8ー2 怪事件発生?
ジーク視点になります。
「それで上手くいっているの?」
「どうでしょう。本人はアカデミーに馴染もうと努力していますが」
騎士団本部にて。
上司のアリシアに問われたジークは、思わず言葉を濁した。
リコッタ嬢もエルカザードの社会に馴染んできたとはいえ、いまだ『要監視対象』であることに変わりはない。
下手に隠したとしても、黒騎士団団長様の目は欺けないだろう。
「リコッタ嬢が編入した特進クラスAの2において、教師並びに生徒十五名全員が同時に失神して医務室に搬送される事件が発生しました。彼女が登校した初日に、です」
「……なにがあったの?」
「アリシア団長も昔はアカデミーの小学部に通っていましたよね。となれば当時のリコッタ嬢と同じことをした経験がおありなはずです。ずばり――自己紹介」
「ああー……。すごく緊張した覚えがあるわ。子どものころなんてとくに第一印象でその後の立ち位置が決まっちゃうでしょ。受けを狙おうとしてやばいくらい滑ったり、逆にクールぶって一言で終わらせたら、しばらく誰も話しかけてこなくなって詰んだりとか」
「リコッタ嬢はまさにそういうタイプです。ああ見えてけっこう繊細と言いますか、完璧に決めてやろう人気者になっちゃろうと気張りすぎて緊張して、見ているほうが恥ずかしくなるレベルで空回りしたあげく大失敗。学校なんて行きたくないのですーとギャン泣きするような」
「なるほど。でもそれがなんで、クラス全員が失神するなんて話に?」
本人いわく――舐められないようにメンチを切った、らしい。
『我はリコッタ・パンケーキなり。夜・露・死・苦! キッ!』
「「「はう!」」」
アカデミーの特進クラスといっても、所詮は子どもと一般教師。
リコッタ嬢もガチガチに緊張していたせいで加減を間違え、深層の上位種ですら怯むレベルの『殺気』を当ててしまった。
結果、耐性のない全員が失神した……というのが事件のあらましだ。
「自己紹介なんて普通にやればいいと、俺は言ったんですけどね。ともあれ、被害者の命に別状はありませんでしたし、殺気を浴びた後遺症でそのときの記憶が曖昧になっていましたから、こちらからなにかせずとも穏便に収めることができました。本人も『自己紹介では二度とイキリ散らさないのです』と反省しています」
「それは大丈夫なの……? うっかり傷害沙汰になったら大問題よ?」
「正直なところ、懸念すべき点は多いです。ちなみに実験室の窓ガラスが授業中にいきなり砕け散る怪事件が別の日に発生したのですが、その原因もリコッタ嬢だったらしいので。くしゃみを我慢しきれなくて、うっかり衝撃波レベルのやつを出しちゃったのです、だとか」
「ダメじゃない? 問題ありすぎじゃない?」
だからこそ、ジークも頭を抱えている。
なにより一番ショックを受けているのが、一連の事件を引き起こしたリコッタ嬢自身。今日も朝から『学校行きたくないのです』とギャン泣きする彼女を宥めてから出勤した次第である。
たぶんまだ毛布に包まってふて寝しているはずだ。
案の定と言うべきか、さっそくの不登校児。
「しかし個人的には、これもひとつの通過儀礼ではないかと考えています。彼女はあらゆる面で想像を超えた〝規格外の存在〟ではありますが、自発的に王都の暮らしに溶けこもうと努力しています。もちろん一般の生徒たちと空間を共にすることによって発生する問題は無視できません。しかしそれを言うなら、我々はまさにこの瞬間でさえリスクを抱えている」
アリシア団長を見る。
彼女とて、現状を理解していないわけではあるまい。
リコッタ嬢は『友好的な』『とてつもなく強大な潜在的脅威』だ。
彼女がその強さをコントロールできるようになり、かつ人間の社会に馴染むことができれば、王都にいる誰よりも頼もしい国の守護者になる。
しかし逆に友好的であることを『諦めた』なら、そのときはエルカザードを滅ぼしうる最強最悪の討伐対象になってしまう。
等級SSSSの【黒獄竜姫】の正体がリコッタ嬢であることくらいは、アリシア団長とてすでに把握済みだろう。
ジークは監視役あるいは〝家族〟として、リコッタ嬢が敵になったときは率先して討伐に向かう覚悟でいる。
ただ現実問題として、それが果たせるかどうかとなると――。
「エルカザードは迷宮から発掘された資源によって繁栄してきました。遺物に秘められた『力』が扱い方を間違えれば、一瞬にして王都を灰にしてしまいかねない代物であることを承知の上で、それを上手に利用して今日までやってきたわけです」
「つまり……彼女も同じようなものだと、そう言いたいのね」
「俺としても学び舎に猛獣を放りこむことに罪悪感はありますよ。でも社会経験って、同年代の仲間と集団生活を営まないと身につかない部分も多いじゃないですか。無理ならアカデミーなんて通わなくてもいいと思いますけど、彼女自身が孤高を気取るのではなく友和を求めているなら、そのための試練を与えることだって、我々が果たすべき義務のひとつではないかと」
「お父さんだ」
「誰がそれをやれと命じたか、忘れていませんか?」
アリシア団長は笑った。
「私はそこまで愛してあげなさいとは、言っていないけどね」




