3ー1 狩る側と狩られる側
前半、第三者視点。後半からノア視点になります。
狩る側と狩られる側。
その境界は実に曖昧で、予期せぬきっかけでころっと変わったりするものだ。
自分が圧倒的優位に立っていると勘違いし、底なしの沼に誘いこまれることもある。
とくに相手が魔物ともなれば、どんな状況であっても油断してはいけない。
「兄貴、やばいですぜ。こっちはもう三人やられちまいました」
「おかげで時間を稼いでもらえたな。判断が遅いやつがいるとこういうときは助かる」
「ちくしょう! 聞いていた話と全然違うじゃねえかっ!」
「でけえ声出すな馬鹿。連中はまだ近くにいるんだぞ。お前らと違って昔は『それなり』の冒険者だったからわかるんだが、あの感じだとたぶん完全に撒くのは難しい。今こうやって一休みして体制を整えて、返り討ちにしてやる以外に生き残る方法はねえんだよ」
言ったあとでリーダーの男は、違法ポーションの瓶をぐいとあおる。
手の震えは止まった。
安酒を飲んだときのような酩酊感が全身を包みこみ、焦りや恐怖も和らいでいく。
生き残ったの冒険者くずれではなく、スラムで育った悪ガキだけ。
だから重度の中毒者であっても、魔物狩りの経験がある『兄貴』を頼るしかない。
状況は最悪だ。
俺はどこで間違った?
所属していた闇ギルドのアジトが潰されたときか?
現場にいた仲間はボスも含めて全滅。
マジックポーションの製造設備も、捕らえていたカクタシーも失った。
たまたま近くのオアシスに買いだしに出かけていた自分だけが生き残った。
翼の生えた小さな魔物がアジトのほうに飛んでいくのを見て、帰る途中で引き返したのは正解だった。
なんとなく寒気を覚えたのだ。
冒険者としての勘がまだ、残っているのだろう。
ただ重要なシノギのひとつを潰されて、ボスの『ボス』がブチギレて、生き残った俺になんとかしろと言ってきたのが問題だった。犯人は通りすがりの魔物で、たまたま運が悪かっただけだと説明しても納得しちゃくれねえ。
仕方がねえからスラムにいたガキどもを唆して仲間に引きこんで、新しいギルドを作って再出発だ。
幸いにもカクタシーの縄張りがどこにあるかは把握していたし、マジックポーションの作り方もコツさえ教えとけばすぐに覚えられる。あとは手足のちぎりかたとか目ん玉のくりぬき方とか、どうやったら連中に一番ストレスを与えられるかの工夫だけだ。
大丈夫。
老人をしばいて金を巻きあげるより、子どもをさらって売るより、ずっと楽で簡単だから。
女を犯すよりもずっと手間が少ないし、たとえるならそう、野菜の収穫みたいなもんさ。
騙したわけじゃねえよ。
本当に簡単だったんだよ。
カクタシーを狩るなんて、馬鹿でも中毒者でもできる仕事なんだって。
「今日はたまたま、ご機嫌斜めだったのかもな」
「呑気なこと言っている場合じゃないっすよ! ほら、やっぱり来ました!」
「なんか……様子がおかしくねえですか?」
背後から追いかけてくる群れを見て、悪ガキのひとりが言う。
おかしいと言えば最初からずっとそうだろうがよ。
お前らはあれが普通だと思っているのかもしれねえが、本来カクタシーってのはもっとおとなしくて鈍臭くて、間違っても向こうから襲いかかってくるような魔物じゃねえ。
よちよち近づいてきて、抱きかかえても暴れたりしない。
ナイフで刺されてようやく、間抜けな悲鳴をあげるようなサボテン君。
それがいったいどうした。あの動きは。
まるで迷宮の一角狼みてえに、頭の棘で喉をひと刺ししてきやがる。
血を吹いてばたばた倒れていった悪ガキどもを思いだし、ため息を吐く。
あのとき俺といっしょに逃げだしたふたりは、見どころがある。
仲間を即座に見捨てる冷徹さ。
臆病と言えなくはないが、パニックになりながらもいまだにリーダーである俺に従おうとする判断力。
この場を無事に切り抜けられたとしたら、いい手駒になってくれるかもしれない。
近づいてくるカクタシーの群れを見る。
緑色の、小さな子どもみてえな、弱っちい魔物。
なんでか荒ぶってんのは計算違いだったが、それでも危険度は一角狼と同程度。
