6ー10 仮面の騎士様
エヴァンジェリン視点になります。
歌姫の窮地を救うべく颯爽と現れたのは、誰がどう見ても筆頭騎士だった。
なぜか土産物屋で売っている仮面をかぶり、サイズの合っていないぴちぴちのシャツとトラウザーを着ているが、その艶やかな黒髪と長身の立ち姿は隠しようがない。
それでもエヴァンジェリンを含めたその場にいる全員が、ちょっとだけ首を傾げた。
「いいですか皆さん。我、ジークなり。筆頭騎士ですごく強い」
「あ、はい。助けてください……ませんか?」
「うむ。エヴァちゃんは下がっているといいのです」
エヴァちゃん? 突然の名前呼び&ちゃん付けに戸惑う。
推しが王子様のように助けてくれたのに、思っていたほど胸がときめかない。不思議に思いつつもひとまず背後に隠れ、治癒薬を飲んで脇腹の傷を塞ぐ。
一同が困惑する中、真っ先にツッコミを入れたのは通り魔だった。
「なにその姿、ふざけてんの?」
「たまたま騒ぎを聞きつけて馳せ参じたのだから、そういうこともある。できればちゃっちゃと終わらせて、酒場で羽目を外したりギャンブルでぱーっと遊んでオトナの身分を満喫するつもりなのです。今すぐ武器を収めてくれるなら、命だけは許してあげるので……だ!」
「無理に決まっているでしょ。私はその女を道連れにして、地獄に落ちるの」
「むう。では仕方あるまい」
ジーク様もとい、ジーク様っぽい仮面の男は静かに拳を構える。
エヴァンジェリンがハラハラしつつ見守る中、通り魔が刃を一閃する。
キィンと音が響く。
だが、なにも起こらない。
「手応えはあったはずなのに!」
通り魔は何度もナイフを振る。
しかしシャツのボタンがぴんと弾けただけ。
確かに当たっているようなのに、ダメージを受けた様子はない。
仮面の男は指揮者のごとく手のひらをくるくる動かしながら不可視の刃を捌き、ゆっくりとした足取りで距離を詰めていく。
一瞬でも『本物かなあ?』と疑った自分を殴ってやりたい。
これぞまさしく、美しくも勇ましい筆頭騎士様の姿だった。
「なんで……そんなに強いのよ! みんなみんな、才能があって……。私だって努力しているのに、いつになっても追いつけなくて――」
「ふむ。それでヤケになって暴れだしたのですね。我とてお前の気持ちはよくわかる。このままではいかんと今さらになって努力をはじめたものの、求めている姿は遠のくばかり。先行きが見えない不毛さに鬱屈を抱え、家の塀に当たり散らしたことさえあるのです」
「嘘……ですよね? 貴方は……私が欲しいものを、ぜんぶ持っているのに……」
「人それぞれ、悩みがあるというだけのこと。自分がいらないと思っている物を、相手が欲しがっていることだってごまんとあるのです。他人を羨むのではなく、お前はお前の魅力を磨くべき」
エヴァンジェリンは感激してしまう。
かつて自分がリコッタ嬢にアドバイスした内容と、ほとんど同じ。
つまり考え方がまったく一緒。相性はバッチリということだ。
ジーク様はただ諭しただけでなく、隙を突いて相手のナイフをつかむ。
「よくない力を感じるのです。これに操られていたのやも」
そう言うと、ふっと息を吐く。
直後、凄まじい勢いで炎が噴きあがり、ナイフを一瞬にして灰に変えてしまった。
通り魔、エヴァンジェリン。
そしてわずかに残っていた見物人たちが、度肝を抜かれて腰を抜かす。
なんだ今のは。
魔力を感じなかった。なのに、口から火を――。
「ひええええっ!!」
「逃げろ逃げろ! 我としてもさっさと遊びに行きたいし、逮捕するとかになると面倒だからな。ではでは皆さん、ご機嫌ようなのです」
「ま、待ってください!」
「どしたん。エヴァちゃん」
「助けてくださってありがとうございます……。ぜひ、お礼をしたいのですが……」
ジーク様はしばし考えこんだあと、恥ずかしそうにこう言った。
「ならあとで頭をなでなでして。褒められると嬉しいので」
「はうっ!」
やばい。危うく昇天しかけた。
なんというギャップ。
普段は寡黙な騎士様が、子どものように甘えてくるだなんて。
颯爽と去っていく背中を見つめながら、エヴァンジェリンは涙を流す。
ああ、ますます好きになってしまいました……。ジーク様……。




