4ー1 我じゃなかったら……爆発四散していた……
リコッタ嬢視点になります。
それから二ヶ月が経つと、サリナはめきめきと成長した。
リコッタ嬢の狙いどおり射撃の腕をあげてジャイアントビートルを一撃で仕留められるようになったし、当初の思惑を越えて、希少種を探す上でも効率的なルートを導きだすようになった。
スカラベランナーと遭遇五回。
いまだ生け捕りにはできていないものの、惜しい瞬間は何度かあった。
冒険者たちがこぞって狙って何年も放置されていた依頼であることを考えると、十分な成果だ。
ただその過程で幸運にも『クレセントウルフ』という別の希少種を発見し、そちらは見事に捕獲することができた。リコッタ嬢が「あれもしかして――」と指差した次の瞬間には、サリナが銃で射抜いていたのだ。
日頃から魔物図鑑を熟読し、狙っている獲物以外との不意な遭遇に常に備えていなければできない芸当だ。
彼女は生まれ持った才能以上に、その勤勉さによって冒険者としての資質が開花させつつある。きっかけを与えたのはリコッタ嬢だったが、差し伸べられた手をつかむどころか引っ張り上げ、今やその頼もしい背中で先導しようとしている。
素晴らしい。おかげで腕を組んで眺めているだけでよくなったので、楽ちんである。
「リコ。そっちに魔物が行ったよ」
「サンドスキッパーですか。例によって『不味い』獲物ですね」
「でも肉は脂が乗ってて美味しいらしいよ。捕まえたら焼いて食べよ」
素材としては微妙でも、食材としては有用ということか。
もっと弱くて美味しい魔物がいるから放置されているとはいえ、腕試しついでに狩るぶんには悪くない。
サンドスキッパーは蜥蜴と魚の中間のような姿。
口にはノコギリを彷彿とさせる鋭利な牙が幾重にも連なっている。
正確無比な射撃で目を射抜かれてひるんだあと、踵を返してこちらに迫ってくる。
我のほうが弱そうに見えたのだろう。
武器も構えていないし反応だって遅い。間抜けに棒立ちしている七歳児。
純粋な狩りの腕前は、もはやサリナに追い抜かれてしまっている。
生まれながらにして最強であるがゆえに、獲物を追いまわすという行為が苦手なのだ。
なにもするにも大雑把。向かってくる敵を、粉砕するだけ。
「えーい、なのですっ!」
「――グバンッ!」
「だから手加減しろっつうの! 誰がすり身にしろって言ったのよ!」
「最近の若いやつは根性がない。まさに雑魚って感じ」
「学ばないねえ。リコは」
頭をぽんぽん叩かれる。こいつ最近、我のことを舐めてきているな。
だが、それも無理はない。
サリナのほうは門限がないから、夜も砂漠に出向いているという。おかげで冒険者たちの間でも、有望なアマチュアとして話題になりはじめている。やろうと思えばひとりで実績を上げることだってできるだろうに……サリナは頑なに我との冒険にこだわっている。
「今のままでも生活費くらい稼げるし、別にプロになりたいってわけじゃない」
「そのわりには楽しそうに見えますけど。あ、向こうで手を振っている人がいます」
「前にスカウトしてきた連中かも」
「我は我で気ままにやるので、律儀につきあう必要はないのです。ぶっちゃけ希少種狩りって効率悪いですから、お金を稼いで他にやりたいことを見つけるにせよ、いったん正規の冒険者になってギルドで依頼を請け負えるようにしたほうが効率よくないですか?」
「かもしれないね。まあ考えとくよ」
あ、この反応。都合が悪くなる前に会話を打ち切ってきたやつだ。
巻き込んだのは自分だし、約束を守りたいという気持ちも理解している。
だとしても現実問題として、サリナの足枷になっているのはよくない。
サンドスキッパーの肉片を集めてこねて焼いたつくね串をかじりながら、リコッタ嬢は考える。
サリナがキラキラ冒険者になる上で『壁』があるとしたら、自分の意見がないところだ。
幼い頃から大人に飼われて仕事をしてきたがゆえの、思考停止。今の環境をずるずると続けるのは一見すると楽なようでいて、もしかしたらあったはずの可能性やチャンスを潰すことになってしまう。
そして、他人に舵を任せているかぎり自立はできない。
