11ー2 ブルークレセント
第三者視点になります。
砂漠の北東に位置するそのオアシスは、現地の民の間では【ブルークレセント】と呼ばれている。中心にある湖が、ちょうど三日月のような形をしているからである。
付近には農地があり、辺境の都市と同程度には栄えている。
市場や宿、酒場も存在し、名物として知られているのは、湖で獲れた魚をトマトとスパイスで炒めた鍋料理である。
ただエルカザードの民の口には合わないらしく、大抵の旅人はスイカジュースやサンドコカトリスの串焼きを頼む。
そんな中、クセの強い鍋料理をガツガツと食べ続ける紫髪の幼女はよく目立った。
頭に生えた二本の角。鋭い牙。
なにより、獣人とは思えない可憐な顔立ち。
その横で呆れたような顔をしている、黒髪長身の男。
身分を悟られたくないのかストールで口元を隠しているものの、王都の事情に詳しい者が見れば、筆頭騎士ジークフリード・ジフレッドだとすぐに察しがついてしまう。
店の前に立派なエアリアルバードが縄で繋がれているとなれば、なおさらだ。
王都以上に治安の悪いオアシスにおいて、身なりのいい旅人はスリや強盗にとって格好の標的である。
しかしさすがに、筆頭騎士と知りながら狙うような馬鹿はいない。なのでふたりはいったん目的を忘れ、気の向くままに観光を満喫することができた。
――表向きは。
◇
ジークはともかく、リコッタ嬢は知らなかった。
ここからちょっと東へ行ったところにエルカザードでも最大級の規模を誇るオアシスがあり、その巨大都市を統治しているのがロン・ククルカンであることを。
そう、ルーンとフィガロの故郷である。
ブルークレセントは古くからククルカン一族の支配下に置かれていて、とくにルーンは若者たちの間で絶大な人気を誇っていた。
美しく気高く、なにより恐ろしいほど強い族長の娘だ。
結婚したいと思うのは当然である。
しかし今から一年ほど前、王都で冒険者をしていた彼女がお目付け役のフィガロとともに故郷に戻ってきた。
当初は突然の里帰りを誰もが喜んだが、修行をすると言ったきり公式の場に姿を見せなくなると、いったいなにがあったのかと訝しむ者が増えていった。
決闘で負けたらしい。エルカザードの男に。
そのときに、ひどい屈辱を受けたらしい。
ルーンちゃんが!?
許せねえ……。絶対に、ぶっ殺してやる!
どこのどいつだよ。オレたちの姫に、屈辱……?
くそ! 想像しちまったじゃねえか!
しかしいったい誰が……。
可愛いって言っても剣聖だぞ。
フィガロの旦那だって手を焼いていたじゃねえか。
それがよお、泣きながら名前をぶつぶつ呟いていたんだって。
オレの兄貴の友達の親戚の家の、近所に住んでいる兄ちゃんが言っていたからマジの話だよ。
――ジークフリード・ジフレッド。
◇
「やめておけ。お前が勝てる相手じゃねえって」
「しかし兄者。姫を手篭めにしたようなクズですぜ!?」
「噂を真に受けるなっつうの。それにクズっつうたら、オレらだって大差ねえだろうが」
ブルークレセントの場末。旅人はまず近づかないようなガラの悪い酒場で、パロロ兄弟はくだを巻いていた。
ふたりはククルカン一族の中でも屈指の実力者だったが、素行の悪さが災いして族長から見放されている。
王都からきた旅人を襲って金品を奪ったあと、男は殺して魔物の餌にして、女はさんざん遊んでやったあとでやっぱり魔物の餌にして、子どもは奴隷商人に売り飛ばすという手口を繰り返していたからである。
兄のコンは冷静だったものの、弟のホンは完全にタガが外れていた。
田舎の、腕っぷしに自信を持った悪童ゆえの、蛮勇である。
オレなら勝てる。筆頭騎士だろうがなんだろうが血祭りにあげたあと、全身の皮を剥いで姫に献上してやる。
ところがである。寝込みを襲うつもりで宿に入ろうとする姿を眺めたところで、計画を変更することにした。
やべえ、なんかすっげえ強そう。
背が高いし、強そうなダチョウ連れているし。
ただ兄に『やる』と息巻いた手前、途中で怖気づいて帰るのもダサすぎて無理だった。
そこで目をつけたのが、一緒にいる獣人の幼女である。
ちっちゃいし弱そう。
あのガキを攫って人質にすれば、無抵抗の騎士様をボコボコにできるのではないか。




