6ー13 負けないで。もうひとりの自分
前半リコッタ、後半は第三者視点になります。
「なんだかんだですべて丸く収まったのです」
「本当にそうか? 俺はいまだに不安が尽きないのだが」
一週間後のこと。家のリビングにて。
結局あのあとは合流する途中で薬の効果が切れ、ジークのもとにたどり着いたころには元の姿に戻っていた。つまり、リコッタ嬢が変化しているところを本人は見ていないわけである。
おかげでピンと来ていないらしい。
まあ、そうなるのも当然ではあるか。
ただ、ジークの姿になったリコッタ嬢が通り魔を成敗し、エヴァンジェリンの命を救ったことは騎士団に報告されている。
犯人こそ取り逃してしまったものの、冒険者と思わしき女が凶行に走った原因が遺物による精神汚染であることはあきらかだった。以降ぱったりと出没しなくなったことで、事件は未解決のまま終息しようとしている。
ルーンをしばき倒した件については話していない。
面倒な話になりそうだったから。
ちなみに王都の大衆紙ナラシカジャーナルでも、事件について大々的に報じられている。
――ジーク仮面、大活躍! 目撃者の証言によるイラストが掲載され、筆頭騎士の意外な一面について議論が交わされている。
口から火を吹いたのはタクヤ・サワダから学んだ東の島国の『忍法』なのかとか、面白半分にネタにされているわけである。
音読してやったらすっげえ嫌そうな顔をされた。
リコッタ嬢はけらけらと笑う。
あんだけ大暴れしたのに、歌姫エヴァンジェリンの窮地を救った『功績』によって、本人からお叱りを受けなかったのだから上々である。
ちなみに変化の秘薬については、瓶の底に付着していた成分をノア・コーエンが分析している最中だ。
もっとも同じ物を再現できるようになったとしても、市場に出まわることはないだろう。
他人とそっくりになれる効果なんて、悪用されるに決まっている。
我が示してみせたように。
「やっぱり今の姿が一番なのです。ジーク、三つ編みにしたいのですが」
「はいはい。今日は〝推し〟のためにお洒落しないといけないからな」
「うむ。筆頭騎士様もばっちりですね。エヴァちゃんが見たら、きっと嬉し泣きしますよ」
「スーツを着た俺に? なんで?」
リコッタ嬢はふんと鼻を鳴らす。
鈍感なところも含めて、あざといくらいのキラキラ男だなこいつは。
まあよい。
王都のマックイーン劇場にて、午後からエヴァちゃんの公演である。
待ちに待った、推しの晴れ舞台。
ジークが見ていると知れば、彼女だって気合が入るだろう。
通り魔に襲われたことで当初は延期も懸念されたが、予定どおり彼女の公演は開催される運びになった。
聞くところによると、かねてからスランプを抱えていたらしい。
しかし命の危機に瀕した経験を経て、むしろ吹っ切れた部分もあったのだとか。なんと三日で新曲を書きあげ、今日お披露目するという。
タイトルは――『負けないで。もうひとりの自分』
最前列で聞いた。放心した。涙がこぼれた。
エルカザードのみんなに愛され、彼女も王都のみんなを愛し、それがエネルギーとなって劇場全体に満ちていく。
正直すっげえパヤパヤしたタイトルだし可愛い感じなのかなと思いきや、めちゃくちゃハードで荒々しい曲だった。
エヴァちゃんは殻を破ったのだ。
お姫様から、王都の頭上で輝く一等星に。
「なにかすごいものを見せられたような気分だ」
「それを伝えに行きましょう。お隣さんに」
公演後。
舞台裏にご挨拶に行くと、もっと面白いものが見れた。
エヴァちゃん。感想を伝えたジークの頭をよしよしと撫でたのである。
「なぜ……?」
「誰かに甘えたくなったときは、ぜひおっしゃってください」
ふはは。そういやこの男の姿でそんなお願いしていたわ、我。
やられたほうはかつてないほど困惑していたが。
まあ、それはそれとして。
真に褒められるべきは、地道にお仕事を頑張っている者たち。
すなわち、ジークのような人間である。
◇
余談ではあるが、メイディについても語らねばなるまい。
