10ー6 人間、やめたくないですか?
リコッタ→ジーク視点になります
「週末の予定は空いていますよね? 素材狩りに行くのです」
「例の魔道具作りか。俺はてっきり、サリナ君とふたりだけでやるのかと」
「それなりにやばめな獲物も狙うので、ジークくらいの強さがないと厳しいのです。むしろ親子水入らずですよ。家族サービスのお出かけですよ」
「つまり彼女はお留守番か。あと俺をパパにするな」
ジークはふんと鼻を鳴らし、部屋の隅っこにかけてあった砂漠の地図を広げはじめる。
……断るつもりはないというか、すでにノリノリだなこいつ。
リコッタ嬢は貴重な素材がありそうな場所にチェックを入れはじめる保護者を尻目に、説明を続けた。
「我たちが出かけている間、サリナちゃんにはシグムンドの養成塾に通ってもらいます。ジークに稽古をつけてもらう手もあったのですが、それだとちょっと実力差がありすぎますし、素材狩りの都合でしばらく独り占めしたかったので。ならば、師匠筋をあたるのがちょうどいいかと思いまして」
「なるほど。君なりにちゃんと考えているんだな」
「ふっふっふ。見直しましたか。最近になって中堅以上の冒険者を扱うハイエンドクラスができたらしいですし、塾のほうでも若手の有望株を育成するという意味ではありがたいはずです。ちなみに今回の旅の目的は、もうひとつあります」
リコッタ嬢は得意げに、筆頭騎士様の鼻先に指を当てる。
相手はむっとしたようだが、話を聞けばもっと不機嫌になるはずだ。
「ジーク様パワーアップ計画なのです」
「俺を? 鍛えるつもりか? 君が?」
「だって弱いじゃん。忘れたとは言わせませんよ、お茶会をドタキャンしたこと」
「……ぐっ」
「仕事だから仕方ないだろ、と言い訳するおつもりならどうぞ。真っ当な理由があるにせよ、等級SS程度の魔物なんぞちゃちゃっと片付けて王宮に馳せ参じるべきだったのでは。あの場にジークがいればマルローネちゃんが血反吐にまみれなくても亡霊に対処できましたし、なにより我を野放しにして禁呪古文書を書庫から持ちだされることもなかったのです。自らの無能と監督不行届きを棚上げして、よくもまあ説教できましたね」
ジークを見る。
うーん、たまらない。
無力感と後悔と、幼女に言い負かされる屈辱に耐えているときの表情。
こうやって完全にわからせて屈服させるのも悪くないが、できればこの男には我の保護者として引っ張ってくれるような立場にまで成長してもらいたいのだ。
そのほうが怠けられて楽だしな。
あくまで目標は甘やかされて楽ちん生活なのだから。
「なので素材狩りついでにレベル上げです。目指すは等級SSを単騎撃破」
「無茶を言うな。騎士団が合同でやっとの強さだぞ」
「じゃあ一生このままでいればいいのです。我は隣でずっと『ざぁこ♡ざぁこ♡』と罵りますが」
すっげえ嫌そうな顔をされた。
そこでとどめとばかりに、相手の耳元に囁きかける。
「人間、やめたくないですか?」
「君のお仲間になるつもりはないが……今のままでは限界があることも事実だ」
「素直なお返事よろしいのです。安心してください、ドーピングも秘孔もなしでいきますから」
リコッタ嬢はジークの膝にちょこんと座り、砂漠の地図のなにもないところを指で示す。
「我が授けるのは知識のみ。すなわち、努力するための手段なのです」
◇
週末。
ジークはリコッタ嬢とともに、王都の東門を出て砂漠に向かった。
彼女は『親子水入らず』と言っていたが、実はもうひとり同伴者がいる。
いや、一匹と言うべきか。
「お馬さんもいいですが、やはりエルカザードの騎士といえばダチョウですね。ずいぶんと乗り慣れているようですけど、お付き合いはけっこう長いのですか?」
「筆頭騎士になってからだから、四年かそこらだな。あといくら君でもアンドレをダチョウ呼ばわりするのは許さん。この子は【エアリエルバード】と呼ばれる魔物で、王都のレースで無敗記録を持つジョナサン号と砂漠の星と呼ばれたマドンナ号を親に持つ由緒正しきサラブレッドの――」
「いきなり早口じゃん。そういうとこしっかり男子ですよね、ジークも」
ケラケラと笑われてしまった。
ジークが鞍にまたがって手綱を握り、その懐にリコッタ嬢が潜りこんでいるというポジションなので、アンドレの背が揺れるたびに彼女の角が腕に当たる。
ただそれ以外は安定しており、騎士団の厩舎から出すように手配しておいてよかったとつくづく感じた。
エアリアルバードは華奢な見ためからは想像がつかないほど力持ちで暑さに強く、ラクダのようにスタミナもある。
荷物をたくさん積んでもへばらないし、いざというときは疾風のごとき速さで砂漠を駆け抜けることができるのだ。
難点は、エサ代がかかりすぎるくらいだろう。
「アンドレはジークのこと好きです? ほうほう、そんなでもないって」
「適当なことぶっこきやがって」
「お呼びがかかるのは危険な任務ばかり。普段お世話してくれるのは厩舎のおねーさんだし、たまに顔だけ見せて飼い主気取りされても『はあ』って感じ。マルローネちゃんは毎日自分とこのバードへ挨拶に行って、休日は一緒にオアシスへ連れていってくれるのになあ、ですって」
「なんだその情報。まさか君は本当に、アンドレの言葉がわかるのか」
「どうでしょうねえ。とりあえず、女性はもうちょい丁重に扱うべきなのでは?」
その言葉に、ジークは推し黙るほかない。
雌だと伝えていないのに断定していることからしても、リコッタ嬢が魔物と会話できると考えておいたほうがよさそうだ。
エアリアルバードは賢い種族だし、彼女が〝そちら側〟に近い存在であれば、決してありえない話ではない。
出会ってから一年以上になるが、いまだに驚かされることばかりだ。
「考えてみれば、君と王都の外へ出かけるのも初めてか」
「だから楽しみましょう。その上で、己の限界を越えればいいのです」
これにて第10話完結になります。次からしばらくジークと二人旅になります。
ちなみに今回でちょうど100話。引き続きお楽しみください。




