5ー2 リコッタ嬢籠絡計画
エヴァンジェリン視点になります。
最初に異変に気づいたのは、お隣に住むエヴァンジェリン嬢だった。
その日もいつものように、二階窓のカーテン越しから向かいの庭を眺めていた。
筆頭騎士様の愛情を一身に受けるリコッタ嬢めがけて呪詛の言葉を呟き、秘密の日記帳に暗殺計画を書き記すのが最近のルーティーンである。
一度しくじって以降なかなか二度目を実行に移せず、やきもきしているうちに角ガキは居候として定着しつつあった。
このままではいけない。早急に手を打たなければ……と、歯噛みしていたところで、当のリコッタ嬢がなにやらおかしな行動をはじめたのだった。
庭の、石造りの塀を前にして。
腰を低く構えて、雄牛のように頭を傾けて、二本の角を前に出し。
そのまま勢いよく、突進。
どすん、どすん。
穴を穿ったあとで後退し、再び猛烈に、激突。
「うわああああああっ! あああああっ! あああああっ!」
からの、奇声。
意味不明で怖かった。
普段から執事のセバスに『怖い』と言われるエヴァンジェリン嬢をも震えあがらせるほどの、常軌を逸した振る舞い。こういうときは見なかったことにするのが正解ではあるものの――ぎょっとしているところで、目が合ってしまう。
リコッタ嬢の、赤々とした瞳。
「うううっ……! うええええっ! 見たなあ! おまえええっ!」
「ひ、ひう!」
「我をコケにしやがったです! 許さないです! うわああああっおおおっ!」
「ち、違くて。なにしているのかな〜って、気になっただけで」
「ああああっ! もう終わりじゃああ! なんもかんも、おしまいじゃああ!」
埒があかないので庭に出ることにした。
リコッタ嬢は地べたにへたりこみ、わんわん泣いている。
理由はわからないが、あきらかに自暴自棄。
暗殺を依頼せずとも、今にも首を吊りそうな雰囲気だ。
「いったいどうしたの、リコッタちゃん」
「話せば長くなるのですが……頭に生えたこれです」
「角」
「キモって言われました」
「誰に?」
「教会の、ガキんちょ」
なるほどね?
つまり同年代の男子に身体的特徴を馬鹿にされて、ショックを受けたわけだ。
塀に向かって激突するほどに。
「折りたくて、角。でも折れないのです」
「先っちょだけちょっと切るとかじゃダメなのかしら」
「びくともしないのです。エクスカリバーでも」
エクスカリバー?
だめだ。気になることが多すぎる。
ともあれエヴァンジェリン嬢の率直な感想としては、こうだった。
「可愛いのにね。それ」
「へ?」
「実はあたし、猫耳とか羽とかの獣人系にちょっと憧れがあって」
「お姫様なのに」
「お姫様だからです。なんて言えばいいのかしら、ダークでワイルドな感じっていうか。本当はそういう音楽やりたいしクールなイメージで売りだしたいんだけど、デビューがすごい元王族推しだったからなかなか受け入れてもらえなくって」
「だから……角とか生やしてみたい?」
「そうそう。ちなみにリコッタちゃんはどうなりたいの」
「我は、みんなから愛されたいのです」
「だったら今のままでいいんじゃないかしら。その男の子だって本当はちょっかいかけたかっただけじゃないかなあ。さすがにキモは言いすぎだけど」
エヴァンジェリンは型にハマった生き方が嫌いだ。
そのせいで幼い頃から窮屈な思いをしてきた。王宮を飛びだして歌姫になったのも、抱え続けてきた反骨精神が爆発した結果である。
しかし人気を得るためには〝お姫様〟という出自を利用せざるを得ない実情があり、今に至っても型にハマった生き方を強いられている。
ならばこそ自分とは正反対の、砂漠に住む獣人や混血たちに強い憧れがあった。
彼らは今なお差別に晒され、貧しい社会で生きている。
だとしても種族としての誇りを失わず、ありのままに生きているのだ。
いわば自由の象徴であり個性である『角』――。
それを他人に笑われたくらいで、恥じるべきではない。
相手は子ども。しかも暗殺しようとしていた恋敵。
なのに場の空気に呑まれてアドバイスしてしまったのは、リコッタ嬢の悩みと同じ苦しみを身に染みるほど味わってきたからだろう。
「本当に可愛くなりたいと思うなら、あなたはあなたの魅力を伸ばすべき」
「お、お姉ちゃん……」
「ちょっ! そんなキラキラした瞳で見つめないで!」
やっぱ今のなし!
と言いたいところではあったが、口から出た言葉はエヴァンジェリンなりにたどり着いた『答え』だった。ならばこそ、悩める子羊に響いたのかもしれない。
これほどの容姿なら、奴隷商人であろうと彼女を宝物のように扱うはずだ。
ジーク様に拾われたあとも甘やかされてきたから、面と向かって馬鹿にされる機会なんてほとんどなかったはずである。
ぐすぐすと泣きながら鼻を啜っているリコッタ嬢は、幼い頃の自分にそっくりだった。そのせいで殺意は薄れ、哀れみのほうを感じてしまう。
エヴァンジェリンにとって『暗殺』とは、壁についたシミを掃除するのとそう変わらない。
王宮にいたころは皿を割っただけで従者が首を刎ねられていたし、下々の者の命なんてその程度の物でしかなかったのだ。
ただ――今しがたのやり取りを経て、対象に一抹の情を抱くこととなった。
それに一度しくじった以上、何度も命を狙うのはリスクが高い。
「なにかあったらまた相談して。ジーク様には言いにくい悩みだってあるでしょ」
「はいなのです!」
「あとはこれ。今度やる公演のチケット。二枚あるから、か・な・ら・ず! 保護者同伴ね!」
「もちろん! ジークを連れていくのです!」
流れで握手を交わす。あたしのファンになってくれそうだし、チケットを押しつけてジーク様を公演に誘うことにも成功した。
その表情を見るかぎり、こちらの意図を察して協力してくれそうな気配すらある。
リコッタ・パンケーキ嬢。
並外れた容姿に惑わされていたが、話してみればただのガキんちょだった。
これなら暗殺するより、手駒として使ったほうがよさそうだ。エヴァンジェリンは営業スマイルを浮かべつつ、自らの計画をあらためることに決めた。
――チョロいガキを先に攻略して、次に本命のジーク様を堕とす!




