6ー8 通り魔の襲撃
前半ジーク視点、後半メイディ視点になります。
同時刻。黒騎士団本部にいたジークのもとに、魔力式通信機からのメッセージが届いた。
発信者はノア・コーエン。
『至急、魔物生物研究所に来られたし』とのことである。
詳細は記されていない。
ただ状況的に、迷宮探索に同行していたリコッタ嬢の身になんらかの問題が発生したことはあきらかだった。
可能性としてもっともありえるのは迷宮内での遭難。
次点で宝箱のトラップに引っかかって石化したとかワープで飛ばされて壁にめりこんだというような、大雑把な彼女らしいヘマである。
職場は相変わらず人手が足りない。
迷宮探索に駆りだされている最中に通り魔事件が発生し、よりにもよって同僚のタクヤ・サワダが被害にあったことで、なんとしてでも早急に犯人を逮捕しなければならなくなった。
放置しておけば、騎士団のメンツにかかわるからだ。
しかしアリシア団長に事情を説明すると、いいから行ってきなさいと背中を押された。
彼女は笑いながら「だって要監視対象でしょ」と言ってきた。
ジークはそうと指摘されるまで、リコッタ嬢の面倒を見ることが任務のひとつだということをすっかり失念していたのだった。
そしていざ研究所に足を運ぶと、やはりノアの姿しかなかった。
迷宮から無事に帰還しているなら、リコッタ嬢もこの場にいるはずなのに。
「なにがあった? 遭難か、トラップか」
「どちらでもないよ。でも、彼女のうっかりミスなのは間違いないかな」
事情を説明されて唖然とする。
迷宮の未踏破区域を探索中に、階層の守護者と思わしき魔物と遭遇。
リコッタ嬢が撃破したのち、戦利品として回収した謎の瓶薬を摂取した結果、身体に異常をきたした。
……なぜそんな馬鹿な真似を。
頭を抱えてしまうが、同時に彼女らしいと納得する理由でもあった。
ノアの表情から察するに、それで死亡したわけではなさそうだ。
沈痛の面持ちというよりは、解決が難しい問題を抱えて困っているような様子。
これまたリコッタ嬢らしいと言える。
なにかまた、ろくでもない状況になっているに違いない。
「いったん現場に向かおう。詳しい話は途中で聞く」
ジークが告げた直後、制服のポケットに入れていた通信機が鳴る。
――通り魔出没につき、至急現場に向かいたし。
思わず険しい顔になる。
果たして自分は今、どちらを優先すべきなのか。
「迷宮に行く必要はないよ。リコッタ嬢も今、王都に戻ってきているし」
「なんだって? じゃあ病院に収容されているのか」
「いや、普通に動ける状態だって。だからこそ厄介というか」
ひょいと手を伸ばし、騎士団から届いたメッセージを見るノア。
「ちょうどいいや。彼女に連絡して、君の代わりに解決してもらおう」
「騎士団の任務を?」
「うん。むしろ今、君たちが町中で出くわすと面倒ごとが増える」
「さっきからお前の言っていることがさっぱりわからない」
「だから今から説明するってば。最後まで聞いたら、たぶん余計に困惑すると思うけど」
ノア・コーエンは肩をすくめたあと、現在のリコッタ嬢がどのような状況にあるのかを説明する。
ジークはしばらく腕を組んだまま無言になり、やがて喉から絞りだすようにして呟いた。
「……さっきからお前が言っていることがさっぱりわからない」
「あはは。でもそれが現実だから、受けいれてもらわなくちゃ困るよ」
◇
それはさておき、通り魔事件である。
夕方。日が沈みかけたころになって、エヴァンジェリンは家路につこうとしていた。
ウエハースがあった店のほかにも王都のはずれには穴場があり、一昔前のジーク様グッズが埃をかぶって残っていた。
そのすべてを買い求め、今では両手が塞がるほどの荷物を抱えている。
執事のセバスを呼び寄せようか迷ったものの、また買ったのですかと呆れられてしまうのも嫌だった。
転ばないようにゆっくりと、幼い子どものようによちよちと路地を歩く。
(……今なら簡単にやれそうね)
一方のメイディは、物陰から隙だらけの背中を眺めつつ、剣呑な笑みを浮かべていた。
腕試しに騎士の男を襲ったときはとどめを刺す前に逃げられてしまったが、今回は相手も素人なのでさくっと終わらせることができるはずだ。
通り魔として、標的の命を奪ったことは一度もない。
魔物ですら手にかけた経験のない、回復専門の『薬箱』だったのだ。
だからか、いざ殺ると決めたら緊張してくる。
一抹の良心が『今ならまだ引き返せる』と警鐘を鳴らしてくるものの、ナイフの柄を握りしめると、雑念は霞のように消えていく。
持ち主を勇気づけるようにどくどくと脈うち、まるで全身を愛撫されたときのごとく、メイディの全身に快感の予兆がみなぎっていく。
あの女の胸に〝これ〟を刺したら、どんな悲鳴をあげるのかしら。
有名な歌姫だし、さぞかし美しい声で囀るのでしょうね。
それとも、醜い嗚咽?
