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時を織る皇帝 ~新たな歴史の記憶~  作者: たま
第一章 太陽の使徒と黒き旅人〜鋼の咆哮は1519年に響く〜
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第六話:アンデス技術革命

中央管理施設に灯る青白いLEDの光が、地下の冷たい石壁を無機質に照らし出していた。


「...すべてこの私にお任せいただければいいのです。」


西園寺のその言葉が、俺——ワイナ(霧沢輝)の耳奥でいつまでも不気味に反響していた。

だが、俺はそのまま「ただの飾り物」として甘んじる気など毛頭なかった。前世で理不尽な神に命を奪われ、この16世紀のインカ帝国に皇太子として叩き落とされたあの日から、俺の根底にあるのは「抗う」という強い執念だけだ。


(西園寺の意図がどうあれ……この男の供給とパワーを利用しなければ、どのみちこの国はコンキスタドールの襲来と内部分裂で滅びる。なら、俺がやるべきことは一つだ)


西園寺という巨大な蜘蛛が張り巡らせた網の上で、俺自身が誰よりも動き回り、その莫大な物資とインフラを極限まで使い倒す。彼の力を使って国全体の地力を物理的に底上げする。彼の手から供給される膨大な現代技術を、インカの民の血肉として完全に定着させ、物理的な供給の遅れを文字通り「実務」で追いつかせるのだ。


「西園寺さん」


俺は顔を上げ、5歳の幼子らしい純粋な熱意を瞳に宿して見つめ返した。


「何もしないなんて嫌です。俺は、太陽神の使徒としてこの国を守るためにここにいるんです。西園寺さんのシステムや物資がどれだけ凄くても、現場でそれを動かすのはこの国の人間です。俺に……俺に、この拡大し続ける帝国の整備と、供給を追いつかせるための現場指揮を任せてください!」


西園寺は一瞬、驚いたように目を丸くした。だがすぐに、いつもの優しくもどこか優越感に満ちた笑みを深めた。


「ふふ……実に頼もしい使徒様だ。素晴らしい。自分の役割を果たそうとするその気概、心から敬服いたしますよ。いいでしょう、ワイナ様。あなたがそこまで仰るのなら、現場の指揮と内政インフラの整備は、あなたに全面的にお任せしましょう。我が西園寺グループのロジスティクスと技術チームを、あなたの足として自由にお使いください」


「ありがとうございます、西園寺さん!」


俺は深く頭を下げた。

こうして、俺と西園寺恭弥という二人の「異端者」による、前代未聞の超速国家改造計画が本格的に始動した。



◇



父上——トゥパック・インカ・ユパンキ率いる帝国遠征軍の進撃速度は、留まるところを知らなかった。

西園寺が提供するアサルトライフル、重機関銃、個人用火炎放射器、そして高炭素鋼の鎧を纏った肉食恐竜「竜騎士団」の暴力的なまでの戦闘力により、南米大陸の北は現在のコロンビア、南はチリ中部に至るまで、僅か一年足らずでインカの旗が翻ることとなった。


だが、領土の爆発的な拡大は、深刻な「物流と統治の麻痺」を引き起こした。


どれほど西園寺グループが現代のコンテナや大型輸送トラック、果ては時空の「門(ゲート)」を介して物資を送り込もうとも、それを引き渡す末端の拠点、未舗装の山岳地帯、そして何より現地の言葉すら通じない新併合地域の混乱は留まるところを知らなかった。


「ワイナ様! 北方キト地域の補給拠点にて、西園寺様から届いた『乾燥食料や缶詰』数千箱が、現地の保管庫の湿気で腐敗、あるいは輸送中の荷崩れにより届いておりません! 現地駐留軍の不満が高まっております!」


新しく配属された技術官僚(俺が急速に育成したケチュア族の若者)が、汗だくでレポートを提出してくる。


「慌てるな」


俺は小さな身体で巨大な作戦卓に身を乗り出し、現代のCADソフトで出力されたインフラ詳細図面に赤ペンを走らせた。


「原因は明白だ。西園寺グループの現代的な物流を、この時代の泥と岩の道路にそのまま叩き込もうとしているから摩擦が起きる。西園寺グループだけに頼るな。西園寺グループが持ち込んでくれたアスファルト舗装機と油圧ショベルを全線に投入し、まずはクスコからキト、そして沿岸部へと続く『新イ(グラナ)ンカ(インカ)道路(ニヤン)』の全面舗装を完遂させる!」


俺は自らヘルメットをかぶり、建設現場へと乗り込んだ。


標高4000メートルを超える高地。荒涼としたアンデスの山肌を、西園寺グループから貸与された黄色い重機群が唸りを上げて削り取っていく。地元の石工や労働者たちは最初、怪獣のように動くブルドーザーやショベルカーに怯えて腰を抜かしていたが、俺が自ら現場に立ち、レーザー墨出し器やGPS測量機を使って正確な勾配を指示する姿を見て、次第に目を輝かせて作業に没頭するようになっていった。


「いいか! 重機は西園寺グループが貸してくれた『神の道具』だ! だが、それを維持し、道路の路盤を固め、水抜き用の暗渠(排水溝)を掘るのは俺たちの仕事だ! 重機が動かなくなっても、車輪付きの手押し車と強化セメントがあれば道は造れる! 技術の理屈を身体に叩き込め!」


「「「おーっ!!」」」


俺の叫びに、数千人のインカの職人たちが応える。

俺は西園寺から与えられた機材をただ使うだけでなく、現地の現場監督たちにエンジンの簡易メンテナンス、油脂の注油、セメントの最適な配合比率を叩き込んだ。西園寺の支援を「ブラックボックス」にさせないために必死だった。


