7ー5 必ず、その化け物より強くなってやる
前半のみシグムンドの回想、その後ジーク視点になります。
「くそっ! なんだあいつ! なんなんだよ、マジで!」
「ふはははは! ふはははは! えーい!」
「あがあっ!」
「やられた!? ウルマンの【多重防壁】が、素手の一撃で!?」
「へいへいへい! ビビってるビビってるぅ! べっくし!」
「あああああ」「いやあああっ!」「どわあああっ!」
「くしゃみで……ミスリル級が全滅だと!? ちょちょちょ、待て待て待てい!」
「待てと言われましても。命乞いなのです?」
「すまなかった! ちょっかいをかけるつもりはなかった! 謝る、謝るから!」
「なら土下座するのです。我の足を舐めて、ごめんなさいするのです」
「やる、やる。やるからどうか、命だけは――おっぺし!」
「おっさんに舐められてもばっちいから嫌なのです。やーい、引っかかった引っかかった」
◇
「鼻先を蹴っ飛ばされて、目が覚めたときにはすでにその魔物はいなかった。今になって思い返してみても、オレ様は完全におちょくられていた。おもちゃにされて、遊ばれていた」
「……」
「わかるか。アダマン級の、最強だと思っていた自分の力が、本物の『化け物』からしてみればカスみたいなもんだったと知ったときの、屈辱を」
なぜだろう。ものすごくわかる。
なんなら、日常的に味わっている気さえする。
「あれ以来、迷宮に行こうとすると足が震えちまってな。我ながら情けないとは思うんだけどよ、ここら辺がオレ様の潮時だったのかなあって。いや、すまねえ、この歳になると涙もろくなっていけねえや。うっ……ぐすっ……ぐやじい……ぐやじいよ、じーぐうぅ」
「もういい。俺が悪かった。あんたはよくやった。よく頑張ったよ」
シグムンドに抱えていた身勝手な感情なんて、鼻水を抱えて泣きじゃくる姿を見ていたら吹っ飛んでしまった。
そうだ。俺は一人前の男になったのだ。
だからかつての師に甘えるのではなく、老いてしまったその背中を優しく抱きしめて、支えてやるのが弟子としての務めなのだろう。
「あとは任せてくれ。必ず、その化け物より強くなってやる」
◇
「ごめんて」
「謝られてもなあ」
リコッタ嬢に話すと、彼女もぼんやりとながら覚えているようだった。
イフリートをぶちのめすちょい前くらいかなあ、らしい。
そのときの戦利品であるエクスカリバーは、今なお庭に埋められたままだ。
ミスリル級冒険者六名とシグムンドの混成パーティーが、変動直後の迷宮で『未知の魔物』と遭遇しため、試しにちょっかいをかけてみたというのが当時の状況。
リコッタ嬢からすれば、返り討ちにしただけ。
師でありもうひとりの父親でもある男を『壊された』としても、文句を言うのはお門違いだ。
不幸な事故だった。
そう、迷宮ではよくあることなのだ。
「ジークが、我を凌駕することは可能です。なぜだかわかりますか」
「君が弱くなろうとしていて、俺が強くなろうとしている……からかな」
「強さとは相対的な指標ですからね。ジークのみならず冒険者全体の能力を底上げすることができれば、そのぶん力量差は縮まり、我は弱体化を図ることができる。つまりお互いの目的は合致しているのです」
「ギルドの立て直しに協力してくれるってことか? 君が」
「今回の件がなくとも、考えていたことではあります。我はあまりにも強すぎ、人間はどうしようもなく弱い。ゆえに、底上げが必要なのです」
やはり彼女は規格外の存在だ。
そう痛感せざるをえないような話が、続く。
「手っ取り早いのは技術の進歩です。たとえば魔力式の銃にせよ、命中精度や威力を向上させることができれば、誰でも簡単に扱えるようになります。結果として個々の才能や技量による差はなくなり、狙撃手として育成するコストを大幅に軽減できます」
「現に冒険者はそうやって強くなってきたわけだからな」
「あとは交配とか? アインゼルが話していたこともあながち間違いではありません。より強い者同士で子孫を残していけば――うは、すげえ顔」
「七歳児らしくない」
「ならば、こういうのはどうです? 技術を進歩させたり気長に交配したりするよりも、ずっとお手軽に能力を底上げする手段があります」
「嫌な予感しかしないが、話してみろ」
「ドーピング」
タクヤをおもちゃにしたときからなにも変わっていないな、こいつは。
「普通の人間から〝外れてきている〟自覚はあるかな、お嬢さん」
「むう。言うようになりましたね、ジークも」
リコッタ嬢は拗ねたような顔をする。
君は人間ではないのだろう。
ただの化け物でさえ、ないのだろう。
それを察しながらも俺は君を『人間』として扱っているし、彼女とて最近は『化け物』であることを隠そうともしていない。
なぜそうなったかと言えば、お互いにとってそれがほどよい距離感だからだ。この関係を維持するために、最後の一線だけは越えないでほしい。
「交配とドーピングが却下となると、残るは『教育』ですかね。ジークだってその線についてすでに検討しているのでしょう? 前線では使い物にならないとしても、アダマン級はアダマン級」
「そうだな。ひとまず無職のおっさんを、社会復帰させなきゃならんし」
「塾でも開かせたらどうですか。なんなら我が習いに行ってもいい」
「やめてくれ。トラウマがぶり返して再起不能になりかねん」
「ふはは。さすがにバレますか。特徴そのまんまですし」
ジークはため息を吐く。
背中に生えた巨大な翼とか、全身を包む鱗といった〝魔物らしい特徴〟のおかげで今のところ調書の上ではごまかせている。
しかしシグムンドほか直に遭遇した冒険者が彼女を見たときにどんな反応を示すかは未知数だ。
だからなるべく、不要な接触は避けるべきだろう。
この問題については、またあとで考えるとして。
アダマン級の冒険者を教育係として、才能ある少年少女を次代の英雄に育てあげる。
落としどころとしてはそんなところだろうか。
「たまにはやります? 稽古」
「君から誘うのは珍しいな」
「教育、しなければなりませんからねえ」
こういう物言いは本当に腹が立つ。
しかし、挑戦せねばなるまい。
強くなるために。
たとえ今は無様にやられるとしても、だ。




