6ー11 剣聖(1)
仮面の男?視点になります。
人の気配がなくなったところで、仮面を取る。
ジークとそっくりの顔。
しかし目は赤く、口にはギザギザとした牙が生えている。
最初は完璧に『化けていた』が、薬の効果が薄れてきているようだ。
「残念。もうちょっとこの姿で遊びたかったのですが」
仮面の男。
もとい、リコッタ・パンケーキ嬢は呟く。
ミノタウロスが持っていた瓶に入っていたのは、なりたい姿に変化する秘薬だった。古代の魔族だけが持つ、失われた技術のひとつである。
身体に異変が起きた直後。死ぬかもと焦って、リコッタ嬢は「ジークが悲しむ」と考えた。秘薬がそのイメージを拾った結果、今の姿になったというのがノアの推測だ。
しばらく様子を見たものの、元に戻る気配がなかったので、いったん王都に戻って調べることにした。
しかし同じ姿をしたふたりが町中で鉢合わせると騒ぎになってしまう。
だからまずは本人を研究所に呼び寄せて身柄を確保したあと、王都のはずれに身を隠していたリコッタ嬢が合流する手はずになっていた。
途中で通り魔が出たと、通報がなければ。
……あとでめっちゃ怒られるかもしれない。
せっかくだしこの姿で筆頭騎士ごっこしよう。
ノリノリで参上した結果、やりすぎた感はある。
酒場で飲んだくれたりギャンブルでぱーっと遊んでいたらもっと悪目立ちしたはずなので、薬が切れてきてちょうどよかったと考えるべきか。
なるはやで本人と合流して穏便に終わらせよう。それがたぶん正解だ。
「見ていたわよ。筆頭騎士さん」
げ。こういうときにかぎって、知った顔に会う。
ルーン・ククルカン。
ミスリル級の冒険者にして、かつてサリナを返り討ちにした相手。
「こんなところで奇遇なのです。しかし我は急いでいるゆえ、ナンパはまた次の機会に」
「ちょっと話をするだけだから。どうしても気になることがあって」
「というと」
「違法薬物の密売拠点。キャラバンを偽装したテロ集団――思い当たることはない?」
挑発的な笑みだ。
お前がやっていることはお見通しだぞ、とでも言っているような。
なるほど、なるほど。
さっき火を吹いたのがよくなかったのだ。
事件現場の痕跡を見れば、それで誰がやったか見当がついてしまう。
「ボランティアで正義の味方をやっているのです。この世界には善良な人間とそうでない人間がいて、我は誰からも愛される存在になるために、それらを選別しておきたい。あとは単純にストレス発散なのです。他人に迷惑ばかりかけているクズならお掃除しても、怒られたり嫌われたりすることはないと思いまして」
「ウケる。世間で大人気のジーク様が、そんな歪んだ思想を抱えていたなんて」
「……あ、やっぱ今のなし。忘れて」
「無茶言わないでよ。夢に見ちゃいそうなくらい、インパクトあったし」
やばい。しくじった。よりにもよってジークの姿をしているときに、リコッタ嬢としての〝趣味〟をご開帳してしまった。
これは本人にバレたら絶対、怒られるやつだ。
ちょっと考えたあと、頭を殴って記憶を飛ばそうと考える。
それでうっかり死んだら死んだで、証拠隠滅になるし。
しかし――。
「おっと、いきなり? 今のはマジで冷や汗かいたわ」
リコッタ嬢も驚いた。
不慣れな身体というのはあるにせよ、人間ごときに避けられる攻撃ではなかったはずだ。
出力を上げて、再び拳を振りあげる。
ルーンは余裕をもってそれをかわした。
やるじゃん。
ちょっと楽しくなってきたぞ。
通り魔のお姉さんはナイフの力に振りまわされているだけで、クソ雑魚だったからな。
ルーンは剣を抜く。
二本を左右に持ち、逆手に構える。
見慣れぬ刀身だ。路地の暗がりの中で、青白い燐光を放っている。
間違いなく魔道具、あるいは遺物。
こっちは丸腰だが、そんなことは関係なく、最初から本気でかかってくるらしい。
「誰にも言わないからさ、遊んでよ。あなたの、本当の顔を見せて」
「後悔しない? 恨まない? 嫌わない?」
「しないしない。アタシ、強いやつが好きなの」
「みんな最初はそう言う」
戦闘がはじまる。ルーンの剣技は素晴らしかった。
