2.地下鉄の車内
地下鉄に乗っても、女は無言だった。
もともと、うるさい地下鉄の中では、その女のか細い声では会話は不可能だと思ったので、僕もべつに話し掛けたりはしなかった。
その代わり、今度は余裕を持って、僕はその女を観察した。
その女は、透き通るような白い肌と、細い眉、そして、ちょっと憂いを含んだような表情で、そう、ボッティチェルリの絵に出てくるような、といっても、フローラやヴィーナスではなく、祭壇の横に控える天使のような雰囲気を漂わせて、ドアの近くの手摺棒につかまり、そして僕を見つめていた。
僕は、仕方がないので、まるで赤ん坊でもあやすように、女に向かって微笑んでみたりしたが、女は、ほんの少し首の角度を変えて応えるだけだった。
表参道までの一駅が、とても長い時間のように感じられた。
それでも、やがて電車は表参道駅に着き、ドアが開いた。
「さあ、着きましたよ。」
僕は、少しほっとして、でも少し残念なような気持ちも残しながら、女に言った。
「………。」
女は、動かない。
「どうしたんですか、表参道ですよ。」
僕は、女の耳元で、大きな声で言った。
「………。」
また、女が、何かを言いたそうな表情になった。
もう、降りる人は降りてしまって、別の人達が乗り込んで来る。
僕は、その女を無理やりに車両の外へ押し出すべきかとも思ったが、それはさすがにためらわれた。ベルが鳴り出した。
「……、いいのです。」
「えっ?」
そのときには、もうドアは閉まり、ガタンと揺れてから、地下鉄はまた走り出した。
「………。」
その女は、まだ僕のことを見つめている。
しかし、さっきよりは、いくぶん憂いの表情が消えて、そう、ほんの少しだけれど、微笑んでいるように見えなくもない表情に変わっていた。
この女は、一体何を考えているのだろう。
その顔付きや身なりからすると、それ相当の教育を受けた頭のよさを感じさせるところがあって、とてもそんな不可解な行動をとる人間のようには見えなかった。
青山一丁目に着いた。




