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1ー1 美少女すぎて五億で落札されたのです

前半、別キャラ視点です。

 灼熱と黄金の国、エルカザード。

 その首都ナラシカにおいて問題になっているのは、人身売買の横行だった。

 

 標的となるのは近隣の砂漠に住む少数民族の子ども。大半は獣人か、人間との混血である。

 金目当てで親が売ったケースもあれば、冒険者くずれの犯罪者が攫ってきたケースもあり、もっぱら闇市場で取引されている。


 もちろん違法だ。しかし二十年前まで公然と奴隷が売られていたこともあり、ナラシカにおいていまだに獣人や混血に対しての差別意識は強い。

 そのうえ都市に冒険者が溢れる中で治安は悪化する一方。うす汚れた子どもが売られている『程度』で騒がれることのほうが少なかった。


 安価な労働力、嗜虐趣味を持つ貴族の玩具、魔法や薬による実験の被験体。

 用途は様々だが、大半は悲惨な末路をたどる。


 食事すらろくに与えられず売られる前に死ぬことも多いが、容姿に優れていたり魔力の資質を持つ子どもは丁重に扱われ、定期的に催される会員制のオークションに出品される。

 上物ともなれば、古代の迷宮から発掘された遺物と同等かそれ以上の値がつき、王族付きの従者や妾になることさえある。騎士団が躍起になって取り締まったところで、その上にいる者が市場における最大の上客なのだから、いつになっても人身売買がなくならないわけだった。


(……で、あれが今回の目玉ってわけか)


 ジークは手持ちのカタログに描かれた少女と、檻の中で寝転んでいる『現物』を見比べる。

 絵画のような美しさ。天使と見まごう可憐さ。

 触れこみにそう記されているが、誇大広告ではなさそうだ。

 裏社会の重鎮や王宮の変態どもが、こぞって狙いに来るのも納得である。


 見たところ七歳くらいか。

 淡い紫の髪は腰のあたりまで伸びていて、屋台で売られている綿菓子のようにふわふわとしている。

 幼子らしく小柄だが手足はすらっと長く、肌の白さと相まって陶器の人形を思わせる。

 眠り姿とあって瞳の色は確認できないものの、カタログによると赤らしい。

 きっと宝石のようにキラキラとしていて、見る者に耐えがたい愛情と感動の念を抱かせることだろう。

 

 うかつに触れたら壊れてしまいそうな儚げな容貌。

 だが、頭の両側に生えた二本の角がその印象を覆している。

 砂漠の獣のような、はたまた迷宮の奥深くに潜む魔物のごとき、野生的で禍々しい異物。

 これまたカタログによると、今はぴったりと閉じている可愛らしい唇の奥にはギザギザとした鋭い牙が生えているとのことだった。   


 獣人ないし混血ではなく、魔族か古代種の末裔なのではないか、という推測もあながち的外れではないかもしれない。騎士として冒険者として数多の種族を見てきたが、檻の中にいるこの少女ほど浮世離れした雰囲気を持つ者はいなかった。

 美しいだけでなく、圧倒されるような『存在感』――それこそ伝承に語られる神々のような。


 会場にはぞろぞろと人が集まってきている。

 ジークと同様に仮面をつけて顔を隠しているが、身にまとうスーツやドレスはどれも一等級の仕立てだ。

 貴族の友人から一張羅を借り受けてきたものの、それでもいささか安っぽく見えてしまうかもしれない。

 代理人という『設定』なので問題ないとはいえ、目立つような行動は控え、場に溶けこむ努力をするべきだろう。ただでさえこういう変装に、慣れていないのだから。

 