ジークのような瞬発力ではなく、体捌きが巧みで、様々な角度から攻撃を繰りだすことで、相手を翻弄するタイプだ。
といっても、遅いわけではない。
ジークが天賦でさらに加速していることを考えると、身体強化魔法のみでの瞬発力は彼女に軍配が上がるかもしれない。
手数を重視しているぶん一撃が軽くその点では見劣りするが、純粋な剣士としての技量は彼を凌駕している。見たところ十代後半といったところなのに、剣聖と呼ばれているだけはある。
もちろん騎士として、あるいは冒険者としての総合力で見れば、回復魔法や蘇生の天賦を持ちあわせているジークのほうがずっと上だ。
ついでに言えばあの男はけっこうな種類の魔法が使える。ルーンはどちらかというと特化型、剣技に全振りしているようなタイプだろう。
遊び相手としてはどっちでも楽しい。
ただ負かすなら、ひとつの道を極めているやつのほうが気持ちいい。
通り魔のナイフを捌いたときと同じように、手のひらでひょいひょいと弾いてやる。あからさまに舐めた態度で煽ってみるものの、ルーンは平然とした顔のまま、攻撃を続けている。
飽きてきたし、そろそろこっちから仕掛けようか。
そう考えた直後、相手の動きに変化があった。
上半身が後ろ向きにぐにゃりと倒れたかと思えば、そのまま捻りを加えて回転するように一閃を放ってきたのだ。
ありえないほどの柔軟性。ほとんど軟体生物である。
さすがに意表を突かれ、避けるのがわずかに遅れてしまう。
胸もとに刃がかすめ、鮮血がぱっと散る。
切られた。
今はジークの姿をしているが――我の、強靭な肉体が。
「うは。痛い」
「喜ぶなんて、変態?」
「ちゃうねん。すっごい久々だったから新鮮で、つい」
「いずれにせよ気持ち悪いっつの」
そう言われると傷つく。
ルーンちゃんけっこう口が悪いな。我が言える立場ではないが。
しかし所詮は皮一枚。
すぐに再生できるし、くすぐったい程度である。
ところが切られたところを見ると、怪しげな紋様が浮かんでいた。
はるか昔に似たようなものを見た覚えがあるな。
なんだっけ?
「これがアタシの天賦【二撃必殺】。かすり傷でも二回当たったら死ぬ」
「卑怯! そういう絡め技で勝とうとするの、剣聖っぽくないのです!」
「自分で名乗っているわけじゃないし。ちなみに切り札はほかにもあるから。天賦の二枚持ちは筆頭騎士さまだけじゃないってことを、今から身を持って教えてあげる」
対抗心バチバチじゃん。我にではなく、ジークにだけど。
ていうかこの前の暗殺者といい、天賦持ちは手の内をベラベラと喋らなければいけない縛りでもあるのか?
公平性を期すために、我もなんか教えておくべきかもしれない。
火が吹けるとか尻尾を生やせるとか飛べるとか。
頭を切り落とされても再生できるとか。
ルーンは再び連撃を仕掛けてくる。
二回当たったら死ぬとは。
手数重視のスタイルでいるのも納得である。
彼女の剣は幅広で重そうだが、受けてみると羽のように軽い。
ゆえに弾くのは簡単。
しかしわずかでも加減を間違えて指の先っちょでも切られようものなら、その時点で終わりになってしまう。
注意が必要なのは、やはり怪しげに輝く刀身であろう。
天賦によるものなのか、遺物に宿る魔力か。
たった二回当てるだけで勝てるのであれば、威力は必要ない。
ありそうなのは通り魔のナイフと同じような、不可視の衝撃波。
はたまた刃が伸びるといった、間合いを変化させる効果だろう。
結論から言うと、ルーンの手から繰りだされる〝刃〟に気を取られていた時点で、リコッタ嬢は術中に嵌っていた。
二刀流の逆手持ち――彼女の構えは、手数重視のスタイルを実現させるためのもの。そう考えていたことが、致命的な間違いだったのだ。
ルーンは飛んだ。蝶のようにひらひらと。
両手に持っていたのは剣ではなく〝羽〟だったのだ。
いやはや、人間が考えることは面白い。
浮遊する力を秘めた刃。
それを巧みに操ることによって実現する、立体的な剣技。
しかも相手の切り札は、もうひとつあった。
「終わったね」
「――ッ!」




