11ー8 ジーク様パワーアップ計画(4)
無尽蔵の体力回復があるといっても、空腹や疲労は相殺しきれないらしい。
ぶっ続けで蘇生と身体強化の増幅を維持した結果、ジークは立っているのもやっとなほど憔悴していた。
とくに戦闘中フル回転させていた脳の消耗が激しい。
となれば、まずは糖分補給である。
背嚢を漁り、こういうときのために準備しておいた携行食を取りだす。
なんとも見覚えのある、ウエハースの束。
リコッタ嬢がおまけの冒険者カード欲しさに買いまくるせいで、毎日うんざりするほど食わされている。しかし肉体に蓄えていたエネルギーの最後の一滴まで絞り尽くしたような今の状態では、一口かじるだけで思わず恍惚としてしまうほどの、極上の甘美となりうるのだった。
ばりばりもしゃもしゃ。
意識がはっきりとしてくると、地獄を乗り越えたことに対しての達成感が押し寄せてくる。
騎士団が合同であたってどうにか倒せるレベルの、等級SSの強敵を単騎で撃破したのだ。これまで何度も偉業を達成してきたジークではあるが、今回の挑戦は群を抜いている。
冒険者ギルドに報告しても、信じてもらえないかもしれない。
それくらい、常識はずれのことをやってのけた。
だが――暗がりの先へ進んでいくと、ジークはまたしても自らの無力を思い知らされることになった。
洞窟のあちこちに散らばる、魔物の残骸。
化け物じみた強さを誇るはずの存在が、為すすべもなく蹂躙され、無惨な姿に変わり果てている。
しかも彼らは『群れ』だった。
それでもまったく、歯が立たなかった。
リコッタ・パンケーキ嬢。
いや、今は【黒獄竜姫】と呼ぶべきか。
本気を出した彼女の実力がどれほどのものかは、理解しているつもりだった。
ミスリル級冒険者のパーティーをくしゃみで全滅させ、アダマン級のシグムンドを軽くあしらい、深層に潜む魔物を単騎で全滅させる――だから等級SSの群れを引き連れたまま洞窟の奥に消えていっても、力負けすることはないだろうと考えていた。
だが、実際にその強さの片鱗を目の当たりにすると、さすがのジークも寒気がしてしまう。
忘れかけていた常識的な感覚が蘇り、あらためてそんな存在と一緒に暮らすことの恐ろしさを実感する。
相手は些細なきっかけで、王都を灰に変えることができるような『化け物』だ。
人間の社会に馴染ませようだなんて、正気の沙汰じゃない。
おまけにその〝些細なきっかけ〟は、思ってたよりも早くやってきた。
洞窟の袋小路。
ジークはようやく、リコッタ嬢の姿を見つけることができた。
合流できたことに安堵の息を吐き、すぐさま駆け寄ろうとする。
だが途中で違和感を覚え、足を止める。
クリスタルシザースとの戦闘で研ぎ澄まされていた感覚が、糖分補給による休憩を挟んだあともわずかに残っていたことが幸いした。
思考するよりも早く、エクスカリバーを構える。
直後、凄まじい勢いの炎風が頭上をかすめる。
とっさに身をかがめたことで、直撃は避けられた。
しかし熱を帯びた空気を吸い、肺の内側が焼き焦げてしまう。
ジークは蘇生の天賦を発動し、続けて身体強化の魔法を増幅させる。
(攻撃された……まさか、正気を失っているのか!?)
暗がりの先で、真っ赤なふたつの点が輝いている。
魔物化が進んで理性を失ったのか。
それとも単に味方だと気づいていないか。
いずれにせよ、彼女はこちらを『敵』として認識しているようだった。
真っ向からやりあって止められるとは思えないが、今はほかに選択肢がない。
しかし三十倍に増幅した身体強化をもってしても、本気を出したリコッタ嬢の動きを捉えることはできなかった。一瞬にして間合いを詰められ、強烈な拳の一撃をお見舞いされてしまう。
全身の骨が砕け、内臓が攪拌される。
ほとんど昇天しかけたが、ぎりぎりのところで意識を取り戻し蘇生の天賦を発動させる。
再び剣を構えようとして、ジークは絶望した。
――刀身が、ぽっきり折れている。
頼みの綱のエクスカリバー。
彼女が拾ってきたものだから非難する謂れはないが、さっそくへし折られてしまうとは。
折れてもかすかに効果は残っていたようで、さきほど用いた蘇生の代償は相殺できた。しかし次はなさそうだし、あとは自力でどうにかするしかない。
ジークはいったん大きく息を吸い、覚悟を決める。
こんな『道具』に頼っていては、限界を越えたことにはならない。
そう言いたいわけだな? リコッタ嬢。




