇条のところに『抜け掛け禁止!』と書かれている。リコッタ嬢のささやかな願いが叶えられる日はしばらく来なさそうだ。
集団生活に馴染むどころか、孤高のカリスマとして崇められるとは。
思い返してみればアカデミーから推薦状が届いたのも、迷宮百景が貴族のお嬢さんがたの間で社会現象になったからだ。
そんな状況下で満を持して編入し、さっそく中学部の男子を成敗した。
持ち前の華麗な容姿に、不良としての『悪』な魅力。
「惚れないほうがおかしいわ」
「……よくない影響がありそうですね。いや、この会報誌がすでにかなりやばいわけですけど」
「卒業生の立場から言わせてもらうと、彼女くらい破天荒なキャラが身近にいたほうがいいでしょうね。特進クラスのお受験なんて仮面をつけて笑うのが上手くなるだけだし、それって結局のところ大人たちにとって都合がいい『優等生』を作るための物でしょ」
「エリートだからこそ、どこかで殻を破る必要があると」
「だって通用しないもの。ルールに縛られているうちは」
アリシア団長が言うと説得力がある。
彼女は常に戦い続けているのだから。既存の体制と。
「羨ましいわね。私が通っていたころにこんな子がいたら、絶対もっと楽しかったと思うし。ジーク君だってきっと好きになっていたんじゃないかな。初恋を奪われていたかも」
「俺はカシオ殿下とは違いますので」
今でさえ、毎度こうやって調子を狂わされているのだ。
それがガキのころから続く腐れ縁になるだなんて、想像すらしたくない。