生き残りのガキどもが囮になってくれさえすれば、俺ひとりでなんとか処理できる。
中毒者の利点は、違法ポーションをがぶ飲みしても気にしなくていいところだ。
合法品よりもいくらか効果が高く、連戦前提のときはその差が大きく影響する。
「合図を出すまで囮になってくれ。左右に分かれてくれりゃあ、その間に一匹ずつ俺が始末する。時間を稼げるようにお前らでも使えるような魔法道具を――」
くそ。説明している間にふたりとも逃げだしやがった。
またしても計算外だ。こうなったら俺だけでやるしかない。
だが、群れのほうをあらためて振り返って、ガキどもの判断のほうが正しかったと理解した。
思っていたより距離が離れている。
なぜそれに気づかなかったのかといえば、遠近感が狂っていたからだ。
カクタシーが。
でかすぎるせいで。
「様子がおかしいって……そういうことかよ」
こちらを追いかけながら巨大化していたのだ。
小さな子どもどころか、今や見上げるほどのサイズまで。
一匹一匹がそうだから、群れに詰められると巨大な緑色の壁がそそり立っているようだった。
どう考えたって異常だ。
おまけに悪夢はそれだけでは終わらない。
「ポポ。ポポ。にんげん。あそぼ。たのしい。あそぼ」
「ひい! 喋ったああ!」
悲鳴をあげた直後、丸太のような腕が伸びてきて、地べたに叩きつけられる。
顔を鼻血と砂で汚しながら、やみくもに攻撃魔法を放つ。
燃え盛る火の玉だ。
植物系の魔物ならひとたまりもない――はずだった。
「あつい。いたい。くるしい。あそぼ。もっとあそぼ。にんげん」
「ちくしょう……なんで平気なんだ!? やめ、やめろ!」
「なぐる。ちぎる。さす。たのしい。おしえてくれた。おまえ」
「ポポ。ポポ。きもちいい。いたくて。くるしくて。たのしいこと。しよう」
「かいふく。しよう。だからあそぼ。ずっとあそぼ」
「あっ……あっ……やめ、許し……」
びたん、びたんと叩きつけられる。
足が変な方向に曲がっている。なのに痛みを感じない。
棘が耳の中に入ってきて、ざわざわとした、くすぐったさが、押し寄せてきて。
ぷつんと、糸が切れるような音がした。
◇
「品種改良、大成功なのです」
リコッタ嬢はオペラグラス越しに眺めながら、満足そうに言った。
頭には日差しよけの麦わら帽子をかぶり、角だけぴょこんと表面から突き出ている。
フリルのついたタンクトップに、最近王都で流行中の帆布製のホットパンツ。
オアシス観光スタイルに身を包んだ彼女の横には、白衣で眼鏡の若い男。
「カクタシーを凶暴化させてどうするつもりなの」
「目的はとくにありません。強いて言うならば、彼らがなぜああも無害で愛らしくいられるのか理解したかったのです。その脆弱さゆえになにもできないだけなのか、それとも別の要因があるのか。蓋を開けてみればご覧のとおり。ストレスを与えられることが『快楽』だったのです」
「つまりコミュニケーションの一環だと勘違いしていたわけ? 人間たちの拷問を」
「だからほら、実に楽しそうに戯れあっているでしょう。我は凶暴化させたのではなく、相手と同程度に対話ができる程度まで能力を底上げしてあげただけなのです」
ノア・コーエンはため息を吐く。
この場において、彼女がジークではなく自分を選んだ理由はなんとなく理解できる。
――興味深い。
そう感じるような人間だからこそ、こんなお行儀の悪い遊びに付き合わせているのだ。
「ともあれこれでいっそう、カクタシーを狙う連中は減るだろうね」
「逆に危険な魔物として討伐される懸念はありますが。まあでもそんなことまで我が心配してあげる道理はございません。与えられた力をどう使うかは、それぞれの責任です」
「本当にただ遊んでいるだけなんだな、君は」
しかし上位者というのは良くも悪くも、そういう存在なのだろう。
おもちゃにされるのが嫌ならば、強くなるしかない。
この、得体が知れない化け物よりも。
「ジークもあれくらいのサイズにしたら楽しそうなのです」
「お願いだからやめて」
リコッタ嬢はクスクスと笑った。
冗談なのか本気なのかわからないところが、本当に怖い。