リコッタ嬢に成敗されたあと、彼女は脱兎のごとく逃げだした。
怪我をさせてしまった人たちに申しわけない。
犯人だとバレたら捕まるかもしれない。自首する勇気なんてない。
呪物による精神汚染がなくなると、本来の弱い自分に戻ってしまった。
おかげで、田舎に戻る決心がついた。
筆頭騎士のように高潔でもなければ歌姫のように肝が据わっているわけでもない。そのうえ自ら罪を償うほど誠実でもないのだとすれば、残るは冒険者としての道を諦めて王都から去るしかない。
誰の命も奪わなかったことが幸いし、通り魔事件はすぐに風化した。
王都の大衆紙や騎士団は、もっと凶悪で陰湿な犯罪者を追いかけるようになった。当然、遠く離れたメイディの故郷まで捜査が及ぶことはない。
許されたわけではないが、忘れられはしたのである。
私は一生、後悔しながら生きるに違いない。
メイディはそう思いながら、両親の勧めでお見合いをした。
相手は見るからに冴えない風貌の、商家の息子だった。
しかし跡取りではあったので、彼女はすぐに承諾した。
正直なところ、誰でもよかった。
結婚してすぐに夫が病で倒れ、メイディは代理で家業を切り盛りするようになった。輸入家具の販売。専門知識がいっぱい必要なやつだ。
つくづく運がない。どうせ失敗するに決まっている。
多額の借金を抱え、結局、路頭に迷う。
地獄から逃げても、その先にあるのは、もっとひどい地獄だ。
「あなたを信じて正解でした」
「へ?」
取引相手の男にそう言われ、メイディはきょとんとする。
……なんとなくだけど、怖いかな。
商談しているときにぽつりと、そう呟いてしまった覚えがある。
若い娘の、ど素人の。
ただの不安だからと、訂正したはずなのだが。
「あなたの母上と古い知り合いでしてね。前にこう話していたのを思い出したのです。――この子の『直感』はよく当たると。それに数年前まで冒険者をやっていらしたでしょう? 迷宮で何度も死地をくぐり抜けた経験のある方なら、信じてみるべきかなと」
とんだ勘違いだ。
底辺の、回復魔法しか取り柄のないお荷物だったのに。
しかし結果として、男の判断は正しかった。
彼のところに新たに出入りしていた業者は食わせ物で、現地でブラックリスト入りしている詐欺集団だった。
他より安く売るからという言葉を信じて取引した商人たちは、みるからに粗悪な模倣品が届いて愕然とする。
よくある手口ではあるものの、田舎ではまだ通じてしまう。
怪しいと感じていたわけではない。
本当になんとなくだった。
素直にそう告げると、メイディの評価はさらに上がることになった。
商人ほど、この手のジンクスを信じる生き物はいない。
夫が病から復帰するころになると、彼女の手腕はすでに多くの人々が知るところとなっていた。
普段はふたりで切り盛りし、肝心なところで相手に問われる。
進んだほうがいいかな?
それともいったん、撤退するべき?
誰にだってひとつくらい、他人に負けない才能がある。
メイディの『直感力』はほかの技能とうまく噛み合いさえすれば、冒険者として大成しうる長所になったかもしれない。
しかし環境がそれを許さなかったし、自身だってそれを活かす方法を知らなかった。憧れていたゴールとは違う道に進むことで、ようやく秘められた能力が開花したのだ。
数年後。故郷で財をなしたメイディは、かつて怪我を負わせた被害者にこっそりと多額の慰謝料を送った。
それで許してもらえるかはともかく、彼女なりのけじめであった。
エヴァンジェリンのところには、筆頭騎士様のレアカードまでつけて。
その事実に気づいたのは、リコッタ嬢だけ。
美しく成長した彼女は、王都の大衆紙を読みながら断片的な情報を繋ぎあわせ、通り魔だった女が贖罪したことを理解した。
ふはは。
なんだかんだで、すべて丸く収まったな――と。
これにて第6話完結です。
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