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3ー4 暗殺者サリナ

しばらくサリナ視点になります。

 サリナは娼館で生まれた。

 母親は獣人で父親は砂漠の民。両親ともにエルカザードでは被差別種族だ。

 器量がよかったことから成長すればそのまま店に出るはずだったが、五歳のときに遊び半分で犯そうとしてきた客のひとりを殺したためスラムに逃げることとなった。

 殺しは生まれつきの才能。誰かに習った覚えはない。


 四年後のある冬の日。飢えて死にかけていた彼女を拾ったのは裏社会の重鎮ミケーレである。

 闇ギルドをいくつも束ねるその男が欲しがっていたのは、若くて才能がある暗殺者だった。

 エルカザードの法律において、十二歳以下は重罪を犯しても刑務所に入れられることはない。

 そのため裏社会では幼い子どもを鉄砲玉に使うことが多かった。


 当時サリナは九歳。ミケーレのもとで雇われるようになると暗殺者として頭角を現し、十二歳になるころには九十七人を闇に葬っていた。標的は毎回、裏社会の住人。といっても大抵は雑魚だった。

 やがて十三になり、捕まれば刑務所行きを免れない年齢になった。

 殺した人間の数を考えれば、死刑を言い渡されてもおかしくはない。

 もっともだからといって、辞められるわけがない。

 あと三人で『百人殺し』なのだ。

 伝説のゲシュペンストに並ぶ日も近い。


 しかし負けた。完膚なきまでにボコボコにされた。

 相手はミスリル級冒険者、ルーン・ククルカン。

 剣聖と呼ばれる女。

 自分とひとつしか歳が違わない、砂漠のオアシスを統べる豪商の娘。


 刑務所にぶちこまれ、ほどなくして死刑が宣告された。

 しかし塀の中は存外に心地よく、人を殺さずとも食事に困らないので快適だった。

 サリナはようやく平穏を手に入れたのだ。

 たとえそれが絞首台に吊るされるまでの、わずかな時間だとしても。


 ところが……年が明けるとなぜか冤罪という話になり、あっさりと釈放された。

 手引きしたのはミケーレだ。

 サリナは今や裏社会にとって、大金を支払っても失いたく人材。

 次こそは失敗するな。

 なんとしてでも殺せ――ルーン・ククルカンを。


 彼女は殺した。

 ルーンではなく、育ての親であるミケーレのほうを。

 なぜかって? 簡単な話だ。

 あの女は殺せない。

 今の自分じゃ。いや、一生かかっても。


 こうしてサリナは違法ポーションに手を出した。

 あのまま死刑になっていれば、こんなみじめな気分を味あわずにすんだのに。


 ◇


「負け犬の棲家はここなのです?」

「誰だ、てめえ」

「ルーンの紹介で来ました。しばらくこき使って、社会復帰の手伝いしてやれって」

「つまり殺されたいってことだな。クソガキ」


 サリナはよろよろと起きあがった。

 スラムのボロ屋を蹴破って入ってきたのは、淡い紫色の髪をした小さなお嬢さん。

 頭に二本の角が生えている。自分と同じ、獣人との混血児か。


 自信満々で、怖いもの知らずでいるところも、ルーンに負ける前の自分を彷彿とさせる。

 ただこの少女のほうがずっと身なりがいい。一目で、愛されている子どもだとわかる。

 気に入らねえ。

 あーしだって拾ってくれた相手が違けりゃあ、ああなっていたかもしれないのに。  


 血まみれになったミケーレの姿を思いだし、うめき声を漏らす。

 ポーションだ。ポーションが欲しい。

 くそ、瓶の中はもう空っぽだ。

 角ガキが哀れむような視線を向けている。


「臭くて汚い、見るからに救いようのない負け犬ですね。しかしそういう人材を拾って磨いて使いどころを与えてあげるのも社会貢献のひとつ。他人をおもちゃにしてはいけないときつく言われていますが、あなたほど壊れてしまっているのであれば、むしろ叩いてイジって遊んであげたほうがマシになるかもしれません。というわけで、我とお友だちになってほしいのです」

「正気か? 喧嘩売っているとしか思えねえが」

「中毒者に言われましても。サリナちゃんは根っこが常識的だから、今の暮らしがおつらいのかも。人殺しの才能はあっても、その性格では一流になれないのです」


 そう言ったあと、角ガキは腰に下げていたポーチから小さな包みを出す。


「まずは毒抜きをしましょう。これ、治療用のグミ」

「は? ――ごほっ! 今、喉に」

「でけえ口を開けているからです。数分くらいめちゃくちゃしんどいと思いますが、そのときにショック死さえしなければ中毒症状は緩和される……はず。もしダメだったらクレームは王都魔法生物研究所まで。治験にご協力ありがとうございますなのです」


 少女の言葉を聞きながら、サリナは膝から崩れ落ちる。

 今さっきこいつが指で弾いて飲みこませた、グミのせいか?


 猛毒だったらすでに勝負ありだ。

 吐きだそうとするが全身が痙攣して、思うようにいかない。

 全身から汗が吹きだし、床のうえで丸くなってガチガチと震える。


「我はリコッタ・パンケーキ。聞こえています? お返事は?」

「て……めえ……ぜってえ……ぶっころ……」

「びくんびくんするの面白いです。過剰摂取かもですが、もう一個グミ追加しちゃいます」

「おごっ……ぐげええっ! もう、やめ……おねが……」  


 ◇


 目を覚ますと風呂場で身体を洗われていた。

 死ぬかと思ったが本当にあのグミで中毒症状が緩和されたようだ。

 今や頭の中も、長年こびりついた汚れが洗い流されたようにすっきりとしている。


 スラムの片隅でミケーレに拾われたときと同じだ。

 今度のお相手は頭に角が生えたお嬢様か。

 飼い犬の身分はうんざりだ。

 しかし泡だらけの素っ裸という情けない状態で、同じく無防備な姿を晒しているガキ相手に抵抗する気にはなれなかった。よだれに汚物にひどい有様だったはすなのに、熱心にごしごしと磨かれたおかげで身体は見違えるように綺麗になっている。


 砂漠から流れてくる砂と照りつける太陽に悩まされるエルカザードにおいて、湯浴みは生活に欠かせない習慣であり贅沢のひとつだ。魔力式のシャワー、足を伸ばせそうなほど広い浴槽、高価なソープ類。獣人の混血児とはいえ、リコッタ嬢は相当に恵まれた環境で暮らしている。


 自分と同じ、被差別種族のくせに。

 ただ心に芽生えるのは嫉妬心よりも敗北感だ。

 サリナも『獣人にしては』器量がいいと言われていたが、目の前の少女はそういう次元をはるかに超えていた。

 本来なら穢らわしいと忌避されるはずの角や牙といった特徴ですら、神秘性のある色香を漂わせる魅力のひとつになっている。


 裸でいることが急に恥ずかしくなってきた。

 頭に生えた獣の耳、赤い目、四肢は末端に向かうにつれ黒々とした毛に覆われ、手先や足先にいたっては猿と変わらない。こんな容姿で喜ぶのはマニア向けの娼館に通う金持ちの変態だけだ。

 ミケーレは十四になってもサリナにそういう視線を向けたことがなかった。

 同じ年頃の娼婦を、何人も囲っていたにもかかわらず。

 

 せめて女として見てもらえたら、あの男を殺さずにいられたかもしれない。

 人間として接してもらえたら、自分はいくらでも道具になれたのだ。

 みじめな気分だ。

 角ガキがどれだけ丁寧に擦っても、生まれついた汚れだけは落ちることはない。

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