 そこで、檻の中にいる少女と目があった。

 あくびをして、ぼんやりとジークを見つめたあと。


「ごきげんよう」


 笑った。想像していたよりもずっと愛らしい。

 優雅で堂々とした、場違いなご挨拶。

 言葉を返すか、それすら忘れて見惚れてしまうというのが、正しい反応だ。

 しかしジークは身をすくませ、その場から一歩、後退してしまう。


「恥ずかしがり屋さんなのですね。可愛らしい御方ですこと」


 ぞっとした。状況的には値定めされる立場にあるはずの少女が、まるで陳列された美術品を眺めるかのような目つきでこちらを眺めている。

 腹立たしさすら感じるほどの不遜な態度。

 しかし内心とは裏腹に四肢はなおも凍てついたように強張り、思うように動かない。

 小柄なその姿が、なぜか途方もなく巨大に見えてくる。


 少女が興味を失ったように再び目を閉じると、ジークの全身も息を吹き返した。

 背後には同じように下見しようとしている客が列をなしていることもあって、足早に檻の前から立ち去る。


 ……いらぬ注目を浴びてしまった。まったく、なにをやっているのか。

 集中しろ。極秘任務の真っ最中なんだぞ。

 今日ここで黒幕を捕らえることができなければ、数百の子どもたちが闇の中に消えてしまう。


 王宮に巣食う豚どもめ。せいぜいオークションを楽しむがいい。

 貴様らに天誅をくだすために、俺は騎士になったのだ。


 ◇


 少女はあくびを噛み殺し、オークションの熱狂を眺めていた。

 死産に等しい状態にあった胎児と融合した結果、かつてゲスジゴクと呼ばれていた魂もまた本来の在り方からかけ離れたものになっている。

 崩れかけていたはずの人間の魂が、存外にたくましく主導権を握ってきたのだ。

 これが新しい種族が持つ『力』なのであろう。


 しかし悪いことばかりではない。

 お上品さとか愛嬌とか、戦うために作られた存在には無縁の性質が宿っている。

 母なる女神にはよく、目上の者には挨拶しろと怒られたものだった。

 たぶん褒められたり愛されたりするのに必要なのは、そういう丁寧な気心である。

 

 人間と竜の境界は日増しに曖昧になっている。

 この調子であれば、そう遠くないうちに完璧な個として融合するに違いない。


 ゲスジゴクだったころに学んだのは、強大な力を持って生まれると損をするということだ。

 恐れられるか。便利に使われるか。

 優秀なところを見せたとしても『じゃあ次はこれをやってね』と仕事が増えるだけ。

 感謝されることはなく、むしろ妬みの対象になる。


 今の世界について自分なりにリサーチした結果、神々が支配していたころとそう変わらないことがわかった。

 つまりなるべく弱そうに見せて同情を誘って、この子は俺が守ってやらなきゃだめなんだなーと思わせるのが正解。必要なのは強さではなく愛嬌。学ぶべきは小動物のような生き方だ。

 

 ごろごろ寝そべって。催促すればお菓子が貰えて。

 にこにこしているだけで褒められて、大事にされるような。

 そういう人間に、我はなりたい。


 オークションに出品されることになったのは僥倖であった。

 生まれたばかりのころは四つん這いになって歩く猿のような子どもだったが、成長するにつれて人間らしく振る舞えるようになった。

 やがて持ち前の美しさが奴隷商人の目に留まり、こうして攫われたわけである。

 湯浴みされ髪に櫛をあてられ真っ白なワンピースを着せられると、さながら砂漠に咲く一輪の花。

 

 ふふ。いくらで売れるかなあ、我。

 金持ちなら金持ちなほどいい。

 相手がど変態だったらしばき倒して下僕にすればいいだけだし、気楽なもんである。


 自分の番が来るまでの間、舞台の袖でほかの出品物が落札されていく様を眺める。

 金銭価値については把握しきれていないものの、数字の桁が大きくなるのは美術品ではなく武器や防具。

 あるいは、年季の入った古文書のたぐいが多かった。


 事前のリサーチによれば(大地の声に耳を傾けて得た情報もあるため正確ではないが)今いるエルカザードなる国は砂漠に点在する迷宮から発掘された『遺物』を解析することで、魔法技術を発展させてきたらしい。


 言われてみればちらほら、魔族や神々と戦った際に使われた道具がある。表面が錆びていたり装飾が欠けていたりと見る影もないが、当時に作られた品であれば人間にとっては価値があるのだろう。

