4ー8 筆頭騎士の力
前半リコッタ嬢、後半ジーク視点になります。
「遅くなって悪かった。サリナ君のほうは――」
「ついさきほど死にました」
「君にしてはずいぶんと早く諦めるんだな」
「まるであの状態から助けられるとでもいうような口ぶりですね」
こういう場面には慣れているのだろう。ジークは腹立たしいほど冷静だった。
静かに横たわっているサリナに近づき、様子を確認する。
リコッタ嬢は黙ってそれを見守っていた。
彼がどうやって居場所を割りだしたのか不明だが、いずれにせよ通常では考えられない早さで救助にきてくれたのは間違いない。だから間に合わなかったとしても責めるつもりはないし、彼女の身を守れなかった責任は我にある。
今さら奇跡にすがろうとも思えなかった。
しかし、
「普通の人間では無理だが、俺ならたぶんどうにかできる」
「なんですって?」
「騎士に求められる能力が剣の腕だけだと思っているのなら、認識が甘いぞ」
「まさか……回復魔法ですか」
「惜しい」
だとすれば、それ以上か。
こんなに驚いたのは数千年ぶりである。
魔族ですら、天上の神々ですら、ついぞ手に入れられなかった力。
――蘇生魔法。
「俺の天賦はふたつある。ひとつは単純な身体強化、もうひとつはこうやって……生命力を分け与える力だ。ごっそり体力を使うし魔力の消耗も激しいが、生命活動が停止されてすぐの状態であれば魂を呼び戻すことができる。もちろん上手くいかないときもあるし、そうなると『なぜ助けられなかった!』と遺族や同僚になじられたりしたりする」
「失敗したら殺します」
「わかっているさ。この力のおかげでいつも貧乏くじだ」
「でも成功したらハグしてあげます」
「そのときは今の姿かな。お嬢さん」
ジークに言われて、自分が戦闘モードのままだったことに気づく。
戻ろうか迷いかけたものの、いまだ周囲に魔物の気配は多い。
今さら取り繕っても無駄だろうし、醜い『化け物』のままでいることにした。
サリナの様子を確認したうえで、軽口を叩いているくらいなのだ。
成功する自信があるのだろう。
ぺたりと地べたに座りこみ、吐きだすように言った。
「迷宮を舐めていました。あと、ジークのことも」
「強さだけでは救えない。だから俺は違う力を求めた」
「あとで教えてください。あなたにしか使えない天賦だろうとなんだろうと習得してみせます」
「いらん責任ばかり押しつけられるぞ」
「げ、それは嫌かもです」
筆頭騎士の両手から、輝かしい魔力がほとばしる。
なにをもって『強さ』とするか、その答えを見せられたような気がする。
リコッタ嬢の心に刻まれたのは、無力さと敗北感だった。
ゲスジゴクだったころには、得られなかったもの。
素晴らしい。
我は弱くなっている。
気を抜くと、涙がこぼれそうになるほどに。
誰の目から見ても平凡で、お友だち思いの、小さな女の子でしかない。
頭にでっけえ角が生えていても。いかつい翼を広げていても。
鋭い牙があっても。手足が鱗に包まれていても。
「蘇生を試みるときの最大の問題は、とにかく目立ちすぎることだ。もうすぐ魔力感知型の魔物がわらわら押し寄せてくるから覚悟しておいてくれ。俺はごっそり体力を削られるから、役に立たない」
「問題ないのです。まとめて蹴散らしてやりますよ。ただひとつだけ、お願いが」
「大丈夫。君の秘密主義は理解しているつもりだ」
ジークは笑いながら目を閉じる。
本当に、心から、惚れ惚れするくらいの、いい男だ。
我がこれからどうするつもりなのか、理屈ではなく直感で察しているのだ。
彼自身が言っているように、蘇生魔法――正確には天賦らしいが――を行使する際に発せられる魔力の流れは凄まじいものだった。
この階層にいる魔力感知型の魔物はもとより、さらに深いところにいる『未知の存在』すら呼び寄せてしまうかもしれない。そうなると戦闘モードのみでは対処できず、人の身に再び戻ることができなくなるリスクを負ってでも、竜の性質を呼び覚まさなくてはならなくなる。
覚悟はとうに決まっている。
それでも今の姿を見られたくないと思うのは、まあちょっとした、乙女心だ。
足音が響く。
尋常でない魔力を感じる。
戦いの空気が、強者の気配が満ちていく。
さあ、はじめよう。
楽しい楽しい暴力の時間だ。
我が名は悪逆竜ゲスジゴク。
あるいは、リコッタ・パンケーキである。
◇
「それで、リコはどうなったんですか」
「わからない。ただ、君を連れて迷宮の外に出るまでは、彼女の気配を感じていた。それはそれは凄まじいものだったよ。深層にいたすべての魔物を、滅ぼしたんだからな」
ジークは肩を落とす。本当にどこでなにをしているのやら。
地殻変動の発生から二週間。迷宮から脱出したサリナは今、王都の病院で療養中だ。
リコッタ嬢といるときよりもずっと礼儀正しく、ベッドでおとなしくしている姿は真面目な獣人系の少女にしか見えない。
同時期に収容された連中はどいつもこいつもぎゃーぎゃーとうるさいから余計にそう感じられる。
ただでさえ、帰還者たちで病室はパンパンだというのに。
あの日、情報収集がてら砂漠にいた冒険者に聞き込みをしたところ、ふたりが廃迷宮に潜ったまま戻ってこないという話を聞きつけた。しかし中に入ってみても姿が見当たらず、しばらく彷徨っていたところで空間の異常を確認。そのまま深層に転移することとなった。
もう少し早く合流していれば……と悔やむ気持ちはあるものの、現実問題としてそれは不可能だった。
むしろ偶然と幸運の賜物で、サリナの命だけは助けることができたのだ。
最悪の事態は回避できたと、納得するしかない。
「退院したらどうする?」
「冒険者になります。もっと強くなって、リコを探します」
「ならそのときは同行しよう。俺だって彼女に、色々と言いたいことはある」
「寂しいですか」
「屋敷がようやく静かになって、ほっとしているよ」
ふっと笑われてしまった。
正直な気持ちを告げたほうが、恥をかかずにすんだかもしれない。
結局、正体も目的も謎のまま。
本当の名前すら知らぬまま、リコッタ・パンケーキ嬢は姿を消してしまった。




