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7ー8 迷宮百景(1)

リコッタ視点→ハナエ視点になります。

「悪くない。いや、むしろよく練られている。今まで誰も思いつかなかったのが不思議なくらいだな。そのうえまんまと、彼女を冒険者の仕事に引き戻すことができたわけだ」


 計画について説明すると、ジークは感心したようにそんなコメントを返した。


「そもそも我が迷宮に足を運ぼうと考えたきっかけは、砂漠の西にあった【無限回廊】の鍾乳洞を見てみたかったからです。しかし許可証を取るのに手間取っている間に例の変動が起こってしまい……聞くところによると、当時の絶景はもう残っていないらしいじゃないですか」


「ああ。君がでっかい彫像を掘ろうとするまでもなく、鍾乳洞そのものが跡形もなく消え失せてしまった。同じ場所に今あるのは、とくに褒めるところのない石造りの迷宮さ」

「もったいないと思っていたのですよねえ。だからジークの姉からハナエさんの話を聞いたときにすぐさま閃いたのです。そいつを使って〝新しい芸術〟をやろうと」

「ついでに金儲けも?」

「実はかねてから、投資とかにも興味があって」

「七歳児らしくない」

 

 昔気質の筆頭騎士様は、ついていけないという顔をする。

 金勘定とか苦手そうだしな、この男。

 姉も自分も高給取りだから、そんなことをしなくても生活には困らないというのはあるかもしれないが。


 なんにせよ、外出の許可は取った。

 都合が合えばジークとサリナも同行させたかったが、あいにくふたりとも忙しいらしい。我とハナエだけで戦力は十分だろうし、芸術活動させるなら大所帯ではないほうがいいか。


「ちなみに我もスケッチしようと考えているのですが、画材のセットとかあります?」

「ガキのころに使っていたやつが、物置に眠っていた気がするな」


 引っ張りだしてみたら、スケッチブックにでかでかと絵が描いてある。

 じーくふりーど・じふれっど。きゅうさい。

 おれさまがかんがえたさいきょうのもんすたー。


「……こういうのはさっさと処分しておくにかぎるな」

「ジークにもやんちゃな時代があったのですねえ」


 ◇


 約束の日。ハナエ・スカーレットは王都ナラシカの東門でリコッタ嬢を待っていた。

 ここから砂漠を数時間ほど歩き【翡翠の迷宮】に向かう予定になっている。


 朝の太陽を浴びながら少女が現れるのを見て、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 相変わらずの美しさ。

 それこそ芸術品。あるいは超常的な〝なにか〟のように。


 工房で目にしたときから、リコッタ嬢が只者ではないことは感じ取っていた。

 頭に生えた二本の角と淡い紫色の髪の組み合わせは、勇ましさと優雅さを見事に調和させている。

 妖精のごとく愛らしい顔立ちと、花弁のように瑞々しく鮮やかな唇。

 しかしその口元から覗くのは野生的な鋭い牙。

 神聖にして妖しげな、古代の神像めいたアンバランスな造形美。


 迷宮の風景を絵画にして売りだす――リコッタ嬢から提示されたプランはそれ自体も魅力的ではあったものの、勧誘してきたのが他の誰かだったら、ハナエとて素直に誘いに乗らなかったはずだ。


 たとえば筆頭騎士ジークだったら「あなたの施しは受けない」と突っぱねただろうし、貴族の子どもが商談ごっこをしにきただけだったら、鼻で笑って追いだしていたに違いない。

 つまり決め手は、単純な興味。

 芸術家として、こうも創作意欲を刺激させる存在とは、なかなか巡り会えるものではない。



 一方で題材となる迷宮は、いささか退屈な場所だった。

 半年前の変動によって新たに地表に現れた【翡翠の迷宮】は、その名前とは裏腹に狭く薄暗い通路ばかり。それらしい仕掛けすらなく、進めど進めど視界に映るのは石造りの壁。

 これのどこが〝翡翠〟なのだろう。なにもかも、灰色じゃないか。


 やがてハナエたちが広場にたどり着くと、冒険者の一団が狩りをしているところだった。

 装備を見るにシルバー級。獲物は実力的にはやや無理がある、ビークスパイダーの群れ。

 案の定、あきらかに劣勢だ。


「どうしましょう?」

「恩を売っておくのも悪くないのでは」


 最近の冒険者は稼いでいるし、絵を買ってくれるかもしれない――か。

 七歳児らしくない打算的な考え。

 しかしそれは、商売人としてのハナエに足りないところでもあった。


 剣を構え、一閃。

 稲光がほとばしり、巨大な蜘蛛の魔物に直撃する。


 ハナエの天賦は、道具に属性を宿らせる【付与】である。

 攻撃魔法よりも速射性や持続力に優れ、事前に〝溜めておく〟ことで威力や範囲を自在に調整することが可能だ。


 特筆すべきはその応用性。毒の属性を帯びさせ相手をじわじわと弱らせることもできるし、氷結で足元を凍てつかせて動きを封じたあとに斬撃を増幅させて一刀両断する、というような使い方もできる。

 こと戦略面の幅広さにおいては剣聖ルーン、あるいは筆頭騎士ジークですら凌駕しうる潜在能力を秘めているのが、ハナエという冒険者なのである。


「ピギイイイイィ!」


 戦闘はあっさりと片がつく。

 シルバー級のパーティーが一匹倒す間に、ハナエは十二匹のピークスパイダーを始末していた。


 リコッタ嬢はなにもしていない。

 いや、バラバラになった蜘蛛を蹴っ飛ばしたあと、腹に腕を突っこんでゴソゴソとやっている。

 素材の採取か? 詳しくないからよくわからない。


「ありがとう。おかげで……助かった。お姉ちゃんは、剣闘大会の」

「ハナエ・スカーレット。芸術家です」

「職人街で絵を売っているのです。興味があるならぜひ一度、作品を見にきてください」


 助かった連中は頷きながらも、不思議そうな顔をしていた。

 何度も聞かれたことがあるから、相手が何を考えているかはわかる。

 ――そんなに強いのに、冒険者じゃないのか?


 色や輝きはより強く、鮮やかなほうが目に映る。

 迷宮の風景を描いて、それで脚光を浴びたとしても。

 結局、周囲の評価は変わらないのではないか。


 芸術家が迷宮を題材にした作品を作っているのではなく、あくまで冒険者が趣味で絵を描いているだけ。

 ハナエにとってそれは、生まれながらに染みついた『才能』という呪いにほかならなかった。

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