3ー8 我が導くのは、善良な人間しか存在しない世界
前半サリナ視点。後半からリコッタ嬢視点に戻ります。
別のジャイアントビートルを探して仕切り直したあとは、リコッタ嬢が見守る中で黙々と射撃訓練を続けた。
仕留め損ねたら即座に逃げる。その繰り返しだ。
暗殺者だったころはクロスボウで心臓か頭に一発。初撃で息の根を止めることができた。
しかし標的は冒険者くずれの犯罪者。上位種に匹敵する魔物とでは比較対象にすらならない。
結局のところあーしは、自分より弱い相手を安全な距離から仕留めて「イエーイ九十九人殺し!」とイキっていただけなのだ。いや、連中が本当に雑魚だったかどうかもわからない。いつだって不意打ち。圧倒的にこちらが優位な状況での勝負だった。
だから殺気に気づいて即座に反撃してくるような、ガチの冒険者にはボコボコにされてしまった。
自覚すればするほどみじめな気分になる。あーしは実力なんてない。ただの卑怯者だ。
何時間もぶっ続けでやっていたら魔力が切れた。
休憩がてらランチを取る。
筆頭騎士様お手製のハムサンドとキンキンに冷えた紅茶は、疲れた身体によく沁みた。
「精度は上がっているのです。これだけ長時間やっても、集中力が切れていない」
「だけど、まだ一度も仕留められていない」
「ランク的には上位種相当なのです。冒険者の資格すら持たない、昨日までポーション中毒者だった小娘にしては上出来と言えるのではないでしょうか」
「そういうお前はあっさり仕留めているじゃねえか。ガキのくせに」
「比較対象になると思います? 我とサリナちゃんが」
その言葉には、黙るしかなかった。
さすがに今は理解できている。
こいつはルーンとも筆頭騎士様とも違う。はるかに別次元の『化け物』だ。
「あーしを選んだ理由を聞いてもいいか」
「きっかけはルーンさんの紹介ですが、決め手はサリナちゃんがみじめだったからです」
「なんだって?」
「あえて言葉を選ぶ必要はないでしょう。事実としてそうだったことは間違いないですし」
また、黙るしかなかった。
元死刑囚で暗殺者で。ムショにぶちこんだ相手に復讐するのが怖くて。
育ての親を殺して。ポーション中毒で呆けていた十四歳の小娘。
リコッタ嬢は人の心がない。
今もサリナを見てクスクスと笑っている。
「そうそう、まさにその顔です。弱者。愛すべき者。救うべき者。誰もがサリナちゃんを可哀想だと思って、手を差し伸べたくなるはずです。過去がどうだったかなんて関係ありません」
「お前は本当に、あーしをどうしたいのさ……」
「最終的にどうしたいのかというと、自分でもよくわかりませんね。一番は冒険者として許可証を得るために仲間が欲しかったからですし、その中でちょうどいいところにサリナちゃんがいただけなのですから。途中で飽きる可能性だってないとは言えないのが現状です」
ですが――と、愛らしい姿をした化け物は続ける。
「今のところは仲良くしたいと考えています。我もみじめな女の子ですから」
「どこがだよ。ぜんぶ、持っているじゃねえか」
「そうでしょうか。サリナちゃんとさして変わりありませんよ。生まれつき才能があったばかりに利用され、道具のように扱われたあげく見放され、ムカついたので恩知らずにも親を殺し、愛されたかったと泣いたところで誰にも相手にされず、無為に時間を過ごしていたみじめで可哀想な女の子です」
沈黙が流れる。
いつもの冗談ではなさそうだ。
だとすれば、筆頭騎士様に拾われる以前の話か。
「つまり……お前も必死にあがいている最中ってことでいいのか」
「ですです。でも我、強すぎるじゃないですか。なのでサリナちゃんみたいにみじめな感じが出せないのですよ。だから間近で観察させてほしいのです。あわよくばコツを――あだっ!」
「わりい。さすがに手が出ちまった」
「暴力反対! これ以上お馬鹿になったらどうしてくれるっ!」
たぶんこのクソガキは、本気でブチギレたらあーしなんて秒で殺せるのだろう。
だとしても、知ったことじゃない。
お友だちなのだから、ムカついたら遠慮なく、頭を引っ叩く。
◇
初日の冒険を終えて、リコッタ嬢は上機嫌だった。
結局ほとんどの時間を射撃訓練に費やして希少種探しはできなかったものの、頼まれていたジャイアントビートルのサンプル(目玉と触覚)を提出して小銭を稼げたし、仲間に加えたサリナも思いのほか積極的だ。
もっとも本人は今日の出来栄えに満足していなかったようだ。
そういうところも含めて好ましく感じられる。事前の了承もなく手伝わされているわりに、責任感が強い。
別れ際、サリナが「あんまり役に立たなかったから」と、魔物図鑑を貸してほしいと願いでたのは驚いた。希少種の生息域や活動時間その他諸々の情報を分析して、より遭遇する可能性の高いルートを計算したいというのだ。
「すごい! なんか頭よさそうなのです」
「お前が大雑把すぎるんだって。あと、どうせ探すなら他の希少種が出現するエリアも寄り道しとこう。ただでさえ確率が低いんだから、スカラベランナーだけに絞るのは非効率的すぎる。討伐依頼が出ているやつならなんでもいいんだし、複数の生息域が重なっているところを――」
サリナだいすき! と抱きついたらめちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。
こういう反応をするところはちょっとジークに似ている。
優しくて世話焼きで、お願いすれば文句を言いながらも手を貸してくれる。
本来ならこういう人間が真っ先に報われるべきだと思う。