数ヶ月後。アンデスの険しい山並みを破り、厚さ20センチのアスファルトと頑丈なコンクリート側溝を備えた片側二車線の超高速軍用道路網が完成した。


そこに、西園寺グループが持ち込んだディーゼルエンジンの大型三輪トラックや、恐竜が引く大型の強化車輪トレーラーが怒涛の勢いで走り抜ける。


これにより、かつて伝令使(チャスキ)が徒歩で数週間かけていたクスコ—キト間の物資輸送は、僅か「12時間」へと短縮された。


「すごい……! 本当に補給が追いついた! 兵士たちに温かい食料と弾薬が届いているぞ!」


現場の将兵たちから歓喜の声が上がる。

俺は休む間もなく、次の課題である『衛生と医療』の爆速整備に着手した。


どれほど兵器が強くとも、伝染病一発で国家は傾く。俺は西園寺に頼み込み、現代の抗生剤(ペニシリンやセファレキシン)、各種ワクチン(天然痘、破傷風、麻疹など)、そして大量の自動注射器と消毒用アルコールを搬入させた。


そして、単に薬を配るのではなく、帝国全土に『衛生省』に相当する組織を立ち上げた。


「全都市、全村落に命じる! 水は必ず煮沸してから飲むこと! 排泄物は指定された水洗式の集合便所に捨てること! そして、西園寺様から賜った『聖なる針(ワクチン)』を、赤ん坊から老人まで全員に接種せよ!」


俺は自ら腕を捲くり、全住民の前で最初にワクチン接種を受けて見せた。

「使徒様が自らお受けになられた!」という噂は宗教的な絶対性を持って全土に広まり、僅か半年で帝国人口数百万人のほぼ全員へのワクチン接種と、基礎衛生観念の徹底が完了した。


さらには、西園寺が持ち込んだプレハブ構造の簡易病院と、現代の医療モニターを各主要都市に設置。西園寺グループから派遣された医療インストラクター(現代の看護師や医師の指導員)から、インカの伝統的な薬草師たちに基礎医学と解剖学、衛生看護の手順を猛スピードで叩き込ませた。


「ワイナ様……信じられません。今季、幼子の死亡率がほぼ『ゼロ』になりました……! 街から腐臭が消え、病で倒れる者が一人もおりません!」


薬草師の長老が、感涙を流して俺の足元にひれ伏した。


インフラ、衛生、物流、そして農業。

西園寺が持ち込む化学肥料と現代の農業用水ポンプ、さらには品種改良された高収穫量のトウモロコシやジャガイモの種子を、俺が構築した物流網に乗せて全土へ撒き散らした。


その結果、インカ帝国の食料生産量は前年比の「十倍」へと跳ね上がり、飢餓は完全に撲滅された。急激な領土拡大によって生じるはずだった食料不足や補給の破綻は、俺の不眠不休の現場指揮と、西園寺の圧倒的な供給能力の融合によって、ほぼ完璧に押さえ込まれたのだ。



◇



国が急速に、そして完璧に整備されていく一方で——西園寺恭弥という男の「影」は、より深く、静かに帝国全体を侵食していた。


クスコの宮殿の近く。

その地は今や西園寺グループの手によって、全面ガラスとスチールの近代的な大ホールが建設されていた。


「これより、第十二回『帝国会議』を執り行います」


スーツ姿の西園寺恭弥が、壇上のマイクに向かって滑らかに語りかける。

その周囲には、インカ帝国の最高権力者である皇帝――トゥパック・インカ・ユパンキをはじめ、主要な軍将校、地方行政官タクリコックたちがズラリと並んでいた。


だが、その光景は異様だった。


皇帝も将軍たちも、インカの伝統的な衣装ではなく、西園寺グループが仕立てた最高級の西洋式スーツや軍服に身を包み、胸には「SAIONJI GLOBAL」のロゴが刻まれたゴールドピンバッジを着用していた。


「皆様、画面をご覧ください」


西園寺が指を鳴らすと、巨大なホログラムプロジェクターが帝国全土の経済指標と資源採掘量を映し出した。


「ワイナ様の素晴らしい現場指揮のおかげで、我がグループが投資したインフラ整備は完璧な成果を上げております。つきましては、次のステップとして、帝国の貨幣制度の全面改定を行います」


西園寺はちらりと玉座の皇帝に視線を送った。


「皇帝陛下。我がグループが提案する『新インカ紙幣』の発行。これにより、王室の資金力は従来の百倍以上となり、陛下は世界で最も裕福な君主となられます。……いかがでしょうか?」


皇帝トゥパック・インカ・ユパンキは、一瞬の躊躇もなく、満面の笑みを浮かべて頷いた。


「素晴らしい! 流石は西園寺殿だ! 我らの経済が、西園寺殿の手によってさらに価値あるものに変わるというのだな! 許可する! 」


将軍たちも、行政官たちも、皆西園寺に胡麻をするものも出始めた。


西園寺がこの一年の間に撒き散らした圧倒的な富と利権。

西園寺グループが発行するカード一枚で、現代の豪華な家電や衣類、嗜好品(タバコや高級酒、菓子類)が手に入る仕組み。


西園寺は壇上からゆっくりと下りてくると、俺の前で身を屈め、視線を合わせた。

眼鏡の奥の瞳には、一切の揺らぎもない絶対的な支配者の色彩が宿っていた。


「ワイナ様。あなたは本当によくやってくれました。あなたの超人的な実務能力と指導力があったからこそ、我がグループのインフラ投資はわずか一年で100%以上の回収率を叩き出すことができた。感謝していますよ」


西園寺は立ち上がり、パンと手を叩いた。


「さあ、みなさん我がグループの全面協力のもと、新時代の軍事演習を執り行います。太西洋沿岸へ向かいましょう。海軍を編成しましょう。」

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