11ー7 ジーク様パワーアップ計画(3)
エルカザードにおいては、魔力の影響を受けて変異した生物を『魔物』と定義している。
地脈の乱れによって高濃度の魔力を浴び続けた結果、その刺激によって心身が活性化し、砂漠に住む魔物が強大になりつつあるのではないかと、危惧している研究者もいる。
では、人間の場合はどうだろう。
一説によるとエルフやトロル、砂漠に住む雑多な獣人たちは、魔力を浴びて変異した人間なのではないかと言われている。
リコッタ嬢いわく、人間は他の生物よりも〝染まりやすい〟のだという。
自然環境の影響を受けて。
あるいは魔法や魔道具を使い続けることで。
さらなる可能性を、開花させていく――。
たとえば、天賦がそうだ。
冒険者が死地に瀕したとき、ごく稀に発現させる異能。
魔法とよく似ているが、まったく別の原理によって働く力。
ときには古の時代に神々ですら成し得なかった奇跡を、この世に顕現させることさえある。
「エクスカリバーはジークにとって最強の武器となりえます。しかしそれよりも重要なのは、無尽蔵な体力回復を前提とした〝鍛錬〟が可能になることです」
「地脈の乱れによって高濃度の魔力が満ちた環境で、心身の活性化を図りながら強大な魔物と戦い続ける。蘇生と身体強化の増幅を維持しながら、自らが持つ天賦を磨きあげていく……ざっとこんな感じか」
「理解が早くて助かりますねえ。上手くいけばエクスカリバーがなくても、ある程度の時間その状態を維持できるようになるでしょう。とっておきの切り札を同時に使い、それがただの手段に成り下がるまで身体を慣らしていく。言葉にするのは簡単ですが、たぶんめちゃくちゃしんどいはずです」
めちゃくちゃしんどい――どころではなかった。
無尽蔵の体力回復があるとはいえ、不死身というわけではない。
集中を切らして天賦を維持できなくなれば、その時点で終わり。
念じて発動することから、頭を飛ばされた場合も蘇生は発動できないはずだ。
クリスタルシザーズは、三十倍の速度をもってしても同格以上の相手だった。
戦いはじめてすぐに痛烈な一撃を浴びた。
とっさに左腕を出して鎌の軌道をずらし、上半身と下半身をバラバラにされるのを防ぐ。
しかし衝撃は相殺できず、贓物を撒き散らしながら地べたをごろごろと転がる。
激痛。
一瞬だけ意識を失いかけるも歯を食いしばって耐え、蘇生の天賦を発動させる。
その間に、敵の追撃が迫る。
「うっ……があああっ!」
ギリギリ間に合った。胴体の傷を塞ぎながら、今度は膝を使ってガードする。
骨ごと砕かれるが、あとで治せばいいだけだ。
加速。
再びごろごろと転がりながら、その勢いを使って片足で立ちあがる。
わかってきたぞ。
肉を切らせて骨を断つ。
タクヤが前に話していた、東の島国の戦法だ。
砕かれた膝を再生させたあと、息を整えて、エクスカリバーを構える。
洞窟の暗がりの中で、刀身がうっすらと輝きを帯びている。
リコッタ嬢が拾ってきた遺物だけはある。
無尽蔵の体力回復が約束してくれるのは、勝利ではない。
「ギギ……ギギギッ!」
「悪いが、最後まで付き合ってもらうぞ」
俺の修行に。
すなわち、終わりなき『地獄』に。
◇
刃を交えていると、時の流れが粘りつくように鈍化することがあった。
俯瞰で眺めているかのように視野が広くなり、暗がりの中でも攻撃の軌道がよく見える。五感が鋭さを増していき、周囲に飛び散った血や肉片の臭い、自分と魔物の息遣い、全身の毛穴にいたるまでの感覚が――破壊と再生を繰り返すごとに、鮮明になっていく。
脳裏に蘇るのは、タクヤと稽古していたときのサリナの姿だ。
格上の相手に怯むことなく、地べたに転がされてもすぐに立ちあがり、なんとしてでも一矢報いてやろうとする気迫。がむしゃらに努力し、挫折を味わいながらも順応し、今の自分に決して満足せず、さらなる高みを目指している。
一方のジークは、最強と言われながらも自分の限界を感じていた。
幼い頃から修練に励み、冒険者として数えきれないほどの死線を潜り抜け、生まれもった才能を磨き続けてきたがゆえに、もはや努力でどうにかできる領域を越えてしまっていると、自覚していたからである。
だからあのとき、羨ましいと思ったのだ。
それは、鍛錬に励むタクヤを見ているときもそうだった。
彼らは未熟であるがゆえに、まだ見ぬ『可能性』がある。
……ふざけんじゃねえぞ。ジークフリード・ジフレッド。
惰弱にもほどがある。
知らず知らずのうちに、できない理由を並べていたとは。
リコッタ嬢はそういう甘えた根性を見抜き、この地獄をお膳立てしてくれた。
今となっては崖から突き落としてくれたことにすら、感謝している。
見守られながら戦っていたら、限界なんて超えられるわけがない。
俺の『可能性』を。あのお嬢さんは。
俺以上に、信じてくれている。
◇
ジークは気づいていなかった。
自らが、人の道から外れつつあることに。
ドーピングも秘孔を突くもなし。
だとしてもこの修行は、肉体そのものを作り替えている。
切り飛ばされ、へし折られ、潰され、焼き切れるたびに。
高濃度の魔力を取りこみ、天賦によって、より強靭に再生していく。
三十倍の速度で繰り広げられる剣戟に、脳髄と神経が悲鳴をあげながら、順応しようとする。
情報の伝達がスムーズになり、光速の世界に思考が最適化されていく。
「ギアアアアアッ!」
クリスタルシザーズの頭を刎ね飛ばしたとき、ジークは意識を失いかけていた。
洞窟に響き渡る断末魔によって、ようやく我に返ったくらいである。
エクスカリバーを地べたに突き刺し、最初に考えたことは――。
(腹が減ったし、この辺でおやつにするか)
そう、ジークは気づいていなかった。
自らが、リコッタ嬢に似てきたことに。




