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6ー7 エヴァンジェリンの悪行その2

前半エヴァンジェリン、後半メイディ視点になります。

 ただでさえメンタルが下降気味だったのに、欲しかったウエハースを発売日に買えないという追い打ち。

 なんなら鬱々としていたからこそ、推しのグッズを手に入れて自分のご機嫌を取ろうとしていたのに。


 最高レアのカード、それも目当てのみを狙うとすると、ウエハースを五百個買って一枚という計算。

 王都全体の流通量が千個程度しかないので、すべて買い集めたとしても二枚しか手に入らないというえげつない低確率。

 だというのにエヴァンジェリンは、ウエハースを買う前から手に入れたつもりでいた。あたしとジーク様は運命で結ばれているのだから当然自分のところにやってくる、という謎の確信である。


『悲しいな。君の愛がその程度だったなんて』


 脳内に存在するイマジナリージーク様が、悲しい表情を浮かべている。

 ち、違います! まだ諦めていませんから!

 王都の雑貨屋はほかにもたくさんある。

 せめて現物を購入するまでは粘るべき。

 でないと敬愛する筆頭騎士様に、なんとお詫びをすればいいのやら。


 実は今朝がた、玄関先で本人と顔を合わせていた。

 リコッタ嬢が友人と迷宮に出かけたまま予定日になっても戻ってこないらしく、ずいぶんと気に病んでいるご様子だった。


 最近になってふんわり交友を深めていたものの、エヴァンジェリンにとって角ガキは依然として邪魔者。このまま迷宮で行方知れずになってしまえば、労せず目的を達成できる。

 面倒を見ていた子どもを失って傷心中のジーク様を慰めてあげれば、一気に距離を縮めるチャンス。

 恋の運気を上げるためにも、推しのカードは自力で引き当てるべきだ。


 エヴァンジェリンは走った。姫として生まれついた自らの境遇に辟易し、自由を求め王宮を飛びだしたときと同じように。

 思えばあのときも、勇気を与えてくれたのはジーク様だった。


 ――大丈夫。君ならできる。


 歌手を志そうと決めた日、彼は夢の中に現れた。

 雑誌の記事と王宮のイベントでしかお顔を拝見したことのなかった相手だったが、それで一気に恋に落ちてしまった。


 夢の中で告げられた言葉を胸に刻んでひたむきに努力し、歌姫としての栄光をつかんだ。

 裏社会のコネを使ってジーク様のお隣に住んでいた一家の会社を買収し、オアシス近くの町に転勤させたのちに後釜として引っ越した。

 そして今に至る、というわけである。


 とんでもない思い込みと行動力。

 しかしそういう人間だからこそ、願いを現実に変えることができる。


 王都のはずれ。

 安アパートが立ち並ぶ一角に、その店はひっそりと佇んでいた。

 今となっては買い求める者が少なくなった違法ポーションや、ジャンク品同等の装備や魔法道具をメインで扱っている、雑貨屋というよりは冒険者向けの怪しげな専門店。


 話を聞いたところによると店主のお爺ちゃんが昔そこそこ有名な冒険者だったらしく、当時のツテで業者からウエハースを仕入れているという。

 商品については人気があることくらいしか知らないらしく購入制限もない。箱のまま棚に置いてあったので迷わずつかむ。


「あ」


 背後から声がした。

 自分と同年代かちょい上くらいの冒険者風のお姉さんが、ウエハースを大人買いしようとしているエヴァンジェリンをじっと見つめている。

 彼女も狙いは同じだろう。

 同族オタクだと雰囲気でわかる。


「ひとりで全部はマナーが悪いと思います」

「ごめんなさい。こういうのって早い物勝ちだと思うので」


 勝った。いや、買った!

 しかも目当てのカードも出た!

 キラキラの筆頭騎士様! 

 やはり運命! あたしは推しと結ばれる!

 

 歌手としての悩みなんて吹っ飛んでしまった。

 いいじゃないか、偶像でも。

 民衆がお姫様を求めるなら、全力で媚びてやろう。

 そしてジーク様のお嫁さんになり、華々しく業界から引退するのだ!

 表現者としての道を追求するのは、別にそれからだって構わない。


 オッホッホ! オーホッホッ!


 王宮を飛びだしたときに封印した、お嬢様高笑いが自然と出てしまう。レアカードを太陽に掲げて勝ち誇るクソオタク女の姿を、冒険者風のお姉さんが恨めしげに眺めている。


 なんたる愉悦! 

 しかしこれが〝推し活〟道の厳しさである。

 愛とは決して、譲りあえるものではないのだから。


 ◇


 殺そう。この女を。

 メイディは心に誓った。


 フードで顔を隠しているが、声に聞き覚えがある。

 エヴァンジェリン・エヴァンス。

 元王族の歌姫。

 安アパートで暮らしている自分とは天と地ほどにも差がある、生まれながらに恵まれた存在。


 なのに! ウエハースを! 

 よりにもよって目の前で! 大人買いするなんて!


 しかも筆頭騎士ジークのレアカードを引き当てるとは。あれは冒険者として再起を図ろうとしている私にこそ、相応しい『お守り』なのに。

 

 懐に潜ませているナイフが、どくんどくんと脈打つように熱を帯びる。

 今ここで鞘から抜こうか迷った。

 しかしすんでのところで、思いとどまる。


 日中、しかも店の軒先。

 目撃者が多くなりそうな状況は、避けるべきだ。

 暗くなってから。

 なるべくひとけのない場所で。

 じっくりと時間をかけて痛めつけたあと、カードを奪う。


 お前はウエハースのおまけごときで恨みを買い、殺される。

 こんなにどうしようもなく、みじめな最期はないだろう。

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