3ー7 ジャイアントビートル退治その2
装備をあらかた試したあとは、砂漠の地図と魔物図鑑を広げて作戦会議だ。
「前提として、王都周辺にいる魔物は冒険者の手によってほとんど狩り尽くされています。残っているのは無害かつ戦利品となる素材の価値が低い――いわゆる不味い『魔物』です。討伐依頼が出されることも滅多にありませんので、我々のようなアマチュアの点数稼ぎに利用されることすらありません。せいぜい腕試しに使う程度でしょうか。まさに存在意義皆無のゴミ」
リコッタ嬢はそう説明したあと、今日の目的を告げた。
「しかし今回は特別に、王都魔物研究所からいくつか素材のサンプルを採取してきてほしいと頼まれています。正式な依頼ではありませんので許可証を得るための実績にはなりませんが、学生のバイト程度の報酬は支払われます。実は昨日ジークに財布の金をパクっていたことがバレまして、全額没収されたあとめちゃくちゃ叱られました。よってカフェ代くらいは稼ぎたい」
「お前がまったく反省してねえのはわかった。つまり初日は雑魚相手に腕試しってことか?」
「ご理解が早くて助かるのです。せっかくですし希少種を探しつつになりますが、そちらはすぐに成果が出るとは思いませんので。仮にばったり遭遇できたとしても、お互いの連携が取れずあたふたしている間に逃げられてしまう可能性の方が高いでしょう」
まずは銃の扱いに慣れるべきか。
他にも刃が振動するナイフや衝撃を自動で吸収する護符などを渡されている。
一方のリコッタ嬢は丸腰なのだが、本当に身体強化だけで魔物とやりあうつもりなのだろうか。
まあ攻撃魔法が使えるならやばくなっても対処できるはずだし、逃げ足が速い標的を狙うときは身軽なほうがやりやすいとかの理由もあるのかもしれない。
ちなみに狙う魔物は以下の二種類。
腕試し――ジャイアントビートル。
希少種――スカラベランナー。
どちらも昆虫系に属する魔物で、生息圏も被っている。
ただ見ためと能力に大きな違いがある。
ジャイアントビートルはその名のとおり巨大な真っ黒いカブトムシ。
一方のスカラベランナーは、犬や猫くらいの小さな金色のフンコロガシ。
ただしとんでもなく素早く、恐ろしいほど固い。
基本的に臆病で無害なのだが、走り出したところにうっかりぶち当たると相手のほうが粉々に砕かれる。
さらにタチが悪いのはその視認性の低さで、砂漠でキンキラというのは素人が想像している以上に見えにくいらしい。過去に『砂漠のなにもないところで冒険者が爆発する』という怪奇現象が報告されたこともあったが、その原因はスカラベランナーとの衝突による不慮の事故なのだという。
「衝撃を吸収する護符って、このためか」
「とはいえ気休め程度なので、くれぐれも欲を出して退路を塞がないように。せっかく作ったお友だちがサンドベリージャムになるところを目撃したら、さすがの我だって泣いちゃいます」
脅してきやがって。つうか自分は護符なしで大丈夫なのか?
しかし幸か不幸か、そう簡単に遭遇できる相手ではないのが希少種である。
砂漠の傾斜をひたすら進み、落ち窪んだ崖下の、日の当たらない岩場にたどり着くと――どんと構えているでっけえカブトムシ。何匹もいたらさすがにぎょっとしたかもしれないが、黒々とした巨体が孤独に丸まってじっとしていると、王都の金持ちが集めているような前衛的なオブジェが置いてあるようにしか見えなかった。
生き物という感じがまったくせず、リコッタ嬢と並んでしばらく眺めてしまう。
「裏返してみます?」
「やめて。絶対キモいから」
「ちなみに数百年に一度、サボテンの樹液をコップ一杯ぶんくらい啜るだけで生きていけるらしいです。それ以外の時間はずっとあんなふうにモゾモゾしているのだとか。無害すぎてじわる」
「腕試しっつうかほとんどただの的じゃん。しばく意味あんの?」
「それはやってみてのお楽しみ」
距離を取ったまま、銃に魔力を込めて発砲。
コツンと音がしたものの、手応えはない。
リコッタ嬢が無言で、黒々とした塊から伸びている触覚を指差した。
よく見れば昆虫らしい宝石のような目と、樹液を啜るための管がある。
あそこが弱点だから狙えってことか。
再度、発砲。
射撃の腕前は、ポーション中毒で退廃的な生活をしている間も衰えなかったらしい。
わずかに目から外れたが、それでもバチンと鈍い音が響き、ジャイアントビートルはむっとしたようにこちらを振り返った。魔物でもなんとなく、怒っているのが伝わってくる。
直後、巨大な甲殻が割れたように開く。
そのままパズルのように変形。みるみるうちに丸っこい塊は流線型。
わお。めっちゃ速そう。あと、すげー強そう。
「ジャイアントビートルは無害で手に入る素材もゴミですが、決して雑魚というわけではありません。むしろ単純な戦闘能力なら砂漠の奥深くに潜む『上位種』に匹敵するのだとか。冒険者ギルドの教本にはこうあります。岩場で黒い玉を見かけても絶対に手を出すな」
「先に言えよ。つうかこれどうすんの」
たずねたときにはもう、リコッタ嬢の姿はなかった。
あいつ! 先に逃げやがった!
「ふはははははは! 判断が遅いのです! 暗殺者のくせに!」
「てめえどういうつもりだマジでぶっ殺すよ!? ひえっ――速い速い速い!」
「羽を推進力にしているみたいです。重すぎてあんま飛べてないですけど、ホバー走行みたいにぎゅんぎゅんと迫ってきます。すっげえ前に魔族が使ってきた機甲兵があんな感じだったんですけど、もしかして野生化した子孫だったりするのですかね。あ、コケた。大丈夫なのです?」
「だ……あば、ごば」
滑った拍子に顔面から砂に突っ込んだ。
しかしそこがちょうど凹みのようになっていて、すっぽりと埋まっているサリナに気づかず、ジャイアントビートルは低空飛行で浮いたまま通りすぎていく。
遠くからリコッタ嬢の高笑いが聞こえてくる。
追いつかれて潰されてしまえ。クソガキが。
◇
しかし底意地の悪いお嬢さんは平然と戻ってきた。
この期におよんで、汗ひとつかいていない。
そのうえ岩場に戻ったジャイアントビートルに、懲りもせず再挑戦するのだという。
「よく見ておくのです。まず、相手は感覚が鈍く動きも遅いため、初撃はほぼ間違いなくこちらが取れます。そんで甲殻に覆われていない部分は脆いので顔とか間接の隙間を狙って」
とことこと近づき、表面を撫でる。
すると――ズゥンと鈍い音が響き、枝のように伸びた触覚が痙攣する。
本当に、それだけ。
拍子抜けするほど軽やかな手つきで、リコッタ嬢は目の前に立つ巨体を沈めてしまった。
「コツは弱点を、確実に射抜くこと」
「待って待って。射抜くって今、触っただけじゃないの」
「遠くからだとそう見えるかもですね。デコピンってわかります?」
冗談だろ。
デコピンで、上位種に匹敵する魔物を退治したのか。こいつは。




