2ー8 我、サボテンの精霊なり
ノア視点になります。
深夜。王都魔法生物研究所。
ノア・コーエンはいつものように泊まりこみで研究に没頭していた。
焦りがある。限界を感じている。
――遺物。
かつてこの世界に存在した魔族や、神々の技術。
彼らの叡智に比べれば、人間が作りだした技術なんておままごとにすぎない。
こういう話が囁かれている。
エルカザードの魔法技術の発展が、鈍化しつつあると。
そう遠くない未来、冒険者産業は破綻すると。
長い歴史の中で、迷宮から発掘された遺物という『拾い物』を解析することで発展してきたツケである。
近隣の砂漠に点在する迷宮はあらかた攻略し尽くされ、手つかずのまま残されているのは強大な魔物が跋扈する最下層か、そもそも入り口付近ですら容易に立ち入れない高難易度の場所のみ。
個々の練度を上げるだけでは攻略が追いつかず、未帰還者は増える一方。
危険が少なく狩り尽くされていない迷宮は、同業者で溢れ全員が等しく損をしている。
最近では奪い合いによる、死傷者まで出ているという。
冒険者が失業者になれば、エルカザードの治安はますます悪くなる。
それを阻止するためには全体の戦力を底上げ。新たな技術による革新が急務である。
しかし天才といえど所詮は人間。
知識にも技術にも限界があり、いつまで経っても古代の先人の背中に追いつけない。
鬱屈は溜まるばかりだ。
ポポポ。
ラボの奥からカクタシーの鳴き声が響いてくる。
彼らが夜中に活動するのは珍しい。念のため、様子を見にいく。
すると思いがけない光景に出くわした。
少女。
淡い紫色の髪。二本の角。
背丈はカクタシーとそう変わらず、群れの中央で円陣を組むようにして取り囲まれている。
緑色の小さな魔物たちは平伏し、さながら女王を讃えるように祈りを捧げている。
ノアは唖然とし、しばらく檻の前で呆けていた。
研究に没頭しているうちに眠りこけて、夢でも見ているのだろうか。
「ごきげんよう」
「君は……ジークのところにいるお嬢さんだね。噂で聞いた特徴と一致している」
「違うのです。我、サボテンの精霊なり」
「まあ、別に誰だって構わないさ。こんなところでなにをしているんだい」
「ご覧のとおり親交を深めています」
「信仰ではなくて?」
「神様は嫌いなのです。もちろん、そう扱われるのも」
謎めいた少女――リコッタ嬢はふいになにかを投げてくる。
柵の隙間から、ひょいっと受け取る。
銀色の、小さな包み。
「お近づきの印に。中身はグミ」
「変な薬物とか入ってないよね?」
「庭に生えていた雑草のエキスなら」
「ゴミじゃん」
「そうでもないのです。現行のマジックポーションよりは効果が高いはずなので。もちろんカクタシー由来ではなく、エルカザードのご家庭ならどこでも育てられる植物を使用しています」
は? この子はなにを言っているんだ?
さっきから普通に喋っているけど、あきらかに異常な状況。
普段なら絶対、こんな得体の知れないものなんて口にしない。
しかし今は現実感がないせいか、興味本気で試してしまう。
――どくん。
異変はすぐに現れた。
全身から活力が湧きあがり、視界がクリアになっていく。
頭がすうっと冴えてきて、眠気が一気に吹っ飛んだ。
「ミント味……」
「あの雑草、そういう名前なのですね。品種改良したので風味が良くなっているのかも」
「いやそれよりも! なんなのこの力っ!」
少女は優しげに笑う
この世のものとは思えない、神秘的で、邪悪な姿。
「ではでは。ごきげんよう」
「待ってくれ! 君は……」
はっとして目を覚ます。
やはり夢か。疲れているとしか思えない。
しかし研究レポートの上に置かれているものを見て、うめき声を漏らしてしまう。
中身のない、銀色の包み紙。
◇
その日ノア・コーエンは、研究者としてのプライドを粉々に砕かれた。
とはいえそれは、長い長い苦難の幕開けにすぎない。
かつての相棒ジークと同じように。
彼もまた、リコッタ嬢のお遊びに付き合わされることになるのだから。
次から第三話スタートです。
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