6.渋谷、公園通り
僕は、昼休みの時間になると、「ちょっと、今日は、用事があるから。」と同僚たちに言い残して、待ち合わせの場所に走った。
ユウコは、真っ白いワンピースを着て、雑誌がたくさん並んでいる棚を眩しそうな顔をして見回していた。
「こんにちわ。」
「………。」
ユウコは、目で会釈をした。何かいいことがあったように、その目は輝いていた。僕は、ほっとした。二日前の、あの幸福感がよみがえってきた。
「食事は、何がお好きですか?」
「………。」
これは、駄目だ。
「ええと、パスタなんかどうですか?」
ユウコは、すぐにうなずいてくれた。
よかった。僕は、彼女の手を取ると、ちかくの簡単なイタメシ屋に連れて行って、カウンターにならんで座った。
「また会えて、とってもよかった。電話、どうもありがとう。」
僕は、本当に素直な気持ちになって、そう言った。
「………。」
相変わらず、ユウコの言葉は出てこない。でも、僕はそんなユウコと一緒にいるだけで、なにか心がやすまるような気がした。
「………昨日、………図書館へ行ったんです。」
「あ。例の翻訳文を調べにですか?」
言ってから、少し後悔した。あまり話を先回りしないほうがよさそうだ。そのほうが、きっとユウコも焦らずに自分のペースでしゃべれるだろう。
「………ええ。………それで、……分かったんです。………気がついてみると、………簡単なことでした。」
「そうですか。」
「………はい。でも、………とても………すっきりしました。」
「それはよかった。」
「あなたの………、お陰です。」
「僕なんて………。でも……、そう言っていただけると、嬉しいです。」
「………ありがとう………ございました。………これから、………届けに行きます。」
そう言って、ユウコは、ゆっくりと微笑んだ。
パスタが運ばれて来た。僕たちは、おどけて、お冷やで乾杯の真似をして、それから食事をした。
食事の間はほとんど話をしなかったけれど、気持ちはしっかり通じあえているようで、僕は幸せだった。
店を出るとき、ユウコは一枚の小さな紙を僕に渡した。見ると、そこには、住所と、そして電話番号が、細い丁寧な字で書いてあった。
昼休みが終わって会社に戻ってからも、僕の頭の中にはユウコが住み続けていた。ユウコと過ごしていた時間と比べて、ここは何とうるさく、そして慌ただしいことだろう。
「おい、××、聞こえてないのか、電話だぞ。」
課長の声で、僕は、現実に引き戻された。
「あ、………はい。………すみません。」
「何をぼんやりしていたんだ。しっかりしてくれよ。それと、終わったらB社の日程表を見せてくれ。」
「あ、………あれは………まだ、………」
「おいおい、今日までのはずだぞ。困るじゃないか。まあ、とにかく、まずこの電話だ。」
僕は、そんなやりとりを、何か自分とは関係のない、テレビドラマの中の出来事か何かのように見ているような気がしていた。




