7ー11 迷宮百景(4)
ハナエ→リコッタ視点になります。
いや、呆けている場合ではなかった。
ブルーラフレシア。
魔物に詳しくないハナエですら知っている、等級Sの上位種。
氷結の斬撃を床に走らせて魔物の動きを封じたあと、背嚢を漁ってクナイを取る。投げる寸前に付与した魔力は、雷撃の属性。霜で凍てついた箇所を狙うことで超伝導効果が発生し、ブルーラフレシアの花弁からバチバチと火花が散る。
だが、すぐに再生してしまった。
氷結のおかげで敵の動きは鈍くなっている。
しかし早く倒さなければ、リコッタ嬢の身が危ない。
今この瞬間でさえ、無事かどうかわからないのだから。
逃げることもできる。
むしろそのほうが、賢い選択だ。
だが、果敢に向かっていく。
ハナエは心に決めていた。
ビジネスでも。新たな挑戦でも。
芸術家として、成功するためでもない。
彼女のために。
心が安らぐような、優しい絵を描こうと。
「リコッタさん! すぐに助け――」
「はーい、なのです!」
凄まじい破裂音。飛び散る汁。
ボロ屑のようにバラバラになっていく花弁。
理解が遅れた。
よもや丸呑みにされた幼女が、分厚い表皮を突き破って出てくるとは。
◇
「あなたはいったい何者なんですか。等級Sの魔物を一撃で? 信じられない……」
「どこにでもいるごく普通の、七歳児ですよ。しかしこれでお姉さんの悩みがいかにチンケかわかったのではないですか? 剣闘大会で優勝する程度の才能なんて、我に比べたらたいしたことではない。真の強さとはもっと孤独で、救いがたいものなのです」
なにも言えなかった。
彼女ほどの存在ならば、〝普通に生きていく〟ことさえ難しいはずだ。
「でも最近になってようやくクソめんどくせーしがらみから解放されまして、やりたいことをやれるようになってきたのです。だから視野を広げて、生きる楽しみを増やしていこうかと。たとえば推しの公演を観にいくだとか、芸術活動に勤しんでみるだとか」
「ぎゅっとしてもいいでしょうか?」
「構いませんけど。急になぜ」
しばらくそうしたあと、あらためて青い花を採取する。
リコッタ嬢は楽しそうだった。
彼女にとってこれは本当に、ただのピクニックなのだろう。
あまりにも強すぎて、規格外すぎて。
危険な魔物がうようよいる迷宮の深層にでも足を運ばなければ、思う存分はしゃぎまわることさえできない。
嫉妬や羨望。恨みや恐れ。
身勝手な大人に散々振りまわされてきただろうに……それでもめげずに努力して、どこにでもいるごく普通の七歳児に、なろうとしているのだ。
やがて迷宮の奥深くに辿りつくと、深緑色の水面が眼前に現れた。
地下の湖。
周囲に茂る草木や苔を反射して、それ自体が巨大な翡翠に見える。
まさに絶景。ハナエはしばし呆然と立ちすくむ。
「ぼくは生まれてはじめて自分の強さに感謝しています。冒険者の資質がなければ、この光景を拝めなかったでしょうから。……リコッタさんにお礼を言わなければなりませんね」
「我は言葉よりも結果が欲しいのです」
「あなたは本当に、可愛くない子どもです」
だが、彼女の言うとおりだ。
ここまで連れてきてもらったからには、挑戦しなければなるまい。
――迷宮百景。
エルカザードの歴史に残る、最高傑作を作らなくては。
◇
「今回ばかりは、君の働きを手放しで賞賛する」
「大成功だったのです。複製画がビビるほど売れた」
「ハナエ・スカーレット。芸術家にして冒険者。彼女の作品に憧れた貴族のお嬢さんが冒険者ギルドに殺到し、探索許可証取得試験の受験者は過去最大の人数になった。名誉でも金銭でもない、絶景を拝むために冒険者を目指す少女たち――か」
ジークは大衆紙の記事を読みながら、しきりにうなずいている。
上流階級の女性は護身用に魔法を習っている者も多いし、なにより金がある。
充実した装備で能力を底上げできるのなら、ブロンズ級以上の働きはしてくれるはずだ。
親御さんからの寄付金もたんまり集まるだろうし。
それでシグムンドによる『冒険者養成塾』を開講すれば、将来的な人材育成もばっちりだ。
しかし成功するとは思っていたが、社会現象になるレベルの反響は想定外だった。
仕掛けた本人としては、喜ぶどころか怖いくらいである。
「我としては、あまり目立ちたくなかったのですけど」
「いいじゃないか。五割増しくらい可愛く見える」
「殴りますよ?」
そう、迷宮百景第一作には、我の姿も描かれているのだ。
頭に角を生やした、ミステリアスな幼女として。
おかげで今や王都ではちょっとした有名人。
甘やかされるのはいいが、注目を浴びると面倒ごとが増えかねない。
やれやれ。どうしたものか。
壁に飾られている『オリジナルの絵』を眺めながら、呟く。
「オークションに出したらいくらになりますかね、これ」
「五億とか?」
「なるほど。確かに我には、それだけの価値があるのです」
これにて第七話完結になります。
【リコッタ嬢からのコメント】
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