4ー2 緊急会議
ジーク視点になります。
リコッタ嬢たちが廃迷宮の中へ足を踏み入れてからほどなくして。エルカザード全土を揺るがすような地鳴りが発生し、各地の迷宮を探索中だった冒険者からの報告が次々と寄せられた。
崩れかけていた天井や壁の崩落はもちろんのこと、魔物の大群がパニックに陥り本来の生息圏から外れてしまうケースや、太古の封印が解かれ蘇ってしまうケース。さらには空間自体に異常が発生し、迷宮の構造が様変わりしているなど、あちこちで混乱が発生していた。
冒険者ギルドから即時退避の号令がなされ、砂漠に点在する迷宮の入口すべてがいったん立ち入り禁止とされる。やがてゴールド級以上の冒険者たちによる未帰還者救出部隊が編成され、彼らは災禍の坩堝となった暗闇の底に潜っていく。
一刻を争う事態の中、アマチュア冒険者が廃迷宮に潜っている可能性について、考える者はいなかった。
ジークですら騎士団の主力として緊急招集をかけられ、幹部たちの会議に参加している最中にあって、リコッタ嬢とサリナの安否を気にかけている余裕はなかった。
ふたりは砂漠に出没する魔物を追いかけているという認識なのだから、よもや希少種を追って廃迷宮に潜っているとなど想像できるはずがない。よって、初期対応は完全に出遅れていた。
「今回の地殻変動は自然発生したものではなく、SSランク【神域砂宮】深層攻略における過程で引き起こされた可能性が高いとのことでした。該当エリアにて発見された謎の機械型オブジェクトを操作したところ、直後に大規模な地鳴りが発生した事実からの推測です」
「待ってくれ、マルローネ。つまり連動しているということか?」
「砂漠に点在するすべての迷宮が、そのオブジェクトを操作することで変動する――調査団の推測が事実であれば、そういうことになりますね。あと、今後は発言するときは挙手をお願いします。ハミルトン白騎士団団長様。以上、黄騎士団からの報告でした」
王宮の離れにて。
白騎士団本部の会議室に招集された面々は、揃って険しい表情を浮かべる。
六つの騎士団すべての長がこうして顔を突き合わせるのは、滅多にないことだ。
そのうえ今回は、宰相クラスまで参加している。
現国王の叔父君であり王都遺物研究所の主任、ヒグレーバが挙手もせずに話しだす。
「迷宮同一説が立証されたのか? それとも生物説のほうか? 私としてはエルカザードの迷宮すべてが一対の魔物だったとするほうがロマンがあって好きなのだが、今回の件でさらに議論が活発しそうではあるね。ちなみに最近では空間魔法説というのもあって、迷宮に実体はなく太古の秘術によって具現化した擬似的な――」
「ヒグレーバ様。今は迷宮の成り立ちについてではなく、この問題にどう対処するべきかを話しあうべきではないかと。すでに救出部隊によって数組の未帰還パーティーが保護されていますが、彼らの報告によると地殻変動以前には確認されていなかった魔物の姿もあったとのことで」
「だからさあ、そこなんだよマルローネちゃん! 連動しているだけなら生息圏の変化や封印の解除、構造そのものの変動はあっても、あくまでそれは『我々が想定できる範囲』だ。しかし迷宮そのものが巨大な生物であったり魔法であったりした場合、正体不明のオブジェクトを操作した際になにが起こるか、まったく予想がつかなくなる。おとぎ話に語られる異界の門、そこから現れる太古の魔族。邪竜の手から逃れるべく現世から姿を消した神々――あるいはそれ以外のなにかですら、今こうしている最中にも迷宮から這い出ているかもしれないのだよ」
「いずれにせよ我々がやることは変わらないのでは? あ、挙手すんの忘れた」
「もういいですよハミルトン様……。確かに、現地のさらなる調査と脅威となりうる存在が確認された際の対処。冒険者たちと連携して王都近隣の安全確保と未帰還者の救出。問題は山積みですし現状ではわからないことばかりですが、騎士団としてあたるべき任務の内容については議論する必要はないかもしれません。どうお考えになります、黒騎士団のジーク様」
「え、俺に聞くの」
「この場においてもっとも迷宮に詳しいのはあなたですよ。アダマン級」
「いつも思うんだけど俺にだけ当たりが強くないか?」
ぎろりと睨まれる。
お前のほうが出世しているじゃん……と思うんだけどな。黄騎士団団長様。
ため息を吐いたあと、ジークは言った。
