2ー6 ね? ムカつくでしょう?
前半ジーク視点、後半ノア視点になります。
研究所を出たあとは本部に戻らず直帰した。
残念ながら調書と呼べるものを作れるほど情報は得られなかったし、不穏な予言を伝えるだけなら魔力式の通信機で十分だったからだ。
手がかりを得られるどころか謎は深まるばかり。
暗澹とした気分でいたものの、リビングで居眠りしているお嬢さんを目の当たりにしたら吹き飛んでしまった。
ソファの背もたれに足を乗っけて、逆さになった頭は今にも床にずり落ちてしまいそうだ。
角があるせいで重心が傾くのだろう。よいしょっと抱えあげたあと、正しい姿勢に戻してやる。
すーすーと穏やかな寝息。
ただ、突然ポポとかペフとか奇声をあげるときがあるので油断はできない。
こうして静かにしている姿を眺めていると、惚れ惚れするほど美少女である。
今のところは、砂漠の民の伝説にあるオアシスの眠り姫。
なのに起きるとなぜああも、残念な感じになるのだろう。
壁かけの時計に目を向けると午後四時。夕食の準備をするには早い。
眠り姫が起きる気配もないので、気晴らしに庭で剣の素振りをすることにした。
研究所でノアに襲われたときにふと気づいたのだ。
腕が鈍っているかもしれないと。
騎士として任務に携わっているものの、刃を交える相手は冒険者くずれの犯罪者やそれ以下のごろつきだ。近隣に危険な魔物が現れた際に討伐へ向かうこともあるとはいえ、大抵は優秀な仲間たちが後方で支援してくれている。
学生時代に迷宮の奥深くに潜っていたときは、たったひとりきりで複数の魔物を相手に、しかも絶対的に不利な状況下で戦わなければならないことも多かった。
自分の実力では倒せないような魔物と遭遇し、死にものぐるいで退散したことさえあった。
当時と比べればずいぶんとぬるい環境だ。
名声を得た今のほうが弱いかもしれない。その疑念は騎士にとって相当な恐怖である。
だから無心で剣を振るう。
初心を。
がむしゃらに高みを目指していた頃の自分を忘れないように。
ふうと息を吐くと、リコッタ嬢が稽古の様子を眺めていた。
……気に入らない。
闇オークションで売られていたときもそうだったが、まるで値踏みをしているようなまなざしである。
あるいは師が弟子の出来栄えを確認するときのような、高みからの見物。
「君も稽古してみるか? 予備の剣なら物置にある」
「お構いなく。銀のスプーンより重たい物は持ったことがありませんので」
「嘘をつけ。タクヤが言っていたぞ。自分なんて足元にもおよばない使い手だと」
あいつは最近メキメキと上達している。
その『きっかけ』を作ったのは間違いなくリコッタ嬢だ。
しかし得体の知れない少女は笑みを返すだけ。
こういうときだけ静かなのが、いっそう不気味に感じられる。
「ジーク様は強くなりたいのですね」
「そう見えるか」
「努力は認めます。理解しにくい価値観ですが」
そのあとで、珍しく真面目な顔でこう続ける。
「我は弱くなりたいのです」
「なぜだ?」
「でないとみんなに嫌われてしまうので」
ジークはちょっと考えてから言った。
「安心しろ。君が嫌われるとしたら別の理由だ」
「ひどくない?」
「たとえばその上から目線の言動とか、俺のプライドをいちいち逆撫でするところとか、他人をおもちゃにして平気な顔でいるところとか、怒られても反省しないところとか」
「ま、待って待って。あんまり言われると泣いちゃいます」
「自分の欠点を認められないのは『弱さ』だよ。大丈夫、君はそこまで強くはない」
「なるほど。お勉強になりました」
目を細め、剣を構える。
その切先は目の前の少女に向けられている。
「理由がわかれば納得はできる。嫌われたくないのであれば知ってもらう努力をしろ」
「七歳児相手にムキにならなくても」
「その言動がすでに七歳児ではないな。君の正体はあえて詮索しないでおくが、どれくらい強いのかは騎士として興味がある。俺より腕が立つのなら、上から目線でも腹は立たない」
「男の子ですねえ……。まあいいでしょう。どのみち今日は逃げられそうにありませんし」
リコッタ嬢はくいくいと手招きする。
「剣はいりません。我の悩みをきちんと理解してもらいたいので」
ジークは躊躇なく攻撃を仕掛けた。
丸腰の少女を相手に。本気で。殺すつもりで。
正気とは思えない。
だが、騎士としての直感がそうさせた。
なんなく弾かれる。力をまったく感じない、撫でるような手捌き。
身体強化の魔法を使う。天賦も惜しみなく発動させた。
効果はシンプルだ。身体強化を増幅させる。
常人が魔法によって三倍になるなら、さらに十倍、合わせて三十倍もの速さで動けるようになる。
しかし簡単にくるっと回された。
背中から地面に叩きつけられ、自分のものとは思えない無様なうめき声が漏れる。
リコッタ嬢がちょこんとしゃがみ、頬をつんつんと突いてくる。
