6ー5 ミノタウロスの迷宮その2
隠し扉の先に広がっていた未知の階層。
それは迷宮というより、魔法で作られた『空間』に近かった。
天井はなく、見渡すかぎりの闇が広がっている。
塀で囲われた通路が底まで伸びていて、吊り橋のごとく宙に浮いている。
床のあちこちがひび割れており、今にも崩落してしまいそうだった。
ノアはひょいひょいと、崩れかけた足場を飛び越えつつ進んでいく。
ジークと昔、コンビを組んでいただけはある。
落ちたら即死するだろうに、まったく物怖じしていない。
「この先に三体いる。初手で動きを封じとくからあとはよろしく」
「……我に指図とは」
「先輩だからねえ。女児らしく戯れてきなさい、リコッタちゃん」
ノアの指先から雷光が走り、曲がり角の先に消えていく。
魔力の桁こそ少ないものの、精度は魔族や神々といい勝負。
つまり人間が『種』として強くなりさえすれば、彼らと同等の領域に達することは不可能ではないわけだ。
ひび割れた床は、足を踏みしめて加速するには向いていない。
リコッタ嬢は蛇のごとく、滑るように進んでいく。
曲がり角を越えた先にいたのは『サンドローパー』だった。
巨大な陸生のイソギンチャク。壁や床にへばりついて移動し、群れになると四方から触手を伸ばして攻撃してくる。
接近戦主体の冒険者にとっては、天敵とも言える相手だ。
しかし今回はノアの雷光によって、敵は気絶している。
防御は考えなくていい――と思いきや。
ひびわれた塀の隙間から、勢いよく触手が伸びてくる。
「いるじゃねえか、四匹目!」
「あはは。ごめんごめん。でもまあ、そういうこともある」
絶対に嘘だ。我がとっさにどう対処するか見てみようと、あえて数を少なく報告したに違いない。
もっともリコッタ嬢とて、伏兵の存在は察知していた。
塀の裏に潜んでいた四匹目から始末し、残るサンドローパーもなんなく拳で粉砕する。
ノアはへらへらと笑っている。それくらいやるだろうという顔。
サリナのようにお友だちではなく、ジークのように家族でもない。
共犯関係。
だからお互い、腹の探り合いだ。
「知っているかい。魔物には強さを示す『等級』のほかに、その危険度によってレベルが定められている。誰が最初に作ったかまでは知らないけど、ちょっとややこしいよね」
「図鑑を読んだときから気になっていました。サンドローパーなら等級Bですけど、危険度は0。ていうか迷宮に生息する魔物はのきなみ低い」
「なぜだと思う?」
「外に出ないからではないでしょうか。王都や周辺の砂漠に出没しなければ、冒険者以外に被害は出ないわけですし。危険度があくまで『エルカザードの住民にとって脅威かどうか』の指標なのであれば、迷宮内部にしか生息しない魔物は総じて無害ということになります」
「正解。七歳児とは思えない回答」
ノアはぱちぱちと手を叩く。
ただそのあとで、次の言葉を待つような素振りを見せる。
リコッタ嬢は眉間に皺を寄せながらも、研究者の講義に付きあうことにした。
「そもそもなぜ、迷宮に生息する魔物は引きこもっているのでしょう。まず頭に浮かぶのは、なんらかの契約に縛られている可能性。各所に仕掛けられたトラップと同じように、侵入者を排除するために配備されている」
「だったら、入り口に一番強いやつを置いておけばいいじゃん」
「試しているのかも。奥底に眠る遺物を手にするに値する者かどうかを」
「つまり迷宮探索そのものが『試練』ということだね」
となると、次に浮かぶ疑問は「誰が?」だ。
ノアはそれを今、聞きだそうとしている。
目の前にいる、古代種族の生き残りに。
しかし残念ながら、我とて答えは持ち合わせていない。
眠っていたから知らないし、さして興味もない。
迷宮の謎! みたいなことは自分で調べろ。ノア・コーエン。
ふよふよと浮く通路をくだって『空間』の出口を抜けると、その先に待ち受けていたのは闘技場のようにがらんとした区画だった。
ノアは興奮冷めやらぬ様子で、こう言ってきた。
「守護者がいるかもしれない。いわば侵入者に課せられた最大の試練さ」
「どのくらいの強さなのです」
「道中にいた魔物の強さから推察するに、ミスリル級の冒険者パーティーが二組で討伐にあたってようやく対等に渡りあえる程度かな。どんな姿か確認だけして、この場からは離れようか」
「その程度ならいけそうなのです。楽しくなってきましたね」
「ちょっ……なに考えてんの!? 無理に決まっているだろ!?」
ノアが慌てて、先に進もうとするリコッタ嬢の肩をつかむ。
しかし時すでに遅く、暗がりの向こうから巨大な影が近づいてくる。
顔は牛で身体は人間。
両手に構えるのは鉄塊のような斧。
懐かしい。
我はかつて、こいつらの軍勢をまとめて消し飛ばしたことがある。
――ミノタウロス。
正真正銘、古代種族の生き残りだ。
◇
すべてが終わったあと。ノアがたずねてくる。
「君はいったい何者なんだい」
「古代種族の生き残り。この牛さんと同じなのです」
「僕にはそう見えなかったけどな。君とそいつでは『格』が違った」
リコッタ嬢はその言葉を無視する。
戦う前にミノタウロスに古代言語で問いかけてみたが、彼もまた今の自分と同じように、対話に応じてはくれなかった。
迷宮に縛られた際、そういった行為も封じられたのだろうか。
謎は深まるばかりである。
もっとも、戦果自体は悪くなかった。
古代種族の生き残りであるミノタウロスは、見慣れぬポーションの瓶を隠し持っていたのだ。
「飲んでみてください。どんな効果なのか気になります」
「嫌に決まっているだろ。研究所に持ち帰って調査すればいいじゃん」
「一口、一口だけでいいから!」
「他人をおもちゃにしたらだめってジークに叱られたんじゃなかったっけ。試したいっていうなら自分でチャレンジしてみればいいでしょ」
「言われてみればそうですね。ぐいっとな」
「げ、マジでやるんだ」
最初はなんともなかった。
しかし直後、身体が沸騰したように熱くなる。
骨がバキバキと軋み、いまだかつて経験したことのない激痛が走る。
得体の知れないお薬に手を出すものではない。
ミノタウロス君が大事そうに持っていたから害がないかと思いきや、
「あかん、死ぬ。これたぶん毒なのです」
「ええ!?」




