7.吉祥寺駅
それから一週間ほどたったある日、僕は、仕事で吉祥寺にきていた。
その日は、朝から、いくつかの政府観光局や大使館をまわり、またオフィスで店頭客とコースの詰めをし、電話の問い合わせに答え、端末機をうってはフライトの予約をいれ、バウチャーを作り、テレックスを打ち、そんな慌ただしい時間を過ごした後、吉祥寺にある会社が団体旅行を計画しているというので、その打ち合わせにきていた。先方の時間指定による夕方からの打ち会わせだったので、会社のほうには、戻らずに立ち帰りをする旨を伝えてあった。思ったより早く終わったので、本当は会社に戻る時間はあったし、そうすべきかとも一瞬思ったが、やはり、その気にはなれなかった。
僕は、疲れていた。
次々に起こってくる事を、瞬時に処理しなければならない毎日。いろいろな注文をすぐさま形にしていかなければならない毎日。初めの頃は、それがなんとも楽しく、そして、だれかに必要とされている、という思いが心の張りになっていた。
どんな仕事でも、それは、人々の人生のある瞬間に立ち会うことだ、と思ったことがある。産婦人科の医師や葬儀屋なんかは、人の生死の現場に関与するのだから当然といえば当然なのだが、そうではなくて、例えばレストランのウェイターだって、コンビニエンスストアにいるアルバイトの店員だって、そのお客が、今日はそのようにして過ごそうと思ったそれぞれの場面に、そうであるべき役割を担って登場し、その人の人生の一こまに立ち会う。
そうして、旅行会社の社員というのは、その人の夢の実現、そしてそこに至る高揚感、緊張感に立ち会う仕事だ、と思っていた。そういうお手伝いができるということに、僕は、そう、月並みな言葉だけれど、やりがいのようなものを感じ、張り切っていた時期があった。
ただ、いつのまにか僕は、そんな使命感のようなものだけで疲労も忘れる、というほどには若くなくなっていた。毎日処理をすべき事務の一つ一つが輝きを失って惰性になり、飛び交っている言葉も、自分とは関係のない遠くの方の出来事のように思えることが多くなっていた。
そして、そういう思いは、ユウコという女にであってから、特にしばしば僕を襲うことが多くなったような気がした。
確かに、ユウコといる時間、そして、ユウコのことを思い出している時間は、僕にとって、もうずいぶん長いこと味わったことのないような安らぎを与えてくれた。そう、ユウコとであった時から、僕の中では、何か別の、もっとゆるやかな時間が流れはじめたような、そんな気がしていた。
ユウコに会いたい、そう思った。
彼女の家は、前にもらった紙切れによれば、井の頭線の沿線らしかった。僕は、電話ボックスをみつけて、万年筆で繊細に書かれた電話番号のボタンを辿った。外は夕暮れが迫り、街灯や、店の明りがつきはじめたころだった。こんな時間に、ユウコは部屋にいるのだろうか、と思いながら、僕は受話器を耳にあてた。
呼びだし音が、遠く、虚空に吸い込まれて行くように、鳴った。




