7ー7 冒険者にして芸術家
若手の女性で実力者――となるとミスリル級のルーン・ククルカンの名前が真っ先に挙がるが、彼女はそういった大会に出場していない。
そのため、ふたりが戦ったらどちらが強いのかという話題は、大衆紙ナラシカジャーナルの人気テーマになっている。
ハナエ・スカーレットの経歴は、王都にいる剣士の中でも最上級に位置するものだ。
なのに冒険者としてはブロンズ級。
最底辺クラスにいる理由は、単にやる気がないからだ。
本業は絵描き。
それ以外の活動はあくまで『製作費を得る』ため。
年に一度の剣闘大会に出場し、優勝賞金の五百万ドゥルを獲得する。
そのサイクルが崩れないかぎり、迷宮に出稼ぎに行く必要がないのだろう。
「製作の依頼ではないのなら帰ってください。仕事の邪魔です」
「忙しそうには見えませんけどね。ぶっちゃけ、売れてなさそう」
「冷やかしなら帰ってください」
「だから勧誘に来たのですって。我はリコッタ・パンケーキ、一緒に探索に行きましょう」
「冒険者は休業中」
「我は、絵描きとして誘っているのですが」
「それは……どういう意味でしょう」
リコッタ嬢はいったん相手を無視して、アトリエ内を散策する。
ハナエの作品は剥きだしのキャンバスのまま、壁際に乱雑に並べられている。
花瓶と果物。肖像画。宗教画。風景画。
モチーフはバラバラで、それだけで迷走しているのが見てとれた。
「素敵な絵ですけど、印象に残らない。お姉さんの強みってなんです」
「それは……」
「即答できないあたり、セルフプロデュースもできていません」
むっとした顔。リコッタ嬢はチャンスとばかりに、腰に下げていたポーチから魔力式写真機を取りだす。
パシャリ。
ハナエの剥きだしの感情を、一枚の『絵』として記録に残しておく。
「お姉さんの作品が売れない理由はこれ」
「……わかっていますよ。見たまま描くだけなら、映写機で撮るほうが楽ですし誰にだってできます」
「技術の発展によってお株を奪われてしまったわけですねえ。いっそ写真家になってみたり、貴族の間で流行っているような前衛的な作風にチャレンジしてみたりはしないのです?」
「趣味ではありません」
「なるほど。こだわる気持ちもわかります」
ハナエの絵は決して悪いわけではない。
とくに風景画は、写真よりもずっと雰囲気がある。
ただ魔力式写真機が普及したことによって、写実的絵画は現在の市場において〝時代遅れの芸術〟と揶揄される傾向にある。
魅力がないのではなく、需要がないというシンプルな問題だ。
突出した『強み』に欠ける、流行りではない作風。
それで生計を立てられるほど、芸術家という職業は甘くない。
「しかしこのアトリエの賃貸料も、画材や絵の具の購入費も、日々の生活費も、すべて剣闘大会の賞金で賄っているわけですよね? それでいて冒険者として休業中となると、今のお姉さんは画業を生業としているのではなく、フリーの武芸家、ないし無職なのです」
「君のほうこそ、いったい何者なのですか。さっきからズバズバ言ってきますけど、ただの迷惑な貴族の子どもとも思えませんし」
「ふふふ、気になりますか。しかし今はお姉さんの問題について話しているのです。王都の皆さんが興味をお持ちなのは剣士としてのハナエ・スカーレット。誰も本業が画家だなんて知りませんし、どんな作品を描いているかも興味がない。なまじ〝それらしく活動できている〟せいで目を逸らし続けていられるのかもしれませんが、そんな半端な気持ちで向き合っているとせっかくの才能を腐らせてしまいます」
なので、とリコッタ嬢は続ける。
「お姉さんにしかできない〝芸術〟をやりましょう。迷宮に行って、そこで絵を描くのです」
「それって、風景画をってこと?」
「ずばり。冒険者しか足を踏み入れることができない迷宮の奥地。そういうところは大抵魔力の濃度が高く、写真を撮ろうとしてもノイズまみれになってしまうのです。だからスケッチを残すしかないわけですが、彼らは絵を描く『プロ』ではありません。……わかりますか? 我は今、新しいビジネスの話をしているのですが」
ハナエ・スカーレットの表情が変わる。
迷宮に潜れる冒険者は、募集をかければ何人も集められる。写真と見まごうほど精緻な風景画を、情感たっぷりに描ける芸術家もごまんといる。
しかしその両方をできる人間は、王都にたったひとりしかいない。
「題して――迷宮百景。これは絶対、歴史に残る傑作になるのです」




