5ー1 滅亡の予言
新章開幕です!
第三者目線の話になります。
「――この国は滅亡する」
王都ナラシカの中央。ハングーレ宮殿の会議室。
現国王エルロイの唐突な発言に、集められた十二人の臣下は眉根を寄せる。
重苦しい沈黙。
しかし数秒後、どっと笑い声が響き渡った。
「なにをおっしゃいます、陛下。半年前に起こった『変動』によって、エルカザードは数十年ぶりの……いや、建国以来の黄金時代ですぞ。踏破されつくされていた迷宮が一新され、冒険者たちが探索するたびに未知の素材や遺物が発見されております」
「むしろ人手が足りないくらいですからなあ。しかしノア・コーエン殿がポーション中毒者用の治療グミを開発いたしましたから、しばらくすればドロップアウトしていた過去の冒険者たちが復帰するでしょう。騎士団の地道な摘発によってスラムも縮小傾向にありますし、王都は以前とは見違えるほどよくなっている最中ですよ」
「余とて信じているわけではない。だがこれは、マグーン教国からの公式な書状だ」
「まさか、巫女様の予言でございますか?」
「馬鹿馬鹿しいと一蹴したいのは山々だが、無碍に扱うとあちらのプライドを刺激しかねない。最大の交易国が『早急に対処願いたし』と訴えているのだからな」
そこで唯一、今しがたの予言を笑い飛ばさなかった臣下が手を挙げる。
宰相のひとりにして、王都遺物研究所の所長。
ヒグレーバ・ジャクスン。
「マグーンの巫女はなんと?」
「地の底が鳴動するとき、邪悪な竜が目覚める――とある」
「なるほど。迷宮の変動によって新たに出現したのは、有益な資源だけではありません。未知の魔物についての報告も多数寄せられていますし、その中にエルカザードを滅亡させうるほどの〝脅威〟が存在している可能性は大いにありえます」
再び、重苦しい沈黙。
今度は間を置いても誰ひとり、笑い声をあげなかった。
「三百年前の地殻変動の際、砂漠の地下に眠っていた等級SSSの【ケツアルカトル】が目覚めたという事例もあります。今回は迷宮の『仕掛け』によって誘発された人為的な現象ではありますが、大規模な地殻変動が発生したという事実に違いはありません。巫女の予言といっても、過去の的中率からそこまで信憑性の高いものではないことは承知しております。しかし迷宮の一新によって出現した未知の魔物、あるいは地殻変動に刺激されて目覚めた魔物。どちらの可能性も相応にある以上、真摯に対応すべきと進言いたします。吉報が続いているときだからこそ――」
「足を掬われぬようにと」
「左様でございます。予言にあるような魔物がもし目覚めるのだとしたら、我々がどのような対処を先んじたところで意味はないかもしれませんがね」
会議室に集まった一同の脳裏によぎるのは、幼い頃に聞かされたおとぎ話。
太古の時代。
邪悪な竜が現れ、千の魔族と神々を滅ぼした。
かの者の名は――ゲスジゴク。
◇
「べっくしょいっ!」
「すごいくしゃみだな。ていうか今、口から火が出なかったか?」
「気のせい気のせい。我は無害で平凡な女児なのです」
リコッタ嬢はソファに腰かけながら、端っこが焦げたマカロンをかじる。その背後で彼女の淡い紫色の髪を漉いているのが、王国が誇る筆頭騎士ジークである。
居候の身分になって早半年。ゲスジゴクであったころの記憶は薄れつつあり、今ではすっかり人間としての生活が板についてきている。
なんだかんだあった末、今では戸籍においてもジークが正式な扶養者だ。このままズルズルと懐に入りこみ、ジフレッド家の養女になるのが当面の目標である。
我ながら上出来。
というより、思いどおりに進みすぎて怖いくらいだった。
迷宮変動の最中に暴れすぎたせいで『要監視対象』としての警戒度は増した感はするものの――ジークはジークで意外と融通が利く男だから、こちらに害意がないのならうまく飼い慣らしてやろうという腹なのであろう。
ふはは。望むところだ。過保護な飼い主様に養われて、毎日だらだら暮らすために、こうして美少女を演じているのだからな。
ジークが仕上げとばかりに黄色のリボンを結んだところで、リコッタ嬢は立ちあがる。
「よおし、準備万端。今日は教会でお遊戯なのです」
「頼むから喧嘩だけはするなよ」
「我が、ガキんちょごときに? 舐めた口聞いたら泣かしちゃる」
「だから手を出すんじゃねえって」
むろん、我とてそんなつもりはない。
千の魔族と神々を滅ぼしたゲスジゴク様からしてみれば、人間の子どもなんてマカロンよりも脆くて儚い存在である。うっかりデコピンでもしようものなら、全身返り血とひき肉まみれの大惨事になってしまう。
これが半年前だったら力の暴発を恐れて逆に近づけなかったかもしれない。
しかしか弱い女児として完成しつつある今のリコッタちゃんなら、むしろ同年代の雄どもをメロメロにしてしまう可能性のほうが高い。
ふりふりの白いワンピースの裾をひるがえして、鼻水垂らした小僧に甘酸っぱい初恋の思い出を作ってやろうではないか。
とまあそんな感じで高笑いをあげながら教会に赴いたわけだが――。
リコッタ嬢はすぐに後悔することになった。




