8ー5 図書館ではお静かに!(1)
リコッタ→ミアンナ視点になります。
こうして密かにカリスマ的存在としての地位を築いたリコッタ嬢。
しかし本人の認知としてはお嬢様仕草をしながら打ち解けようと努力しているのに、いつになってもクラスメイトと距離感があるまま、というなかなかにしんどい環境だった。
やはり暴れすぎたか? ドン引きされたのではないか?
どうしたらいいかわからん。
我はずっと、ぼっちのままなのか?
こうなったら当初の予定通りさっさと中学部に飛び級して、サリナと連むしかない。あいつ九十九人ぶっ殺した元暗殺者だし、アカデミーでも浮いとるやろ。
でもこっそり様子を見にいったら、普通にキラキラふわふわお嬢様のグループに混じってぺちゃくちゃとお喋りしていやがった。
おのれ裏切り者め! もう絶交だ絶交!
そうだ、図書館に行こう。
最近マジで授業と授業の間の休み時間が苦痛で、机に突っ伏して寝ている振りをするか読書するかの二択しかない。
たぶんこういうやつ我のほかにもいるだろうし、クラスに馴染めないぼっちが最終的にたどり着く安息の地は、あの場所しかないはずだ。
◇
王都アカデミーの敷地内に併設された総合図書館は、それ自体が校舎一棟分の面積を誇る巨大な書庫である。
大学部に所属する研究者や教授の論文、歴史的価値のある文献や古文書も保管されているため、エルカザードのみならず世界でも屈指の膨大な蔵書を誇っている。
リコッタ嬢は偏見に満ちた観点から『クラスで孤立した陰キャの溜まり場』と推測していたものの、実際はアカデミーにいるほとんどの人間が頻繁に活用している。テスト期間中ともなれば仲間内で集まって勉強する生徒たちで賑わい、むしろ学内のどこよりも陽キャ集団がたむろする社交場めいた空間となっている。
先輩後輩、あるいは男女。
普段は別の校舎にいる生徒が、一堂に介する空間。
学内トップのエリートたちがたむろしているなら当然〝それ目当て〟の一般生徒がやってくる。
特進クラスもC以下は家柄がいいだけのボンボンで占められているので、これまた〝狙い目の一般生徒〟を探している者が多かった。貴族同士となるとトラブルを招きかねないが、庶民なら気兼ねなく捨てられる。
そんなわけで風紀が悪い。
暗黙のルールとして勉強目的でやってきた生徒と交際相手を狩りしにきた生徒でたむろする場所が分かれているものの、本棚の影に隠れてイチャイチャラブラブしているところに出くわしてしまうことも珍しくなかった。
大変なのは司書である。
見つけたら注意しなければならないし、度が過ぎていればその生徒が在籍している学部に報告する義務まで生じてしまう。
余計な仕事が増えるうえに、図書館でイチャコラするほどだから分別がついていない子どもばかりで、逆ギレされることも頻繁にあった。
しかし文句は言えない。
総合図書館の司書は膨大な蔵書を管理するために庶民の院生がアルバイトでやっていることが多く、それゆえに立場が弱いからだ。
雇う側も人件費を浮かせるために若い労働力を安く買い叩こうとしている節があり、職場環境は劣悪だった。
(ど、どうしよう……。このままだと、わたし……)
ミアンナは猫背をさらに丸め、雑巾のようにずるずると歩く。
二十一歳、女性。異性との交際経験なし。
司書のバイトをしながら学位の取得を目指している、絵に描いたような苦学生。
一度も櫛を入れたことがないのではと思うほどモサモサの黒髪。
尋常でない量の読書をこなす過程で酷使された目元には深い隈が刻まれ、瓶の底で作ったような度が強い眼鏡をかけている。
周囲からは小柄と思われがちだが、実はけっこう背が高い。それがコンプレックスで俯きがちに歩いているせいで、姿勢がさらに悪くなる。
他人と目を合わせて話すのも苦手だ。
ただ仕事熱心で、蔵書の扱いにはこだわりがあった。本棚の影でイチャコラしている生徒を注意し、そのたびに恨みを買ってしまう。
今回はとくに深刻だ。
なにせ相手が、身分の高いお嬢様なのである。
「あんたのせいでさあ、パパにすっごい怒られたわけえ。おかげで今、超困ってんの」
「ちゃんと立って。顔だとバレるから」
「う、ぐう……!」
「あーああ、よだれで本が汚れちゃってんじゃん。どうする、このまま蹴って吐かせる?」
「りょーかいっす。ごめんねえ司書のお姉さん」
眼鏡を床に叩きつけられ、何度もごめんなさいと謝っても、そのたびにケラケラと笑いながら頭をつかみ、取り巻きの男子生徒に腹を蹴らせて痛めつけてくる。
お嬢様たちが去ったあと泣きながら司書長に報告に行くも、呆れたような薄笑いを浮かべながら「大変だったねえ」で終わらされてしまう。
アカデミー側はすでに状況を把握していた。
しかし多額の寄付をしている彼女の家とこれ以上トラブルになるとよくないので、まあ『子どものやることだし我慢してよ』という話だった。
相手は十七歳。特進クラスDの高学部生。
子どもとは言うが、やっていいことと悪いことの分別はつくはずだ。
しかも連中は、一回きりで終わらせるつもりがない。
お前がここにいるうちはずっとやるからなあと、ヘラヘラ笑いながら脅しつけてきた。
それが昨日のこと。
彼女と取り巻きの男子生徒は、今日もやってきた。
「へえ、休まなかったんだ。もしかしてこういうの好き?」
「変態じゃん。ちょっと興奮してきたわ」
「最悪。まじでキショ」
「ご、ごめんなさいごめんなさい。本当に、許してください……」
「謝るくらいならさあ! 最初から注意すんなっつうの! あんた貧乏なんでしょ、お金ないんでしょ。だったら我慢しなきゃダメじゃん。うちらだってこんなことやりたくてやっているわけじゃないの。優等生だからさあ、できない子がいたら教えてあげなきゃじゃん。これぞ社会常識、図書館のマナー、集団生活の心構え。アカデミーの案内にも書いてあったっしょ。その歳でまだわかんないの? 小学部からやり直す? それとも屋上から飛んで、赤ちゃんからやり直す?」
殴られた。今度は顔を、容赦なく。
バレても大丈夫だと判断したのだろう。
実際、その通りなのだから始末が悪い。
ミアンナが奨学生として特進クラスBに通っていたとき、貴族の同級生は親切でいい人たちばかりだった。なのにそこからちょっと『外れる』だけで、こうも幼稚で残酷な生徒ばかりになってしまう。
アカデミーがやっているのは教育ではなく選別だ。
エリートとそうでない子どもを仕分けし、見込みがない生徒、素行が悪い生徒には見向きすらしない。
才能があったとしても庶民であれば今のミアンナのようにぞんざいに扱われ、上流階級を相手にうまく対応できるかどうかを審査される。
社会に出たらこういうことが山ほどあります。
あなたはそれを、我慢できますか?
無理なら辞めるか、飛び降りろ。
ミアンナのようにコミュニケーション能力が乏しく孤立しがちな人間は、振るいにかけられて落とされやすい。
仕事熱心で才気に溢れ、学業において優秀な成績を残しているにもかかわらず、空気が読めるかどうか融通が利くかどうかのほうを重視される。
それがエルカザードの根底を支える、実力主義の現実だ。
「――そうそう。我が探していたのは、まさにこういう世知辛いやつなのです」