「今の話がすべて本当だとしたら、エルカザード存続にかかわる危機だと思って任務に臨むべきです。普段は足を引っ張りあったり悪態をつきあったりしていますが、こういうときくらいは騎士団全員が一丸となって対処しましょう。それに……希望だってあります。今回の件をうまく乗りきることができたなら、我々が抱えていた大きな問題がひとつ、解決することになる」
「迷宮資源の枯渇――か」
「新しい攻略エリア。未知の魔物。そう聞いてわくわくしない人間はいないでしょう?」
「ははは。だとしたら未帰還者は地上に戻れなくなったのではなく、探索に夢中で今もより深い階層に潜っている最中、なんてことだってありうるわけか」
「私が知るかぎり、冒険者というのはそういう生き物です。もちろん救助は最優先ですが」
会話が一区切りすると、それまで発言せず様子見を決めこんでいた連中が一様に動きだす。
赤騎士団団長のレイノルズは老齢の騎士らしくカッカと笑う。
「ならば迷宮は若いもんに任せ、我々は近隣の魔力の乱れを調査することにするかのう。地下に潜んでいた化け物どもが砂漠に出て行商人や民を襲いだしたら、とんでもない被害が出てしまう。真っ先に見つけて駆除して、戦う力のない者たちを守ることが肝要よ。ほれ行くぞ、孫」
「お昼休憩は?」
「あるわけねえじゃろ馬鹿者」
やる気のない筆頭騎士ハーンは祖父にずるずると引きずられていった。
続いて、青騎士団団長トウレと筆頭騎士アロエ。
「オレたちも行くわ。爺さんたちだけじゃ心配だからな。まったくアリシアちゃんはずりいよ。うちらみてえな前衛部隊にこそジークの天賦は必要だってのに……できれば魔物にやられて死ぬ前に助けにきてもらいてえところさ。あー、しんど。本当なら今日は休みだったんだぜ」
「私なんて十一連勤目ですよお団長。ジーク君の能力ってどのくらいの時間までオッケーだったんでしたっけ? いるのといないのとでは安心感がダンチなんですよねえ。絶対あのエロい団長とエロいことやってますって毎日。いいなあ、騎士なのに職場でなんて不潔です」
勝手に変な妄想をしないでほしい。
隣にいるうちのエロい団長が舌打ちしているじゃないか。
黄騎士団のマルローネと白騎士団のハミルトンも動きだし、やがて宰相のヒグレーバもウキウキとした様子で会議室から出ていった。
今日は長い一日になりそうだ。
そう考えた直後、リコッタ嬢のことを思いだす。
今はまだ魔物退治に出ているはずだが、夜になっても帰れない旨を手紙に書いて部下に送らせておくべきか。
「アリシア団長。うちで飼っている猫のことですが」
「そういえば大丈夫なの? 迷宮に行っているとかない?」
「最近できた友人とともに砂漠にいたはずですが、許可証はまだないので心配はいらないかと。入り口前の門番を振りきって潜るほどの動機があるとは思えませんし、廃迷宮にせよ、わざわざ資源の枯渇したところを漁るほど物好きではありません。よくも悪くも欲深いやつなので、稼ぎにならない探索よりは小銭稼ぎの魔物退治を優先するはずです」
「だったらいいのだけど、でもなんだか嫌な予感がするのよね」
確かに……この騒ぎの中で「きゃー地震だ怖いおうち帰ろう」となるようなタイプではない。
むしろ鼻歌をふんふんと歌いながら、混乱の渦中に頭から突っ込んでいきそうである。
予期せぬトラブルとは連鎖するものだ。
ちょっとした偶然。たまたまの不運。
あるいは単なる気まぐれによって、本来ならありえなかったはずの状況はごろごろと転がってしまう。
そして気づいたときには巨大な災厄の塊となって、油断していた者たちを出会い頭に踏み潰していく。
「俺も不安になってきました。なにかまた、とんでもないことをやらかしていないかと」
「あ、身の安全じゃなくてそっちの心配なんだ」
迷宮も謎めいたところではあるものの、リコッタ嬢はその比ではない。冒険者として数々の死地を乗り越えてきたジークがそう感じるのだから、彼女の『得体の知れなさ』は本物だ。
謎のオブジェクトによってどのような変動があろうとも、危機的状況に陥るとは考えにくい。
同行しているサリナの身の安全だって、守ろうとするはずだ。
懸念があるとすれば――この未知の事態が、彼女にどんな『きっかけ』をもたらすかだ。
こればっかりはまったく予想がつかない。
だからこそ、不安に駆られるのだ。