「ね? ムカつくでしょう?」
確かに。
長年にわたり積みあげてきたプライドが、粉々に砕かれてしまったのだから当然だ。
弱くなりたい、か。
実に腹立たしいが、同時に彼女の悩みを正しく理解できたような気はする。
「……動いたら腹が減ったな。今日はなにが食べたい?」
「リコッタ・パンケーキ」
「それなら外食したほうが早い。出かけるか、たまには」
「ジークだいすき! こういうご褒美があるならぶちのめしてみるもんですね」
「やめてくれ」
口ではそう言うものの、不思議と清々しい気分だった。
嫌いになるどころか、少し感謝している。
がむしゃらに高みを目指していたころの自分を、思いだすことができたからだ。
◇
深夜。王都魔法生物研究所。
ノア・コーエンはいつものように泊まりこみで研究に没頭していた。
焦りがある。限界を感じている。
――遺物。
かつてこの世界に存在した魔族や、神々の技術。
彼らの叡智に比べれば、人間が作りだした技術なんておままごとにすぎない。
こういう話が囁かれている。
エルカザードの魔法技術の発展が、鈍化しつつあると。
そう遠くない未来、冒険者産業は破綻すると。
長い歴史の中で、迷宮から発掘された遺物という『拾い物』を解析することで発展してきたツケである。
近隣の砂漠に点在する迷宮はあらかた攻略し尽くされ、手つかずのまま残されているのは強大な魔物が跋扈する最下層か、そもそも入り口付近ですら容易に立ち入れない高難易度の場所のみ。
個々の練度を上げるだけでは攻略が追いつかず、未帰還者は増える一方。
危険が少なく狩り尽くされていない迷宮は、同業者で溢れ全員が等しく損をしている。
最近では奪い合いによる、死傷者まで出ているという。
冒険者が失業者になれば、エルカザードの治安はますます悪くなる。
それを阻止するためには全体の戦力を底上げ。新たな技術による革新が急務である。
しかし天才といえど所詮は人間。
知識にも技術にも限界があり、いつまで経っても古代の先人の背中に追いつけない。
鬱屈は溜まるばかりだ。
ポポポ。
ラボの奥からカクタシーの鳴き声が響いてくる。
彼らが夜中に活動するのは珍しい。念のため、様子を見にいく。
すると思いがけない光景に出くわした。
少女。
淡い紫色の髪。二本の角。
背丈はカクタシーとそう変わらず、群れの中央で円陣を組むようにして取り囲まれている。
緑色の小さな魔物たちは平伏し、さながら女王を讃えるように祈りを捧げている。
ノアは唖然とし、しばらく檻の前で呆けていた。
研究に没頭しているうちに眠りこけて、夢でも見ているのだろうか。
「ごきげんよう」
「君は……ジークのところにいるお嬢さんだね。噂で聞いた特徴と一致している」
「違うのです。我、サボテンの精霊なり」
「まあ、別に誰だって構わないさ。こんなところでなにをしているんだい」
「ご覧のとおり親交を深めています」
「信仰ではなくて?」
「神様は嫌いなのです。もちろん、そう扱われるのも」
謎めいた少女――リコッタ嬢はふいになにかを投げてくる。
柵の隙間から、ひょいっと受け取る。
銀色の、小さな包み。
「お近づきの印に。中身はグミ」
「変な薬物とか入ってないよね?」
「庭に生えていた雑草のエキスなら」
「ゴミじゃん」
「そうでもないのです。現行のマジックポーションよりは効果が高いはずなので。もちろんカクタシー由来ではなく、エルカザードのご家庭ならどこでも育てられる植物を使用しています」
は? この子はなにを言っているんだ?
さっきから普通に喋っているけど、あきらかに異常な状況。
普段なら絶対、こんな得体の知れないものなんて口にしない。
しかし今は現実感がないせいか、興味本気で試してしまう。
――どくん。
異変はすぐに現れた。
全身から活力が湧きあがり、視界がクリアになっていく。
頭がすうっと冴えてきて、眠気が一気に吹っ飛んだ。
「ミント味……」
「あの雑草、そういう名前なのですね。品種改良したので風味が良くなっているのかも」
「いやそれよりも! なんなのこの力っ!」
少女は優しげに笑う
この世のものとは思えない、神秘的で、邪悪な姿。
「ではでは。ごきげんよう」
「待ってくれ! 君は……」
はっとして目を覚ます。
やはり夢か。疲れているとしか思えない。
しかし研究レポートの上に置かれているものを見て、うめき声を漏らしてしまう。
中身のない、銀色の包み紙。
◇
その日ノア・コーエンは、研究者としてのプライドを粉々に砕かれた。
とはいえそれは、長い長い苦難の幕開けにすぎない。
かつての相棒ジークと同じように。
彼もまた、リコッタ嬢のお遊びに付き合わされることになるのだから。
次から第三話スタートです。
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