7ー4 折れた師
序盤のエピソード(4000〜5000字ある箇所)を分割しました。
しおりの位置がずれるなどの弊害が発生するかもしれません。
ご不便おかけしますが、引き続き『リコッタ嬢の破壊的な日々』をよろしくお願いします!
今でこそ筆頭騎士として勇名を馳せているジークフリード・ジフレッドだが、当然のごとく半人前の子どもとして扱われていた時期はあった。
それはちょうど、今のリコッタ嬢くらいの歳である。
当時はまだ両親も健在であり、五つ上の姉は王都の中等学校に通う女学生ながら、冒険者としての将来を嘱望されていた才女であった。
もっとも五年ほど活動したのち旅先で出会った商人の男と恋に落ち、すっぱりと引退して今は王都でブティックを経営しているのだが。
まあそれはそれとして。
幼い時分のジークは、近所でも有名なやんちゃ小僧だった。
ジフレッド家は昔からギルドと繋がりがある。
だから今のベテラン連中は、そのころからの顔見知りだ。おかげで酒の席では「あの悪ガキが立派になりやがって」だとか「昔は迷子になって小便漏らしていたのになあ」だとか、小っ恥ずかしい話ばかり聞かされる。
剣を握るようになったのも、両親に連れられて修練場に足を運んだのがきっかけだ。
姉がすでに王都の大会の常連だったこともあって、次は弟に習わせようというのは当然の流れといえる。
実際、かなり強かった。
だからこそ調子に乗って、やんちゃ小僧になったわけである。
しかしあるとき、昼間から酒を飲んで路地で寝転がっているおっさんに石を投げたところ、ブチ切れられて追いかけまわされたあげくボコボコにされたことがあった。
シグムンド・アーバイン。当時三十五歳。
当時はミスリル級だったが、やがてアダマン級に登りつめる男。
歴代最強とも言われる男が十歳にも満たない少年にいっさい容赦しなかった。
「そんなに暴れたいなら、オレ様が直々に稽古をつけてやる」
「……はい。師匠」
◇
「お前には才能がある。だが、オレ様ほどじゃない。そんでもってオレ様の才能も、お前の姉ちゃんほどじゃない。こういうのは大体、最初の段階で判別できる。努力でどうこうすることも不可能じゃねえが、自分より才能のあるやつが努力していたら、絶対に追いつけねえって話になる」
「なら俺は、姉ちゃんよりは強くなれますよ」
「理由は?」
「姉ちゃんの将来の夢が、素敵なお嫁さん♡だから」
ジークの言葉を聞いて、おっさんは腹を抱えて笑った。
「確かにそれなら、鍛錬を続けていれば追い越せるかもしれねえな。しかしオレ様は可愛いお前の姉ちゃんと違って、死ぬまで剣の腕を磨くつもりだ。弟子は師を越えられない。そのうえで問うが、お前はなんのために強くならんとする」
「楽しいから、かなあ」
「酔っ払ったおっさんに石を投げて喧嘩を売るのが?」
「それはごめんって。じゃなくて、強くなればできることが増えるだろ。できることが増えれば、楽しいことだって増える。逆に、できなくて悲しくなったり悔しくなったりすることは減る。おとなげないおっさんにボロ負けして、泣くことだってなくなるじゃん」
「つまり選択肢を増やすためか」
「才能がないって決めつけてくるやつに、本当にそうかどうか見せてやるのだって、強くならなきゃできないからね。だからさっさと教えてよ」
◇
学生時代に単独で最高難度の【水晶の迷宮】を踏破し、その実績でもってアダマン級の称号を得たのは、剣の師であり誰よりも期待をかけてくれたシグムンドに対しての〝けじめ〟でもあった。
ジークがなぜ、冒険者ではなく騎士の道を選んだかについては彼とて承知していただろうし、だからこそ多くは語らなかったが……内心では残念がっていたに違いない。
「オレ様は剣の腕を磨き続ける。そうすりゃお前に、追いつかれることはねえ」
冗談じゃねえぞ。クソ野郎。
あんたの背中を追いかけるのをやめたのは、俺かもしれない。
あんたの期待を先に裏切ったのは、俺かもしれない。
だが、よりにもって……心の病だと?
死ぬまで前のめりでいてほしかった。
弱いところなんて見せないでほしかった。
前のめりでいられないなら、俺に弱いところを見せるくらいなら。
いっそ迷宮で、のたれ死んでほしかった。
身勝手な感情があふれてくるのは、両親を早くに失った自分にとって、シグムンドという男が唯一、甘えられる存在だったからだ。
姉さんは明るく振舞っているように見えて悲しみに耐えていたし、俺が一人立ちするまで色々なことを諦めて、冒険者として生計を立てて支えてくれていた。
だから無条件に甘えることなんて、できなかった。
それとも、あんたも耐えていたのか?
色々なことに。
俺の前では格好をつけようと、見栄を張っていたのか?
酔っ払いのくせに。
悶々としているうちに、目的地に着いてしまった。
シグムンドの家。
妻や子はいない。
冒険者はいつ死ぬかわからないからと、独身を貫いていたのだ。
玄関のベルを鳴らす。
気配はするから、居留守を使われたら押し入ってやる。
だが、思いのほかあっさりと本人が出てきた。
「ギルドから連絡が来たからそろそろかなとは思っていた」
「元気そうじゃないか、旦那」
「普通に生活しているかぎりはな。まあ入れや、酒でも飲もう」
「昼間っから?」
「無職のおっさんだぞ。ほかにやることがねえ」
家の中は綺麗だった。
あくまで独り身の五十代の男にしては、だが。
エルカザードの歴史上でも二十人程度しか存在しない最高位の冒険者とあって、趣味である酒のコレクションはなかなかのものだった。
六百万ドゥルはするであろう【オアシスの涙】と呼ばれる地酒を迷いもせず開け、大理石のテーブルに置かれたグラスに並々と注ぐ。
「正直、自分でもこんなふうになるとは思っちゃいなかった。だけんども心の問題っつうのはな、治そう治そうって努力したところでどうにもなんねえものなのさ。むしろ焦れば焦るほど悪くなるっつうか……すまねえ。がっかりしたよなあ、お前も」
「いったいなにがあった」
「変動があっただろ。あのあとすぐに探索に出て、死にかけた」
「それだけか? 日常茶飯事とは言わないが、何度も経験したことだろ」
シグムンドは黙りこむ。
極限まで鍛え抜かれた巨体のおっさんが、今はやけに小さく見える。
グラスを持つ手が震えている。
思いだしたからか? そのときのことを。
「化け物を見た。とんでもなく、恐ろしい化け物だ」
「未知の……」
「そうだ。ほかにも何人か、同じような目に遭ったやつがいる。連中も口を揃えて言ったよ。あれは俺たち人間がどうにかできるレベルじゃない。魔族か、はたまた神々か。今なら討伐対象にだって登録されているはずだ。規格外の、等級SSSSの魔物として」
うん? ちょっと待て。
まさか――。
「そいつは【黒獄竜姫】と名づけられた。頭に角を生やした、子どもみてえに小せえ魔物さ」




