8ー3 学園デビュー
リコッタ嬢視点になります。
くしゃみで窓ガラス粉砕事件のトラウマで、リコッタ嬢は三日ほどアカデミーを休んだ。
毎日通わなくていいとはジークに言われているものの、間が空くといよいよもって行きづらくなってしまう。
学校生活そのものに興味はないしなんなら面倒くさいレベルなのだが、このまま休学ないし退学となると敵前逃亡したみたいで癪である。
あと、サリナにめちゃくちゃ文句を言われる。
さっさと飛び級してあーしと同級生になるって約束したじゃん、とか。
歯を食いしばって、震える手足に鞭打って、登校しなければならない理由はもうひとつある。
制服がめちゃくちゃ可愛いのだ。
一口にアカデミーと呼ばれているが、実際はいくつかの学校の集合体に近い。
小学部、中学部、高学部、大学部。
それぞれに特進クラスと一般クラスがあり、さらに男子と女子で敷地が分かれている。
特進クラスは奨学生を除けば、基本的に貴族の子息子女や財力のある商家の子で構成されている。
とくにリコッタ嬢が編入した『特進クラスA』は、王都でもごく一握りのエリートしか入れない狭き門。
そこに入りませんかとわざわざアカデミーのほうから推薦状を送ってきたわけだから、本来ならば考えられないレベルの高待遇である。
生徒人数の膨大さゆえに、どのクラスに通っているか見分けるために制服も種類がある。
夫婦関係の悪化や家庭崩壊を招くほどの厳しいお受験で知られる小学部特進クラスAともなれば、その格好で通りを歩いているだけで誰もが振り返る〝憧れのステータス〟として機能するわけだ。
青と白を基調にした、ぱっと見ではシンプルなセーラー服。
異国の船乗りの作業着をアカデミー小学部の制服に採用した理由こそ謎ではあるものの、リコッタ嬢のような清楚可憐な八歳児が身にまとうと、神々しいまでの愛くるしさと気品が全身から醸しだされるのだった。
美少女の最強装備じゃん。これ。
なので意地でも着たかった。
そして制服を着たいなら、アカデミーに通うしかないのだ。
決死の形相で身だしなみを整えてリビングに行くと、ジークが言った。
「まずは笑顔。それから元気に挨拶」
「うるせえ。さっさと我の髪をリボンで結うのです」
◇
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
砂漠の照りつける太陽の下、色とりどりの制服に身を包んだ学童たちが小学部特進クラス女子棟の正門をくぐっていく。
小鳥のように朗らかで愛らしい声で朝の挨拶を交わすその姿は、エルカザードにおいてもっとも尊い『至宝』のひとつであるとも言われている。
特進クラスはAからDに分かれている。
セーラーの襟は上から順に青、赤、黄、緑。
小学部の場合は飛び級がなければ六年制。平均して六歳から十二歳までの生徒で構成されている。
家庭の事情などで入学が遅いケースも珍しくはないため十五歳の小学部六年生というのも存在するし、サリナのように試験さえパスすれば最初から中学部に編入することもできる。
「ごきげんようリコッタさん。お休みになられていたようでしたが、体調はいかがでしたか」
「ご、ごきげんようなのです。おかげさまで、羽が生えたように軽いのですわ」
「気分が悪くなったら気兼ねなくおっしゃってください。編入したばかりで慣れないことも多いでしょうし、お力になれたら嬉しいですから」
お嬢様その一は軽やかな足取りで校舎に向かっていく。
リコッタ嬢は入学試験の際に二年間のカリキュラムをすっ飛ばしているため、編入時は小学部三年からのスタートだ。
さきほど挨拶してきた特進Aの生徒は見た感じ十二歳くらいなので六年生ということになりそうだが、佇まいはすでに一人前の淑女そのものだ。
あらあらうふふ。ごめんあそばせ。まあ!
ほぼ全員が口に手を当ててコロコロと笑いながら、絵に描いたようなお嬢様言葉で会話する。
逆に標準語で喋るほうが浮いてしまうかも。なにそれ怖い。
ちなみに当初懸念していたような、いじめや嫌がらせは受けていない。
特進クラスでもCとかDになるとわからないが、リコッタ嬢がいるAは厳しい審査をくぐり抜けなければならないため、品性の欠ける行為をする半端なガキんちょは事前にふるい落とされてしまうのだ。
つまりクラスメイト全員が成績優秀かつ人格者の、女児。
おかげでものすごく息苦しい。
周りがあまりにもキラキラふわふわすぎて、うっかり庶民仕草をしてしまうとぎょっとするほど悪目立ちする。
授業中も全員が集中していて静かだ。ペンを落としたりくしゃみをするだけで吊るしあげられるのではないかという緊張感がつきまとう。
それでくしゃみを我慢した結果、衝撃波レベルのやつを暴発させた。
ぐぬぬ。
正門をくぐっただけなのに、さっそく帰りたくなってきた。
清楚で慎ましく、誰からも愛されるようなお嬢様スクールライフ。
いざやってみたら、死ぬほどストレス溜まるじゃん。
「誰でもいいから殴りたい……のですわ」
うっかり呟いてしまった。
周りに誰もいなかったのでよかったものの、完全にやべーやつである。
これならいじめや嫌がらせがあったほうがまだマシだった。オーッホッホと高笑いをあげながら靴に画鋲を入れてくる悪役令嬢みたいなやつがいたら、お友だちになってくださいと手を差しだしてしまうところである。
つうか千年前は四本の足でのっしのっし歩いていたのだから、社会経験を積ませるにせよいきなりこれは難易度が高すぎやしまいか。
キラキラふわふわ。
憧れはあるものの、同時にすっげえ苦手らしいな。我。




