7ー9 迷宮百景(2)
ハナエ視点になります。
「その悩みはとても理解できるのです」
リコッタ嬢は頭の角を左右に揺らしながら、強大な魔物がひしめく迷宮の、薄暗い通路をてこてこと進んでいく。
警戒心がまったくない――しかしなぜか、頼もしさを覚える小さな背中。
「我はずっと昔、今で言うところの少年兵のような立場でした。周囲が期待するのは何匹倒したか、あるいは誰を倒したかだけ。血で血を洗う生活の中にあって、なにか『癒し』のようなものを求めるのは必然であったでしょう。ここまではついてこれていますか?」
「ええ。うまくは想像できないけど」
「ご両親に大事にされていそうですものねえ。お姉さん」
それもまた、芸術家としてのコンプレックスだ。
迫力が感じられないだとか、ギラギラした熱がないだとか。
果てには『冒険者という肩書きのわりに、貴族の箱入り娘が描いたような牧歌的で面白みに欠ける絵』と、展覧会の講評で書かれたこともある。
悲壮感や殺伐とした空気を表現すればいいのか?
しかしハナエは、見る者の心が安らぐような優しい絵を描きたかった。
たとえそれを望まれていないとしても。
「ある日のことです。戦場となった平原に、珍しい花が咲いていました。いたるところが踏み荒らされひどい有様でしたが、奇跡的にそのまま残っていたのです。ああ、なんて可愛らしい。これを冠にしてプレゼントすれば、母はきっと喜んでくれるに違いない。我はさほど器用ではありませんでしたが、それでもどうにか頑張って、世界にひとつだけの花冠を作りました。母からなんと言われたと思います」
「そんなことをしている暇があったら、次の戦いの準備をしろ?」
「正解! さすがなのです」
「あなたはそのときの怒りや悲しみを払拭するために、ぼくに絵を描かせようとしているのですか」
「かもしれません。お姉さんから見て、今の我がそう映るのなら」
「難儀なものですね」
「うはは。お互いに」
そうこうしているうちに、地下に降る階段が見えてきた。
暗がりの奥にあるのはいわゆる深層。
そこに生息する魔物は、ピークスパイダーとは比較にならないレベルの強敵ばかりのはずだ。
腕に覚えがあるハナエも、さすがに険しい顔になる。
かたやリコッタ嬢はといえば、待ちきれないとばかりに進んでいく。
そして階段の途中でハナエの足取りが鈍いことに気づいたのか、ケラケラと笑いながら手を引いてくる。
死の臭いが充満する迷宮を進んでいるのに、ピクニックにやってきたかのような。
悲壮感や殺伐とした空気なんて微塵もない、牧歌的で面白みのない『絵』だ。
「さあ、着きました。ここが目的地――【翡翠の迷宮】なのです」
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