しかし残念ながら、この世界は真逆の方向で動いている。
責任感が強ければいらぬ仕事を押しつけられ、それで失敗すればなにをやっているんだと叱責される。
優秀であればあるほど、貧乏くじを引く仕組みになっている。
ゆえに身勝手で無能な弱者こそがもっとも得をするのだ。
ゲスジゴクだったころに散々痛いめを見た結果、我がたどりついたのはそういう結論だ。
だからこそお上品さと愛嬌でもって、楽ちんに暮らすことが許される存在になる道を目指している。
とはいえ。とはいえである。
そんな世界が正しいとは微塵も思っていない。
あと我みたいな怠け者ばっかりになったら、社会そのものが破綻する。
他人の善意に甘えてぬくぬく暮らすためには、優しくて世話焼きで責任感が強い人間を増やして、相応に報われる世の中にしていかなければならないのだ。
愛すべき人間。愛されるべき人間。
我が導くのは、善良な人間しか存在しない世界。
逆にそれ以外は『選別』し、すみやかに駆除していくべき。
他人の善意に図々しく甘えて、無条件にチヤホヤされる存在はひとりでいい。
すなわち、このリコッタ・パンケーキ様だ。
◇
「今のところ、万事がつつがなく進行しているのです」
「よくわからないが、君がろくでもないことを考えているのは伝わってくる」
「サリナちゃんはいい子ですよ。ぜひ幸せになってほしい。それが我の幸せに繋がるので」
「正しい言葉のように聞こえるのに、薄ら寒いものを感じるのはなぜだろう……」
ジークは呆れたような顔を見せるが、その理由は今の言葉だけではないようだった。
彼の視線はリビングのテーブルに向けられている。
リコッタ嬢が帰り道の途中で買ってきた、大量の駄菓子。
「財布から無断でくすねたお小遣いでなければ、どう使っても構わないけどな。つうかいつのまにノアと知り合ったんだ君は。いちいち謎が多すぎる」
「ジークが作ってくれるケーキも美味しいですが、王都の雑貨屋で見かけるたびに気になっていたのです。その名も冒険者ウエハース。おまけはキラキラのカードなのです」
「学生さんを中心に流行っていると聞いていたが……げ、スペシャルレアが俺じゃん」
「筆頭騎士様は大人気ですもの。他にも剣聖ルーン、剛腕のフィガロ、鏖殺のトゥーリオ、この国の民なら誰でも知っている実力者が目白押しなのです。将来的にはここに、サリナちゃんを加えたいと考えています。お友だちがウエハースのおまけになるような有名人。最高では」
「自分がなるのではなく?」
「脚光を浴びるお立場はしがらみも多いでしょう。誰かさんだってお忙しそうですし」
「あくまで表に立ちたくないわけだな。俺やあの子をパシりにして、裏で甘い汁を啜る」
人聞きの悪い。しかし理解が早くて助かる。
鋭い牙でウエハースをぼりぼりとかじりながら、リコッタ嬢は説明する。
「我はこう思うのです。世の中には二種類の人間がいると。すなわち『役割』を与えられて喜ぶ者と煩わしく感じる者。我は期待や責任を背負わされるなんてごめんだと考えますし、できうるかぎりなにもせずにだらだらとしていたいです。しかしジークやサリナちゃんはその逆、役割がないとむしろ不安になり、自分から仕事を探しに行くようなタイプ」
「社会に貢献したいと願うのは当然のことだろうに」
「ぐえーっ! 真っ当すぎて目が焼かれるっ!」
生まれながらのキラキラカードなんだろうな、こいつは。
しかし我はそうではない。だから責任を背負わされると、無理が生じてしまう。
「思慮が足りなくて自堕落なやつにすごい力があったら迷惑だと思いません?」
「なるほど。今の言葉で君の悩みをより深く理解できた」
「ジークは七歳児に対してもうちょい優しくなるべきでは」
「十分にそうしていると思うけどな。少なくとも俺は君を、迷惑だとは感じていない」
「おっ……今のはかなりキュンとしたのです」
そう返すと相手は苦笑い。本当に惚れ惚れするほどいい男だ。
「大抵の場合、うまくいかないのは本人のせいではなく環境の問題だ。サリナ君にせよ生まれた境遇が違えば早いうちから才能を開花させて、ルーン・ククルカンのような冒険者に、あるいは勤勉でお淑やかな女学生になっていたかもしれない。だのに大多数の人間は、外的要因によって押しつけられた『役割』を、本人が望んだ道だといって自己責任論にすり替える。彼女にはそもそも選択肢が与えられていなかった。だから暗殺者になるしかなかった。困窮によって生じた無力や無知を努力不足だとなじったり、あまつさえ有害だと認定して罰するのは、恵まれた立場にいる人間の傲慢さ以外の何物でもない」
ジークはいつになく雄弁だった。筆頭騎士として、常日頃から鬱憤を抱えているのだろう。
リコッタ嬢が怒りを覚えるときは、いつだって我が侮辱されたり迫害されたときだ。
しかし善良な人間は、他人が虐げられているときにこそ、自分がそうされているとき以上に怒りを覚える。
だから眩しく見えるのだ。
我は絶対、こういうふうにはなれないからと。
「君は思慮が足りなくて自堕落で子どもにしては偏屈なやつだと思うが」
「しれっと悪口を足さないでほしいのです」
「少なくとも他人を思いやれる程度には善良ではある」
「おもちゃにして遊んでも?」
「そこは直してほしい」
いずれにせよと、ジークは言った。
「今すぐでなくとも構わないさ。君の人生はまだまだ長い」
次から第四話スタートになります。いよいよダンジョン探索がはじまります。
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