 あんなゴミがぽんぽん売れるのだとしたら、圧倒的美少女となった我にはとんでもない値段がつくはずだ。


 内心でほくそ笑んでいると出番が来た。

 会場の用心棒らしき屈強な男が数人やってきて、檻ごと台車に積んで舞台に移動させる。

 小さくて軽いと運んでもらうのが楽でいいな。

 竜だったころは神々を運ぶ側だったし。


 起きあがり、ワンピースの裾をつまんでご挨拶。

 反応は上々。こういう振る舞いを難なくこなせるのは、人間の魂を持つがゆえか。

 母は歌姫だったらしいから、その資質が受け継がれているのかもしれない。


「ああ、なんて可愛らしいのでしょう! ぜひともうちの娼館で客を取らせたいわ!」

「いいや、儂が買うぞ! 成長すればぞっとするような美女になるだろうからなあ」

「妾にするか、侍従にするか。あるいは献上品として……」


 百万ドゥルからはじまり、一気に五百万まで跳ねあがる。

 会場のあちこちから数字を告げる声が響き、オークションは白熱していった。


 今のところ出品物でもっとも高値がついたのは、あらゆる攻撃を跳ね返す『リフレクト・シールド』と呼ばれる遺物。冒険者が迷宮で発掘したのちギルドに報告せずに持ち帰った、いわば無許可の盗掘品。

 等級にしてSS相当という触れこみで、落札額はなんと三億ドゥル。


 相当に貴重だとしても、所詮は道具。我ならもうちょい上を行くはずだ。

 五億とか? 

 ドゥルの相場はわからんが、城くらいは建てられそうだ。


 ところがである。

 千万ドゥルあたりで動きが鈍り、二千五十万という中途半端な額でぱったり止まってしまった。

 冗談じゃないぞ。我はたまらず、オークションに参加している連中に声を張りあげる。


「なんであんなゴミが三億で、我が二千五十万なのです!?」

「おおっとー。檻の中にいる出品物が異を唱えましたぞー」


 進行役の男が煽ってくる。

 乾いた笑いとともに、二千二百万という声があがった。


「だから安いっつうの! おかしくない? 我だよ?」

「モノには相場というのがあるのですよ、世間知らずのお嬢ちゃん。遺物は強大な効果が内に秘められているというだけでなく、その構造を解析することで莫大な富を生む。しかし君はただ可愛いだけ。二千二百万ドゥルであれば、お飾りとしては十分すぎる額でしょう」

「難しい話されてもわかんない! 誰か! 五億で我を買って!」


 またしても乾いた笑い。

 あからさまに馬鹿にされている。

 やがて最前列にいた豚のような男が、ため息まじりに言った。


「躾が足りないようですな。この場で喉を潰していただけるのなら、三千万出しましょう」

「ははは。実に魅力的な提案です。ほかにご希望のある方は?」

「両腕を切り落とすなら三千二百万!」

「さらに両足! 三千五百!」

「目と耳も追加! 四千万!」

「皆さーん、ここはオークション会場ですよー。市場ではありませーん」


 爆笑の渦。

 実に醜悪な余興だった。


 我慢ならない。ここまでコケにされたのは久々だ。

 人間の姿になったあとも、ゲスジゴクの力はしっかりと残っている。

 つまり檻なんてあってないようなもの。

 そして会場にいる連中をまとめて消しとばすのも、造作のないことだ。 


 しかしそこで、別の声があがった。

 

「なら俺が五億。そのお嬢さんを、傷ひとつなく寄越してくれたらな」


 しんと静まり返った。

 仮面で顔を隠しているが、黒髪が印象的な、長身の男。

 身にまとう空気は剣呑そのもので、怒りと不快感をあらわにしている。


「他にいないのか。じゃあ決まりだな」

「ええと……本当によろしいので? そもそもお支払いできるのですか? 見たところ代理人様のようですが、入札者様の許可を取られているかどうかも、一度ご確認したいのですが」

「そんなのは後にしろ。今はオークションを進めるほうが先決だろう」


 嘘をついている。誰が見てもわかった。

 会場に満ちるのは嘲笑うような空気。

 しかし我だけは、毅然と言い放つその態度に感銘を受けた。


 面白い! こういう男を待っていたのだ!

 たとえ一時しのぎの言葉だとしても、五億で落札すると言うのなら。

 示さねばなるまい。

 この身を得ることに、それだけの価値があるということを。


 鉄格子をひん曲げて檻から出る。

 誰もが驚愕する中、舞台袖に陳列してあった落札物に目を向ける。

 あらゆる攻撃を跳ね返す『遺物』か。

 しかし素手でぶん殴ると、たやすく粉々になった。

 

「見たか! 我のほうが強い!」 

 

 やったあとで、間違えたことに気づいた。

 人間の世界で必要なのは、強さではなく愛嬌。

 小動物のように生きていくと決めたばかりではないか。


 張り合ってどうすんねん。

 盾と。

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