7ー1 君と結婚を前提にお付き合いしたい
前半ハミルトン視点、後半リコッタ視点になります。
灼熱と黄金の国、エルカザード。
その呼び名の由来となったのは周辺に広がる砂漠と、神話時代の遺跡を改装して作られたハングーレ宮殿である。
ドーム状の建物の外壁は黄金色に輝き、さながら地上に落ちた太陽のごとく王都ナラシカのど真ん中に鎮座している。
宮殿に住んでいるのは、三大王家と呼ばれる一族と侍従たち。
そして、直属の近衛部隊でもあるエルカザード王国白騎士団である。
入団試験は品格と実力の両方で審査され、基本的に上流階級の貴族のみで構成されている。
団長のハミルトンもそのひとり。
三大王家の一角、ファルシオン家の分家の生まれである。
「お呼びでしょうか、殿下」
敷地内に作られた人工のオアシスに赴き、水面でぷかぷかと浮いている半裸の青年に頭をさげる。
ハミルトンは現在四十五歳。
殿下と呼ばれた本家の嫡子は、若干十八歳の若者である。
アインゼル・ファルシオン。王位継承権第二位。
銀髪碧眼。
その冷ややかな容貌から、氷の貴公子と呼ばれている。
「エルカザードは激動の時代を迎えつつある。迷宮の変動、魔法技術の急速な発展、そして悪逆竜の復活を示唆する不吉な予言。我々が今すべきことはなんだと思う」
「新たな人材の育成、でございます」
「左様。そなたは理解しているのになぜ、こうも出遅れている?」
アインゼルは水辺から上がると、ぽたぽたと雫を垂らしながら近づいてくる。
あまりにも美しい。人間とは思えないほどに。
事実、この青年は規格外の存在である。アダマン級の冒険者に相当するハミルトンですら、その威光を前にすると身がすくむ。
「リコッタ・パンケーキ」
「黒騎士団が保護した獣人の少女ですな。闇オークションの会場において、等級SSの盾を素手で砕いたのだとか。にわかには信じがたいですが、アリシアが必死にその事実を隠そうとしているあたり、与太話のたぐいではないでしょう。身体強化の密度が凄まじいか、あるいはなんらかの天賦によるものか。いずれにせよ只者ではありますまい」
「直に拝んだことはあるか」
「いえ。調書の写真でしか」
「ふむ。それでお前は、なにも感じなかったのだな」
「と、言いますと?」
アインゼルは歌うように言った。
「闇オークションで売られていた。獣人の。孤児。頭に角。ギザ歯。七歳の幼女」
「まさか」
「とんでもなく『癖』が強い。ぜひとも――欲しい」
ハミルトンは狼狽した。
三大王家の血筋の、悪い側面が出てしまっている。
彼らは建国初期から獣人やその混血を差別しながら、一方で並々ならぬ執着を抱いているのだ。
アインゼルにいたっては人型の魔物にまで手を出している。
獣人愛好家どころか魔物愛好家……世間に知られたら一発アウトの特大スキャンダルである。
「む、無茶です! あのジークフリード・ジフレッドがそばについているのです! それに等級SSの盾を粉砕した話が事実ならば、いつものように首輪をつけて檻に入れるだけでは、すぐに逃げだしてしまいます! 殿下もそろそろ、歪んだ性癖をお治しになってください!」
「しかし我々には、次代を担う優秀な人材を育成する義務がある。リコッタ・パンケーキなる者が七歳にしてそれほどの能力を有した傑物なのであれば、ぜひとも余のもとに引き入れたいと考えるのは至極当然のことではないか」
「もっともらしい口実を……。黒騎士団の保護下にあるところを、あれこれ難癖をつけて白騎士団に招くというのは手段としては可能です。ただ、アリシアとてなんの思惑もなしにリコッタ嬢を囲っているわけではないでしょう。連中に下手にちょっかいをかけると、手痛いしっぺ返しを食らいかねません。ただでさえ殿下は、褒められたものではないご趣味をお持ちですので」
「わかった、わかった。お前には頼まない」
「ご納得いただけましたか」
「自分で行ってくる。へーいお嬢ちゃん、余の家に来なぁい?――って」
「はあ!?」
さすがにでっけえ声を出してしまった。
氷の貴公子ともあろう御方が。王位継承権第二位の王子が。
十八歳の青年が。
七歳の女児をナンパ!?
「案ずるな。王族では昔からよくあることだ」
「じ、時代をお考えください! エルカザードは先進国なのです!」
◇
「というわけだ。君と結婚を前提にお付き合いしたい」
「正気でございますか? アインゼル殿下」
「誰がそなたに発言の許可を与えた。筆頭騎士」
「一応は彼女を預かっている身ですので。それに騎士としては王継承権第二位の御方であっても、不同意性交等罪を働こうとしているところを見すごすわけにはまいりません」
「やましい気持ちはない。エルカザードの王子として、より強い子種を次代に残さなければならぬという決意はあるが、それはまだまだ先の話ゆえ、指をくわえながら成長を待つつもりでいる」
「なんかキッショいんだが、この男」
「あはは。こんなに美しいのに? それとも余の魅力がまだわからない年頃なのかな?」
優雅にソファに腰かける王子様を見つめながら、リコッタ嬢は眉間に皺を寄せる。
幼女に不埒な感情を抱く社会のクズ。
今ここでお掃除しておくべきかもしれないな。
まあそこまでしないにせよ、十八歳の若者であれば今のうちにボコって矯正……いや、余計にねじれてしまう可能性もあるか?
面だけはジークに負けず劣らずいいのが、惜しいところだ。
リコッタ嬢として生きる上での目的を考えれば、王族からの求婚なんてのは願ってもないチャンスではある。
ただアインゼルなる男は気色悪い以前に、打算的な雰囲気のあるまなざしが気に入らなかった。
こういうやつは平気で裏切るし、それを悪いとも考えていない。
たとえば我を作りだした、クソ女神のように。
「嫌だと言うなら無理強いはしない。たとえ今回の提案を承諾せずとも、ハングーレ宮殿に立ち入る許可は与えよう。欲しいものがあるなら用意する。食べたいものがあれば言ってごらん」
「ごくり……」
「ははは。そこにいるジークフリード・ジフレッドはエルカザード随一の傑物ではあるが、王族である余ほどの財力は持ち合わせてはいない。贅沢な暮らしに興味はないか、お嬢さん」
「気をつけろ。こういうやつが一番危ない」
「どうしても不安だというなら、お前も同伴するがよい。そもそも血の繋がった家族でもあるまいに、彼女がどういった環境を選ぶかについて、口出しする権利がどこにある」
ジークは返答に窮しているようだった。
アインゼルはいけすかない感じの男ではあるものの、筆頭騎士様からこういう表情を引きだしたことには感謝したい。
もう完全に、我を手放す気がないのだな。
実際のところ社交界の暮らしには興味があったし、ハングーレ宮殿にも一度は足を運んでみたいと思ってはいる。
興味本意で誘いに乗ったとしても、おかしな真似をしてくることはないだろう。いかがわしい言動で煙に巻いてこそいるものの、この男の本音は別のところにありそうだから。
「晩餐会かお茶会か、そーいう行事になら招待されてやってもいいです」
「覚えておこう。こうして会って、ますます君のことが好きになった」
「用が済んだのでしたらお引き取りください、殿下」
アインゼルが去ったあと。ジークは真剣な顔でこう言った。
「魔力式の防犯ブザーを持たせなくては……」
「自国の王子を完全に変質者扱いだな。わかるけども」