あるのは搾取されるだけの人生だ。
まあ……そういう気質を利用している我が言うことではないかもしれない。
だがむしろ、サリナの成功にちゃっかりただ乗りして甘い汁をちゅるちゅる啜るためには、ある程度は自発的に行動してもらわなければ困る。自らの判断でよりよい選択をできるようになってこそ、ウエハースのおまけになるようなキラキラ冒険者への道は切り開かれていくのだから。
ジークのようにときには手厳しいツッコミを入れつつも、最終的には「しょうがないにゃあ」とずぶずぶに甘やかしてくれる人間であってほしい。でないと知らんうちに他の悪い虫がつく危険があるし、彼女に寄生するのはそのきっかけを与えた我ひとりであるべきだ。
「リコ、またろくでもないこと考えてない?」
「いえいえ。サリナちゃんは可愛いなあと思っているだけなのです」
「可愛いって言うな。あと、ちゃんはやめろ」
「我は知っているのです。最近になってネイルにハマりだしていることを」
「ぐっ……」
「今度いっしょにショッピング行きましょう。そのためにもっとお金が欲しい」
「筆頭騎士様は買ってくれないの?」
「財布からパクっていたときの借金があるので。そういうところは厳しいのです」
「当たり前だろ。七歳でそれだと早いうちに矯正しとくのが正解」
そう簡単に直るかよ。千年以上この調子で生きてきたっつうのに。
ともあれ、我とて学ぶべきところはある。
サリナを見ているとわかる。
できないことができるようになっていくのは、楽しいのだ。
生まれながらにして最強であるがゆえに、できないことはできないままにしてきた。
戦うこと。壊すこと。
それがあまりに得意すぎたために、それとは別の可能性を考えることもなかった。
戦う道具としての『役割』以外は期待されず、周囲も我自身のことをまったく見ようとしなかった。
――なにが好きで、なにがしたくて、どう生きたいか。
今は聞いてもらえるし、なんでも試せる。このチャンスを逃す手はない。
サリナにちょっかいをかけるのも、可愛いと思うのも、彼女が過去の自分と似ているからだ。
ならば先に手本を見せよう。
周りなんぞ気にせず、やりたいようにやれ!
食いおわった串を放り投げる。
我くらいになるとその場にポイ捨てなんて余裕。
環境破壊?
うるせえ。今の大地をここまで育てたのは誰だと思っていやがる。
だが、太陽に向かって一直線に投じられた串が、砂に落ちる途中でコツンと弾かれる。
空中にキラリ。犬か猫くらいの塊が飛んでいる。
あ、スカラベランナー。
「――おっぺけ!」
自然からの逆襲。
金色の甲虫がものすごい速さで脇腹に激突して、さすがのリコッタ嬢も紙クズみたいに吹っ飛んだ。
竜の魂のおかげで強靭になってこそいるが、身体の作りは普通の人間とそう変わらない。
痛いというより息ができなくて苦しい。おかげで死ぬほどえずいた。
「ぐっ……ゲホゲホ……おげえ、ぐおおお……」
「ねえ大丈夫!? ふざけてやってんのかってくらい転がったけども!?」
「我じゃなかったら……爆発四散していた……。許さん……許さんぞゴミムシが」
「あっちのほうに逃げたみたい。なんだろ、洞窟?」
涙目のまま、顔を向ける。
キャンプしている最中は砂に隠れていてわからなかったが、南に少し行ったところに穴のようなものがある。
頭の中にある地図と照らし合わせるなら、
「あれはたぶん、廃棄された迷宮の入り口かと」
「そういや行ったことなかったね。追いかけるついでに潜ってみる?」
「遺物も資源も魔物も枯渇しているという話ですが、ごく稀に残りカスが見つかったり隠し通路が発見されることがあるらしいですからね。腕試しとしては悪くないかもです。許可証なしでも探索できるわけですし、もっと早くにチャレンジしてみるべきでしたね」
「小遣い稼ぎに夢中だったもんねえ。あーしたち」
そうと決まれば、いざ突入。
しかしこれは完全に間違った選択だった。
迷宮探索というのは魔物退治と違い、予測不能なアクシデントが起こりがちである。
まさかまさか、このタイミングで。
三百年ぶりに――地殻変動が起こるとは。




