1ー3 ……なんて魔力だ! 信じられない!
ジークフリード・ジフレッド。二十六歳。
エルカザード王国騎士団黒騎士団所属。
王都ナラシカ士官学校を主席で卒業後、騎士の花形である『筆頭騎士』に任命される。
冒険者としての資格も持ち、当時最高難度のひとつだった『水晶の迷宮』を単独で踏破。
その功績によってアダマン級に昇格。さらなる活躍が期待される。
……というのが、リビングに置いてあった大衆紙『ナラシカジャーナル』や棚に飾られたトロフィーから得た情報をもとに導きだしたジークの経歴である。
ちなみに今いる邸宅は親の代に建てられたもので、姉が結婚して以降はひとりで暮らしているという。
五億ドゥルをぽんと出せるほどではなかったものの、将来性を考慮すれば悪くない『飼い主様』だ。
独身なのもいい。配偶者がいると面倒だからな、我としては。
ジークは今日も朝から仕事らしい。
ついでに我の健康診断や魔力の検査などをしたいから騎士団本部までついてきてほしいと言われてしまった。
にゃんこのごとく家でだらだらと留守を守りたかったが、昨日の件もあって色々と警戒されているようなので拒否はできまい。
なあに『力』を隠すのはそこそこ得意だ。
いつもうっかり出してしまうのは、単に我が気分屋で大雑把なだけである。
部屋にあった箱から白のブラウスと浅葱色のスカートを選び、髪は入念に櫛を入れたあとサテン地のリボンで結んでおく。ゲスジゴクだったころは鱗を磨くのに余念がなかったが、それが今は髪になっているわけだ。
さて出勤――と思いきや、その前にお隣さんに挨拶しにいくという。
礼節は大事だ。
お互いに人となりを知っておけば、いらぬ諍いを防ぐことができる。
「どんな方なのです?」
「ひとことで言うならお姫様だな。本来なら王宮にいるべき人間なのだが、今はそこを飛びだして歌手をしている。民の間でも凄まじい人気で、ナラシカの宝石と呼ばれている」
「え、めちゃくちゃ大物」
「気さくでお優しい御方だよ。幼い君にとってもよき模範となるだろう」
かもしれない。あとちょっとワクワクしてきた。
我は竜だった頃から、美しかったり可愛かったりするものを眺めるのが好きなのだ。
この身体にも歌姫の血が流れているしな。本物がどんな感じか拝んでみよう。
しかしいざ玄関前で会ってみると、
「ジーク様……。嘘、そんな大きな……お子さんが……?」
この世の終わりみたいな顔をしていた。
なのにジークは平然とご挨拶。
「訳あってしばらく預かることになりました。ほら」
「リコッタ・パンケーキでございます。ええと」
「……エヴァンジェリンよ。よろしくね」
顔をぴくぴく痙攣させながらも、お隣さんは会釈を返してくる。
それから急に「ハッ!」と声を出して、
「預かる!? ジーク様の子じゃない!?」
「ええ。もちろんです。私はまだそういった方とは巡り会えていませんので」
「よろしくなのです。エヴァンジェリン様」
「ふーん。じゃあ立候補しちゃおっかなー。なんちゃって」
「ははは。ご冗談を」
なんだこの空気。ていうかこの女、我のほうをほとんど見とらんな。
長身の美青年二十六歳が独身な理由がよくわかった。
飼われる身としては、面倒がなくて助かるが。
◇
騎士団本部に着いたあとはジークと別れ、健康診断と魔力の測定でたらい回しにされた。
身長百二十八センティ。ほぼ平均値。なお角を足せば百四十になる。
体重は三十二ギロ。こちらは角があるぶん平均よりやや重い。
健康診断はなんなくパスしたものの、魔力測定になると大仰な装置に手を乗せろと言われたので、つい茶目っ気を出して『力』を出しそうになってしまった。
だって見たくない?
「装置が壊れた……だと!? なんて魔力だ! 信じられないっ!」
ってやつ。
でも我は昨日の件を反省していたので、可愛らしく「むぅー……」と声を出しながら踏ん張ってチョロチョロと魔力を流した。それでも平均よりずっと高かったらしく驚かれたが。
とはいえ、あくまで常識の枠内である。五億ドゥルのお嬢様としてのインパクトはなかったようで、将来が楽しみですねえというようなぬるい感じで終わった。
そのあとはジークが仕事を終えるまでの間、用意された客間で待っていることになったのだが……広々としたスペースに豪奢な内装、朱色に染められた革張りのソファに黒光りする精霊樹のテーブル、卓上には砂漠のフルーツや王都ナラシカの名物スイーツがどっさり。
しかも「足りないものがあれば外にいる部下に言ってくれ」とのこと。
さすがはエルカザードが誇る黒騎士団。破格の待遇である。
朝食は家を出る前にすませていたが、甘いものは別腹なので遠慮なくいただくことにする。
どれも格別な味わいだったものの、とくに気に入ったのはスイカのジュースだった。
乾燥した土地でも育つこの瓜科の作物は、酷暑に耐えながら暮らすエルカザードの民にとってオアシスにも等しい大地からの恵みである。
甘くてさっぱり、これなら何杯でもいける。
お酒で割っても美味しいかもしれない。竜だった頃は神酒をくすねて晩酌したものだ。
あらかた味見したあとは、ソファにごろんと寝そべってひと休み。
ジークが戻ってくるまで、だいぶ時間がありそうだな。
建物の中でも散策するか。
そう思い立ち、ドアを開けて部下に声をかける。
「ダメです。部屋から絶対に出すなと言われておりますので」
そこでようやく、自分が要注意人物として扱われていたことに気づいた。
あの野郎! エサ置いとけば大人しくしているだろとか考えていやがったな!
ふはは。悔しいけど大正解だ。
昨日知りあったばかりなのに、我のことがよくわかっているじゃないか。
しかしジークもまだまだ認識が甘い。
「やるなと言われると、なにがなんでもやりたくなっちゃうタイプなのです」
「……はい?」
相手の隙を突き、背後にまわって首筋に手刀をお見舞いする。
監視役の部下はぐりんと白目を剥き、そのまま床に崩れ落ちた。
さてさて。それでは。
ちょっかいでもかけに行きますか。騎士団に。




