11ー4 いざ洞窟の先へ
リコッタ嬢視点になります。
オアシスを出て目的地に向かう道すがら、リコッタ嬢はいつになく上機嫌だった。
インテリジェンス・ウェポン制作の予行練習が、思いのほか上手くいったからである。
媒介に魂が定着せず、崩れてしまう可能性もあった。
しかし自我こそ希薄ではあるものの知性はかすかに宿っているし、吸いこまれた人間の魔力や能力が道具に反映されるという、思わぬ副次効果も確認できた。
――我の能力をもってしても気配を察知できない。
――罠にかかったはずなのに姿が見当たらない。
おかしいとは感じていたが、あの男の天賦によるものだったらしい。
その魂を宿したことで、ナイフにもばっちり能力が付与されている。
柄を握って念じれば、『存在そのものを認識させない』効果が発動するのだ。
沐浴から戻る前にあれこれ試したみたけど、めっちゃ面白かった。認識されないのをいいことに、屋台のおっさんの頭から残り少ない毛髪を抜いたりした。
隠密魔法の上位互換となれば、狙撃手にもってこいの魔道具。
いっそこれをそのまま、サリナに渡してもいいくらいである。
ただ自我が希薄なぶん、インテリジェンス・ウェポンの持ち味である自動反撃や回避は期待できないし、そこそこの魔道具では媒介としての耐久性に難があるようだった。
天賦の発動はとくに負担がかかるらしい。たった数回の発動で相当に消耗していたし、あと一回か二回使えばナイフごと瓦解してしまうかもしれない。
よって、本番で使う媒介には相応の品質が求められる。
なるべく等級の高い魔物を狩り、その素材を用いて、高強度の『器』を作らなければならないわけだ。
「ジークは目的地についてどこまで知っています?」
「ほとんどなにも。自然にできた洞窟ってことくらいだな」
「いわゆる【秘境】と呼ばれる場所ですね。エルカザードは迷宮がたくさんあるのでその必要はありませんが……他の地域の冒険者は洞窟や密林の奥深くを探索して鉱石や薬草を採取したり、魔物から素材を剥ぎ取ったりして生計を立てているらしいですよ」
「騎士だって王都の近隣に出没した魔物を討伐するだけで、地下に引きこもっているやつのところまでわざわざ喧嘩を売りにいかないからな。正直なところあまり馴染みがない場所だ」
そんなわけでエルカザードにおいて、秘境を探索する者はほとんどいない。
だからこそ、穴場になりうる。
洞窟の奥深くに潜んでいて、地表には滅多に姿を現さない強大な魔物。
そういう連中にちょっかいをかけにいくのが、今回の修行プランだ。
「向こうからしたら俺たちのほうが悪者だな」
「良心が咎めますか? しかしご安心ください。ノアから詳細な資料をもらって、潜在的脅威になりうる種族のみを選定しています。最近になって砂漠の魔物が活性化していることは知っていますよね? 地表に出てきて暴れだす前に、あらかじめ狩っておくわけです」
「研究所も絡んでいるとは、根回しもばっちりということか」
「ちなみに調査費も出ますよ。鍛えるついでにガッポガッポなのです」
ジークは露骨にため息を吐く。
リコッタ嬢はそれを無視して、説明を続ける。
「せっかくですから砂漠の魔物が活性化している原因についても話しておきましょう。迷宮は存在しているだけで周囲の魔力を消費したり放出したりするので、専門家が言うところの〝地脈の乱れ〟を発生させてしまうのです。長い年月の間にその乱れが常態化したことで影響は緩やかになっていきましたが、一年前の【第二局面】によって再び流れに異変が生じてしまったため、地下に潜んでいた連中はそれに刺激されて暴れている、というのが大体の状況です」
そこでちょうど、洞窟の入り口が見えてくる。
砂漠の太陽を浴びて黄金色に輝く砂丘に、ぽっかりと空いた黒々とした大穴。
「王都魔法生物研究所の調査によると、変動の影響によって発生した〝地脈の乱れ〟の中でもっとも大規模な歪みが発生しているのが、これから向かう洞窟らしいのです。つまり内部には活性化している魔物がうようよ。素材も選び放題」
「今さら臆するつもりはないが、本当に俺だけで狩るのか」
「さすがに危なくなったら手を貸しますけど、なるべくひとりで頑張ってください。ギリギリの状況で己の限界をぶち破ってこその修行ですから」
ちなみにアンドレは入り口に置いていく。
エアリアルバードは賢いので、自分で獲物を狩ったりしながら外で待っていてくれるらしい。
鞍に吊るしておいた背嚢をジークに持たせたあと、暗がりの先に向かって歩を進める。
秘境が冒険者に忌避されるもっとも大きな理由は、道が存在しないことだろう。
様々な仕掛けやトラップで侵入者を阻むといえど、迷宮は人工的に作られた建造物なので、人が歩けるほどの通路はある。
しかし自然の産物である洞窟はそこまで親切に設計されていない。
狭い亀裂に身体を捩じこんで進んだり、岩場に杭を打ちこんで崖を降りていったりすることになる。
おかげでほんのわずかな距離を進むだけで、何時間もかかる場合がある。
久々にハードなアウトドアを体験して、疲労困憊している様子のジークに話しかける。
「これぞ冒険! これぞ修行! って感じがしませんか」
「騎士団の仕事で鈍っていた俺にはちょうどいいかもな。今のところあまり楽しくはないが」
「我はワクワクしていますけどねえ。あ、ほら。この崖のちょうど真下」
「なにかあるのか?」
リコッタ嬢は、暗闇の底にたいまつを向ける。
すると、ジークの顔が珍しく緊張でこわばった。
「笑えるくらいうよいよいるのです。やばそうな魔物」
「冗談だろ……。ほとんどが等級S S以上じゃないか。騎士団が総出で討伐しなきゃならんような連中が群れをなしているだなんて、砂漠の地下ってのは俺たちが想像している以上の地獄だな」
「こんなに揃うのも地脈の乱れとやらの影響なんですかねえ。ランバージャック、クリスタルシザーズ、テンペストワームにゴールデンウーズ。激レアな素材を採取できそうな希少種ばかりですけど、同時にぜんぶを相手するのは厳しそうです」
「いったん引き返して別のスポットを探そう。修行どころか全滅もありえる」
「そのほうが無難かも……あ、待って」
くしゃみが出そう。
我ってこの身体で火を吹いたりするから、呼吸器系がデリケートなんよな。
とっさに口もとを手で押さえたら、持っていたたいまつを落としそうになった。
隣にいたジークが慌ててそれをつかむ。ナイス反射神経。
ほっとしたのも束の間、
「――べっくし! あ、ごめ」
「おま」
謝るよりも先に手を伸ばすべきだった。
崖下にダイブしようとしている、相手の身体に。
「どあああああああああああああっ!」
「おおおお……」
洞窟に響き渡る悲鳴。
リコッタ嬢は暗がりの底に消えていく背中を、眺めることしかできない。
やばい。
うっかり突き落としてしまった。
ジークを。
等級SS以上の魔物の『群れ』に。