ふふふ、楽しみ、楽しみ。
辺りが暗くなり、路地に配置された街灯がぽつぽつと点りはじめる。
エヴァンジェリンが明かりを眩しそうに見あげたタイミングを狙い、メイディはナイフの鞘を引き抜いた。
自身ですら驚くほどの流麗な足捌きで、一気に距離を詰める。
すごい! さすがは遺物!
この子は私のために、力を貸してくれる。
欲望のままに、牙を剥けと。
「ちょっ……なに!?」
暗がりに響きわたる、歌姫の間抜けな声。
悲鳴でも嗚咽でもない。単にびっくりしたというだけの。
「さっきのオタク女じゃないの。まさかあたしを、殺す気?」
お前だってオタクのくせに!
王族で可愛くて歌姫だから、自分だけは違うってこと!?
もう一度、ナイフで切りかかる。
しかしばちんと乾いた音がして、見えない壁のようなものに弾き返されてしまった。
お互いにびっくりして見つめあう。
ややあって、エヴァンジェリンが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「もしかしてこれかなあ。護身用のペンダント」
「魔道具ですって?! 卑怯な!」
「王族なんだし当然でしょ。あなたみたいな貧乏人には手が出せない代物でしょうけど」
「ぐっ……」
悔しさのあまり涙目になる。
エヴァンジェリンが持っているのは、底辺の冒険者が一年働いてなんとか中古で買えるかなというレベルの魔道具――【斬打突射完全防御ペンダント】だった。
ルーンから遺物をもらって調子に乗っていたものの、彼女くらいの金持ちであれば同程度かそれ以上に強力な装備を所持できる。
メイディが回復魔法以外は素人に毛が生えた程度の力しかないことも相まって、ナイフによる優位性はあっさりと覆ってしまった。
そのうえ、元王族という肩書きは伊達ではない。エヴァンジェリンは両手に抱えていた荷物を地べたに置くと、大きく息を吸う。
「――♪」
「がばああっ! 衝撃、魔法……だとっ!?」
「王族の女って毎日だらだら甘やかされて暮らしていると勘違いしてない? ぜんぜっん違いますからね。護身用の体術とか魔法とか、それこそ冒険者ばりに叩きこまれてようやく一人前みたいな世界なので。ていうかそうじゃないと、この歳になる前に暗殺されちゃうし」
歌姫は軽やかに、美しい旋律を囀る。
直後に巻き起こるのは、荒々しい空気の奔流だ。
衝撃波をもろに浴びて、メイディは紙屑のように吹っ飛んだ。
姫君であれば当然、幼いころから英才教育を受けている。
魔法使いとしての資質でいえばメイディとさほど変わらないとはいえ、エヴァンジェリンは生まれ持った環境ゆえに指導者に恵まれていた。
結果として今この時点において、無慈悲なほど能力に差がついているのだった。
ぼこぼこにされている間に、騒ぎを聞きつけた通行人が集まってくる。
このままだと目の前のクソオタク姫を成敗するどころか、お育ちマウントされたあげく返り討ちにされてしまう。
騎士団にだって誰かが通報するだろうし、通り魔犯として捕まったらいよいよ人生を立て直せなくなる。
メイディが絶望しかけたそのとき、右手のナイフが再び脈打つ。
どくん、どくん、どくん。
殺せ、殺せ、殺せ。
でも、でも、でも――。
『じゃあ一生、負け犬のままでいる?』
『この女と自分でなにが違うの? 生まれたときの環境だけじゃん』
『ずるくない? 理不尽じゃない? なんでいつも、私だけが損しなくちゃいけないわけ?』
必要なのは強い願いだ。
それだけが『呪物』を目覚めさせる。
メイディには覚悟が足りなかった。
しかし今、彼女は変わろうとしている。
私は幸せになりたい。
いや――幸せになれなくてもいい。
この女をとことん、不幸にしてやりたい。




