3ー5 俺は選ばれてしまっただけだ
ソファに座らされ、今度は髪をとかされる。
冒険者らしい肩出しのブラウスに、短い丈の革製のスカート。
自分が今身につけている服は、ルーンが渡してきたお下がりだという。
あの女の考えていることもよくわからない。
ミケーレを殺したあとにすぐやってきて、サリナにこう言ってきたのだ。
――面白い感じになってきたね、キミ。
「ルーンと我、どっちが強そうに見えるです?」
「あいつとやっても秒でしばかれる。お前はまあ、軽く捻り殺せそうだな」
「今そうしない理由は? チャンスだと思うのですが」
「いつでもやれるなら、もうちょい贅沢を味わってからでもいい」
リコッタ嬢はクスクスと笑った。
舐められている。弱そうなのに、なぜこうも余裕でいられるのか。
答えはすぐにわかった。
「そろそろ五時ですね。最近は早上がりが多いですから、ジークが帰ってくるかも」
「誰がだって? まさか……この屋敷の主は」
あの有名な、筆頭騎士なのか?
慌てて逃げようとするも、玄関でばったり仕事帰りの相手と出くわしてしまった。
ぐえっと汚ねえ悲鳴が漏れた。
ご主人様のほうもきょとんとしている。
なおも最悪なのは、
「君の顔はどこかで見たことがある。ああ、冤罪で釈放された暗殺者」
「サリナなのです。我の新しいお友だち、ともに冒険者を目指す仲間」
「誰もやるとは言ってねえが!? あ、すみません。大きな声を出して」
つい敬語になってしまった。
ナマで拝むジークフリード・ジフレッド。強者感が半端ねえ。
おまけにとんでもねえ美青年だ。こんなの女だったら誰だって惚れちまう。
「夕食は彼女のぶんも作ったほうがよさそうだな」
「お泊まりの許可もお願いしたいのです。お友だちと言えばパジャマパーティー」
「次からは屋敷に招く前に話しておくように。まあ、急なことだったら仕方ないが」
「えっ……あの、あの」
「なにが食べたい。苦手なものはないか? 獣人特有のアレルギーとか」
「ハンバーグ!」
「君には聞いていないぞ、お嬢さん」
三十分後。テーブルにどかんとハンバーグ。
筆頭騎士のお手製料理? 夢か? これはポーション中毒が見せた夢なのか?
雲の上の存在が、スラムで泥を啜っていたころの憧れが、ピンクのだせえエプロンつけて向かいに座っている。しかも顔が割れているっていうのに、まったく気にしている素振りがない。
びくびくしたまま手をつけずにいると、冗談まじりにこう言われた。
「安心しろ。毒も自白剤も眠り薬も入っていない」
「胡椒はもうちょい効いていたほうが好みなのです。あとニンジンいらない」
「食べます食べます。おいひいです。すっごくおいひくて……ゲホゲホッ」
むせたら今度は笑われてしまった。
「君の事情についてはだいたい把握しているよ。九十九人殺しが冤罪ではないことも」
「我のお友だちを脅さないでほしいのです。だせえ格好のまま」
「すまん。こう言っちゃ悪いが、始末されても文句は言えないくらいのことはやってきていたわけだからな。それに身寄りのない子どもに人殺しの片棒を担がせた大人たちのほうが問題だ。王都の治安。スラムの内情。騎士である俺にだって責任はある」
筆頭騎士はエプロンを外しながら笑う。
だせえと言われたことを気にしているらしい。
「いずれにせよ司法の判断において無罪は無罪。俺はご覧のとおり仕事を終えたばかりで、十四歳のびくびく震えた女の子を捕まえてどうこうするより、食後のデザートを楽しむことに時間をかけたいと考えている。それでも罰してほしいというのなら、あとで皿洗いでも頼もうか」
◇
筆頭騎士お手製のシフォンケーキ(ハンバーグもそうだったが信じられないほど美味だった)を平らげ、皿洗いをすませたあと、リコッタ嬢はあくびをしながら寝室に向かう。
