第189話 小国レジデント③
黒服の剣士は誰の目にも留まっていた。異様な出で立ちをしていから、ではない。民衆も王族もジュンさえも、見向きもせずにほっつき歩いては、頭も下げずに前を堂々と歩きそして戻り、やっとこさ止まったのは波打ち際、汀線。
更には、その場で糸を垂らした。あろうことか、自分勝手に釣りを始めようとしているのだ。
誰もが『??』状態だったのは言うまでもない。礼儀を欠いているどころの話ではない。モウリ配下の者達は特に怒り心頭だ。
その中で唯一、違う反応をした者が一人、ジュンである。
「うそ………」
と、吐露してしまったのは魂を視たからだ。魂の強度が守護者最強の翠と同レベルだったから驚きである。
(えっ……?は??どゆこと、こいつ。いったい誰??)
およそ精気の欠片もない死んだ魚の眼をしているのに、魂だけは圧倒的に上位。質量では全く持ってジュンには劣るも、そう勝てる者もいないのではと、男を凝視してしまうばかり。
「おい貴様ぶ───」
『無礼だぞ』と大臣が言い切る前に制止させたのは何を隠そうモウリ。
「しかし、王!」
「よい、この辺ではあまり見ない者だ。この国の者でないかもしれん。ならば、無礼を働いたわけでもあるまい」
モウリの言動は正しかった。
男の左手は武器を握っていたからだ。黒服剣士の武器は刀。日本刀。
転生者であれば、誰もが武器の性質を知り得る。
あやうく抜刀でもされていたらヒヤヒヤものと、モウリが思うのも当たり前。今回、気付き対処できたのは、剣の鍛錬を毎日怠っていなかったからこそ。
ただ、それに反応したのはモウリだけではない。
ジュンの腹中、亜空間に居る存在もまた顔を出したのだ。強引に、黒の捕食者たちを媒介に。
守護者最強と、ジュンに言わしめる翠が間に割って入るかのように現れたのである。
突如として現れた存在に、一般の能力持たない人間は驚き隠せない。が、しかし、翠の登場にのみ絶句したのではない。
いつの間にか、そう一瞬の内に、黒服剣士と向かい合っていたのだ。尋常でない速度。音もしない。
ジュンを守るように仁王立ちする翠の対面に、隙あらば何か仕掛けてきそうな黒服剣士が居る。翠の方が身長が高いために、見下ろしている構図だ。男の方は正面を向かず、やや斜め遠くを見ているような、そんな雰囲気。
「………」
「………」
一触即発。
まさにそれ。
「………」
「………」
どちらかが痺れを切らせば、武器と拳とがぶつかるは必然。
「………」
「………」
固唾を呑み、行方を見守る。
「………」
「………」
この場の全員、その面持ちだったのは言うまでもない事実だが、ジュンは違っていた。
(無言時間、長すぎじゃない???)
二人の空間だけ時が止まっているかのよう。
無口の翠を知る者も多くないが、男の方もお喋り好きでなかった様子。
「………」
「………」
「あのぅ〜?」
進展しない空気にいたたまれた結果、第三者が口を発するしかなかった。ジュンはそのまま、ヒョコッと翠の脇から顔を出す。
「ちょっといい?あなたは誰?」
「………レイヴン」
「そう───で、何をしに?」
「釣り」
ごく一般的な回答。開いた口が塞がらないのは質問したジュンだけだ。
(そんなの見たら分かるでしょーが!こいつバカなの?強いけど、頭悪いの??)
「頭は悪くない、普通だ」
「はっなにそれ、読心術?」
「よく間違われる」
「あーーね」
そう言うと、レイヴンは踵を返した。
「何のつもり?」
「いまは………闘いの意志が無い。【聖なる九将】序列第一位だ。いずれ、また会う」
凍りついた。唖然とした。
ある者は頭を垂れ、またある者は発言の意味を理解出来ないでいた。人々にとっては、神話の類に等しい存在が現れたからだ。
ジュンも、思わず目を丸くしたほど。
「それ、本当?」
「全て。近い内に、達しもある」
「お達しねぇ」
「あのっ、最近海賊船を真っ二つにしたというのは貴方様……ですか?」
会話途中に介入したのはモウリだが、レイヴンは問いに答えず、先ほど同様釣りを始めた。その後は誰もが話しかけてもである。
ジュンたちも、少し離れて会話する。
「海賊船?」
「はい、この辺りを縄張りとする盗賊たちですね。一人の剣士が船を両断したと報告が挙がってました。名も、その報告通りなので間違いないでしょうな」
「ふぅん」
とは言え、イレギュラー。ジュンにとっては特に、予定していたデートプランも現在進行系で修整しなければと頭を巡らせていた。
翠はというと、レイヴンにその気がないのを知ってか、いつもの空間へと、すでに戻っている。
「危険視は必要ですが、今日のところはという感じですね」
「うん、そうなんだけど……うがーー!!面倒くさいっ!どうしてこうも予定が狂うのよッ!」
海岸沿いでキャッキャウッフする予定もあったからだ。戦闘が起きないとはいえ、視界に入るし、場所を変えても敵の存在は忘れられない。デート気分台無しなのである。
だが帰る気にもなれない。というか、モウリたちが還してはくれない。歓迎式典は始まったばかり。
「取り敢えず、城に案内しますぞ」
頷くジュンは、チラリと博の方を見る。
「はぁ、ごめんなさいね」
これは誰に向けた言葉なのか、謝るべき相手も誰か分からずで、そもそもその必要性があるかも不明だが、博は敢えて『お気になさらず、旅に問題は付き物です』とだけ答え、小国レジデントを廻ったのだった。
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