5ー5 悪逆竜の復活
「王都を狙う理由は? エルカザードの民はあなたがたにとってもお得意さんでしょうに、なんでまたテロ行為なんて不毛なことを画策するのでしょうか」
「ナラシカはかつて我らの土地だった。砂漠に眠る神聖な迷宮を土足で踏みにじり、始祖の遺産を簒奪した蛮族どもに、天誅をくだすのは我らの悲願である」
「なるほど。でもごめんなさい、我はご覧のとおり女児なのでそーいう歴史的背景のある軋轢とか聞かされると、ややこしすぎて頭がかゆくなるのです。かつて母なるクソ女神はこう言いました。汝、隣人を愛せよと。お綺麗なこと言っているわりに魔族をぜんぶ消し飛ばせって命令してきたのですけどね」
「……貴様、さっきからなにを言っている?」
「みんな仲良くしましょうって話です。それができないやつは死ね」
言うなり、手前にいたやつからぶん殴る。
衝撃を相殺する護符を身につけていたようだが、その程度で我の一撃を防げるはずもない。老齢の男は蛙のような鳴き声をあげて夜空の向こうに吹っ飛んでいった。
人間の社会は問題ばかりだ。
文化的価値観の相違。宗教間の軋轢。
あるいは単純な資源の奪い合い。
昔そっちが攻めてきたとか、いやお前らが先に土地を奪ったのだとか。
過去の遺恨を水に流そうともせず、不毛な争いを繰り返している。
我にとっては関係のないことだ。
どちらの言い分が正当なのか白黒つけてやるほど、興味もない。
ゆえに暴力ですべてを解決する。
お前たちだって王都の民に〝同じこと〟をしようとしているのだ。
まったくの部外者が雑にそれを潰そうとしたとしても、文句を言える筋合いはないだろう。
砂漠の民が一斉に襲いかかってくる。
彼らはとても勇敢で、自らに課せられた使命に燃えていた。
仲間たちがひとりまたひとりと容赦なく屠られていく最中にも、まったく怯んだ様子を見せなかった。
我は火炎の息吹でもって、集団をまとめて灰に変える。
そうしていると身体の奥に封じこめていた破壊衝動がぶり返してきて、甘いクリームやシロップで塗り固めていた無害なお嬢さんとしての表面が剥がれていく。
だが――いつものように高笑いをあげそうになったところで、ふと我に返る。
今宵の目的は、ゴミ掃除ではない。
キャラバンから漂う不穏な気配。その正体を探ることが目的なのだ。
テロ行為を画策しているのだとすれば、魔力式の爆弾とかやべえ遺物だとか、エルカザードの民に多大な損害を与える兵器を準備しているはずである。
そして我が感じた不穏な気配は、キャラバンの荷物から漂っている。
「くそ……っ! かくなるうえは……」
「しかしそれでは、計画自体が!」
「予備はある! こんなところでやられては、元も子もないだろう!」
そうだ。お前らに勝ち目はない。
だからさっさと、切り札を使え。
砂漠の民は馬車の荷台から、小さな木箱を取りだした。
魔族か、神か。
それとも我の知らぬ〝なにか〟か。
しかし砂漠の民が告げたのは、思いもよらない名前だった。
「行けっ! ゲスジゴクよ!」
「……はい?」
木箱から飛びだしてきたのは、トカゲとタコを混ぜたような虹色の生き物。
誰が見ても「キモッ!」とドン引きするような〝なにか〟だった。
なのに連中は得意げに、リコッタ嬢に告げる。
「驚いたか! これはかの悪逆竜、ゲスジゴクの幼生体だ! 今はまだ小さいが大地から魔力を吸ってどんどん巨大化する! こうしている間にも、ほら!」
「グパアアアッ!」
「ちょっ……待って! 全然違う、これ全然違うから!」
「我々は五十年以上かけて、迷宮の奥底に眠っていたゲスジゴクの卵を孵化させたのだ! 王都の民を滅ぼす、邪悪にして神聖なる鉄槌よ!」
「卵!? そもそも生んだ覚えないけど!?」
涙目になってツッコミを入れるが、ぬちょぬちょカラフルは待ってくれない。
砂漠の地表に宿る魔力を吸って熟れた果実のごとく膨れあがると、リコッタ嬢めがけて突進を仕掛けてくる。
これが……ゲスジゴクだと?
生んだ覚えのない我の卵から孵化した、赤ちゃんだと?
竜というにはあまりにもぐちょぐちょぷるぷるした、このキモ生物が?
「パチモンじゃねえか!」
「――ギャバンッ!」
「なんだと……? あのゲスジゴクが……一瞬にして……」
「だから違うっちゅうに! まったく似ておらんからなこれ!」
髪の毛を逆立てながら、目に映るすべてを焼き払った。
馬車の荷台に残っていたぬちょぬちょも、容赦なく処分した。
ママ……ドウシテ……とか喋りだしたらいよいよ正気を失ってしまいだったがそんなことはなく。
最強の竜どころかトカゲ未満の謎生物は、跡形もなくこの世から消えた。
どう考えても真っ赤な偽物。
しかし魔族か神々か、未知の〝なにか〟であることは事実だった。
それゆえに砂漠の民は誤認したのかもしれない。
これほど醜く強大な『化け物』は――伝説のゲスジゴクに違いないと。
リコッタ嬢は夜空を眺めながら、めそめそと泣いた。
やっぱりキモいと思われているじゃん。
我。




