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0ー1 悪逆竜の願い

新作になります。可愛い&バイオレンスな主人公をお楽しみください。


 はるか昔。地上に君臨していた魔族たちが、神々に反乱を起こした。

 巨人、悪魔、妖精、幽鬼。そして龍。

 天界を脅かすほどの力をつけた彼らに対抗すべく、母なる女神は『我』を作りだした。

 

 ――さあ、ゲスジゴク。

 ――すべての敵を滅ぼしてくるがよい。


 我は望まれるがままに爪牙を振るった。

 迫りくる軍勢を薙ぎ倒すごとに神々は感嘆の声を漏らし、強大な魔族の長を屠るたびに喝采の渦が巻き起こる。戦いこそがこの身に与えられた『役割』であり、勝利こそが存在証明なのだ。


 すべての敵を滅ぼしたあと。

 長きにわたる戦いによって傷ついていた我は、神々のもとに舞い戻った。

 褒めてもらえると思っていた。

 優しく迎え入れてもらえると信じていた。


「今すぐ地上に戻りなさい。あなたがいるせいで、皆が怯えています」

「は……?」

「そもそも休んでいいと誰が言いました。戦争が終わったあとでもやるべきことはあるのです。その身に宿している膨大な魔力は、荒廃した自然を回復させるために使いなさい。まったく考えなしに暴れるもんだから、草木の一本も残っていないじゃありませんか」


 唖然としている我を見て、女神は冷淡に告げた。


「強大な力を持つあなたは、平和になったこの世界に必要ありません。むしろ周囲にいる者たちの心を乱し、新たな火種を生むでしょう。ならばこそ残された命を大地に捧げ、新時代の礎を築く糧となるのです」

「つまり死ねというのか? 用はなくなったから、さっさと消えろと」

「魔族の軍勢を疲弊させたあとで華々しく散ってくれたらよかったのに、まさかすべて滅ぼしてしまうなんて。尻尾を振って戻ってこられても、正直なところ扱いに困ってしまいます」


 生まれたばかりで世間知らずだった我は、このときまで女神の冷淡さに気づいていなかった。

 いや、そうと告げられたあとでも、信じられずにいた。

 最初から捨て駒として用意された。

 利用するだけ利用して、感謝も愛情もなく、使い終わったらぽいと捨てるだけ。

 

 せめて、褒めてほしかった。

 努力を、認めてもらいたかった。


「泣いているのですか、ゲスジゴク。おぞましい化け物にすぎないあなたが同情を誘おうとしたところで、滑稽にしか見えませんよ。地上に戻るのが嫌だというのなら処分するしかありませんね。傷ついている今のあなたであれば、我らの敵ではないのですから」


 しかしそうはならなかった。

 母なる女神は、自らが生みだした『化け物』の力を侮っていたのだ。


 ――悪逆竜ゲスジゴク。

 神々が滅び去ったあとでもその名は残り、今なお畏怖の念をもって伝えられている。


 誰も知らない。

 本当の我を。

 その願いを。


 ◇


「ゲスジゴク様、ゲスジゴク様。どうか私めの言葉を、お聞きください」


 ――誰だ?

 名前を呼ばれたのは、千年ぶりのことだった。

 うす暗い洞窟の底で、ゆっくりと身を起こそうとする。

 

 寝起きだからか、動きが鈍くなっている。

 見れば青々と輝いていたはずの鱗は灰褐色の壁面と同化し、ほとんど朽ちかけていた。

 視界はぼんやりとしていて、眼下にいる小さな生き物の姿をうまく捉えることができない。


 すべての神々を滅ぼしたあと。

 我は残された力を振り絞って大地に恵みの息吹をもたらそうとした。

 癪ではあるが自然を荒廃させた責任の一端は己にあり、ならば後始末はしておくべきだと考えたのだ。


 その代償で身体の大半を失い、今や岩壁に鎮座する石像のようになっている。

 大地の声に耳を傾けて世界の様子を伺っていたころもあったが、最近は飽きて興味を失っていた。

 なんでも『人間』と呼ばれる種族が、魔族に代わり地上に君臨しているとのことだった。

 眼下にいる小さな生き物こそが、それに違いない。


「ゲスジゴク様、ゲスジゴク様。これは生贄でごさいます。どうかどうか私めに、偉大なあなた様のご加護をお授けください。千の魔族と神々を滅ぼしたその力を……」


 暗がりの中で目を凝らす。

 語りかけている人間は神々の男によく似ていた。

 しかしずっと小さく、弱そうに見える。


 傍にはやはり女神にそっくりの人間の雌がいて、地べたに転がってぐったりとしている。

 白い塗料で、魔法陣が描かれている。

 魔族の連中が使っていたようなやつだ。

 推測するに、最強の竜である我の力を借りようとしているのだろう。


「やめておけ。ろくなことがない」

「ひっ! まさか、本当に成功したのか!?」

「名前を呼んでおいてびびるな雑魚が。人間よ、なにゆえ力を求める」


 我を目覚めさせた男は平伏しながら答えた。


「復讐です。私めを追放した故郷のゴミどもに、報いを受けさせてやるのです」

「では見返りになにを捧げる。ちなみに我はめちゃくちゃでかいので、そんなちっさい生贄では腹の足しにもならん。あと竜だから肉を与えとけっていう安易さが気に食わないな。プレゼントを用意するなら相手の好みとかそーゆうの、事前に調べとくべきじゃない?」

「お言葉ですがゲスジゴク様。そこに転がっている娘は、公国一の美しさと讃えられている歌姫でございます。餌にするのがお望みでないならば、いっそ犯してしまうのはいかがでしょう」


 そう言ったあとで男ははっとしたような顔をする。


「人間ではなくトカゲの雌を用意すべきだったか!?」

「失格」


 我慢できずにべちょっと潰した。

 そーいう話ではないし、差別的な感情を隠そうともしないのが不快だった。


 残された生贄を見る。

 ……死にかけている。

 魔法陣に力を吸い取られたのだろう。

 我を目覚めさせるためだけにか。哀れな生き物である。

 かつての自分の姿が脳裏をよぎり、戯れに問いかける。


「お前の望みはなんだ?」

「誰ですか……? いえ、誰でもいいのです。どうか、お腹の子を……」


 ふむ。身籠っていたのか。

 しかし救えというのは無理な相談だ。

 母体と同様、生まれようとしている小さな命も死にかけている。

 いや――魔法陣の影響で崩れかけていて、もはや本来の形を成していない。

 事実を告げるべきか迷っていると、生贄の娘は言った。


「大丈夫大丈夫……。あなたはきっと、幸せになる。みんなに愛されて、毎日を楽しく過ごして。だから絶対、こんなところで諦めてはだめよ……」

 

 それきり、動かなくなった。


 ゲスジゴクはうんざりした。

 久々に目を覚ましたら、いきなりこんな胸糞悪いものを見せられるとは。

 魔族と神々が消え失せたあとも、世界は平和でも愉快でもないらしい。

 

 小さな命よ。お前は幸せにはなれない。

 みんなに愛されるどころか、誰とも出会うことなく。

 毎日を楽しく過ごすどころか、その前に暗い洞窟の底で死を迎えるのだ。

 

 だが、それでも諦めないというのなら。

 このおぞましく滑稽な『化け物』を、拒まぬというのなら。


「ともに歩もう。その願いは、我と同一のものであるがゆえに」

次から本編です!よろしくお願いします!

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