すれ違いざま、サリナにぽんとパジャマ一式を放り投げてくる。
「恋バナしたいのです。育ての親を殺したときの話とか」
「鬼か君は。もしよければだが、寝る前に剣の稽古につきあってくれないかな」
選択肢はふたつ。
角ガキとクソみたいなパジャマパーティーか。憧れの騎士様とふたりきりで稽古か。
悩むまでもない。サリナは乙女のようにウキウキしながら庭へ出る。
夜空には砂漠の月が浮かんでいる。
剣を手にしたジークフリード・ジフレッドもまた、この世のものとは思えないほど美しい。
「リコッタ嬢は見る目がある。標的の情報から行動を予測し、先回りして待ち伏せて確実に息の根を止める。暗殺者として培った技術はそのまま、冒険者として活動する上でも役立つはずだ。とくに希少種のような、滅多に姿を見せない獲物を狙う場合には」
「あーし……いえ、あたしは冒険者になるつもりはありません。だからといって、なにかしたいことがあるわけではないんですけど。本当にただ強引に、あの子に連れてこられただけで」
「才能を眠らせておくにはもったいない。そう感じてしまうのも大人のエゴだな。いずれにせよあのお嬢さんは君を巻きこんで利用するつもりだ。大事にはしてくれるかもしれないが、いわゆる世間一般で言うところの『お友だち』とはまったく違う扱いを受けることは覚悟しておいたほうがいい。そういう生ぬるい関係性を構築できるような性格じゃないんだ、残念ながら」
「どういう間柄なんですか? あなたたち」
相手がとても保護者とは思えない発言をするので、たずねてみる。
筆頭騎士は困ったような顔で考えこんだあと、うんざりしたように笑う。
「俺は選ばれてしまっただけだ。とんでもなく厄介な存在に」
リコッタ嬢が?
まあ確かに言動が突拍子ないし、ガキにしてはませていて返答に困るときがある。
世話をしている騎士様としては、振り回されて大変ということか。
ジークが練習用の剣を投げてくる。
サリナがつかむと、開始の合図すらなく稽古がはじまった。
まずは基本的な動作から。続けて、ランダムな剣撃。
憧れの存在ではあったが、目の前の男は決して王子様ではない。
手を差し伸べてはくれない。無条件に救ってはくれない。
女としてではなく、暗殺者だった自分の腕前に興味を持っている。
とはいえ、人間扱いはしてくれている。
何度か剣を交えたあと、軽く弾き飛ばされた。
手加減されている。
ルーンと戦ったときはまだ、相手の実力はなんとなく把握できた。
しかし筆頭騎士と自分とではあまりにかけ離れすぎていて、どのくらい差があるのか感じ取ることができない。
「俺とリコッタ嬢、どちらが強そうに見える?」
「え……」
「その表情を見るに、あの子は成長しつつあるようだな。ちゃんと『弱く』なれている」
◇
パジャマに着替えて寝室に行くとリコッタ嬢はすでに寝息を立てていた。
まだ八時だというのに、恋バナしたいと言っていたわりに中身はただのガキである。
ベッドは広々としていて、ふたりで並んで寝てもまだ余裕がありそうだった。
枕を引っ張って自分の側に寄せたあと、隣にいる少女の寝顔を眺める。
ここまで近づいても気づく気配はない。
隙だらけ。いつでも殺せる……はずだ。
試しに頬を突いてみる。ぴくりともしない。
つまんでみると驚くほどの柔らかさだった。
もちもち。ぷにぷに。
我慢できず笑ってしまった。
それでも角ガキはぐーすかといびきをかいたまま。
稽古の終わり際、ジークが語った言葉の意味を考える。
――弱くなろうと努力している女。
まったくもって解せない。
筆頭騎士ともあろう男が、こんなちびでふわふわのパンケーキちゃんに。
畏怖とも憧れともつかない感情を、向けているなんて。




