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時を織る皇帝 ~新たな歴史の記憶~  作者: たま
第一章 太陽の使徒と黒き旅人〜鋼の咆哮は1519年に響く〜
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第五話:拡大する帝国と加速する鉄の足音

クスコの陣営から激しい地鳴りが轟いていた。


父上は、連戦連勝の報に歓喜していた。西園寺がもたらした「竜騎士団」と近代兵器の圧倒的な威容は、周辺の反抗的な諸部族を瞬く間に平定していった。皇帝は帝国の領土をどこまでも押し広げるべく、度々自ら軍を率いて遠征へと赴き、征服した土地を次々と帝国の版図へと組み込んでいた。


「見よ、ワイナ! 我らの領土はかつてないほどに広がっておるぞ!」


遠征から帰還した父上は、五歳の幼子である俺——ワイナ(霧沢輝)の肩を力強く抱いた。その目には誇りと、戦果への強い自信がみなぎっていた。


「父上、あまりに急速な領土拡大は補給線の維持と治安維持に負担がかかります。まずは獲得した土地の衛生環境と、車輪を用いた輸送網の整備を優先すべきかと……」


俺の進言に、父上は大笑いしながら首を振った。


「ハハハ! 案ずるなワイナ! 我らには西園寺殿から授かった無敵の竜騎士団と、どんな城壁も打ち砕く『火の筒』があるのだ! 補給など『神獣』たちが引く車で足りる。勢いのあるうちに一気に版図を広げるのだ!」


父上は再び次の遠征の準備にとりかかるため、幕僚たちを従えて去っていった。


俺は広大な帝国の地図を見つめながら、一抹の不安を覚えていた。確かに領土は広がっている。しかし、内政や衛生改革の浸透が軍事的な拡張のスピードに追いついていない。急造された占領地では、旧来の統治体制との摩擦が生じ始めていた。


「ふふ、あまり根を詰められない方がよろしいですよ、ワイナ様」


背後から、柔らかく上品な声が聞こえた。西園寺恭弥だ。

彼は上質なスーツを一切汚すことなく、眼鏡の奥から穏やかな眼差しを俺に向けていた。


「西園寺さん……。父上の遠征速度が速すぎます。このままでは全土の衛生管理や近代的なインフラ整備が追いつきません」


「お気持ちは分かります。ですが、皇帝陛下の連戦連勝は民や兵たちの士気を大いに高めておりますよ。足りない資材や兵器、それに恐竜たちの食料は、私がいくらでも別の時代から持ち込みますからご安心ください」


「いつも……本当にすみません。西園寺さんがいなければ、俺の提案なんて途中で破綻していたはずです」


俺は深く頭を下げた。

西園寺グループの圧倒的な物資と技術がなければ、父上の急激な外征を支えることなど到底不可能だった。彼はいつだって俺の足りない部分を補い、完璧なサポートを提供してくれる。この男こそ、この国に舞い降りた真の救世主だと俺は疑わなかった。


アンデス山脈の稜線を覆う夕闇の中、クスコの北方数百キロに位置する広大な渓谷地帯で、地響きのような遠雷が鳴り響いていた。


いや、それは雷鳴ではない。


重厚な金属甲冑を装着された巨獣——太古の恐竜ガリミムスやカルノタウルスたちが、巨躯を揺らして行進する足音だった。その背に乗るインカの選り抜き兵たちは、西園寺から与えられた最新式の軽量突撃銃(アサルトライフル)や個人用火炎放射器を構え、統制の取れた眼光で前方を見据えている。


「止まれッ!」


先頭に立つ竜騎士隊長の声が轟き、無数の巨獣が一斉に足を止めた。

彼らが眼下に捉えているのは、帝国に反旗を翻し、山岳地帯に籠城していた北方の強力な独立部族の要塞だった。切り立った断崖に組み上げられた強固な石造りの陣地。かつてのインカ軍であれば、投石紐や青銅の斧を手にした兵士たちが数か月にわたる過酷な包囲戦を強いられていたはずの難所である。


「使徒様、および西園寺様より下された試練の刻だ! 『火の法』を以て、逆賊どもに帝国の威光を示せ!」


隊長が引き金を引くと同時に、凄まじい掃射音が渓谷にこだました。


ドタタタタタタッ!


夜の闇を裂いて吐き出された火炎放射器の灼熱の炎が、要塞の防壁を呑み込んでいく。さらには恐竜たちの突進により、数百年倒れることのなかった巨石の壁が一瞬にして粉砕された。圧倒的な無力化。悲鳴を上げる暇すら与えられず、反乱部族の要塞はわずか三十分足らずで完全に沈黙した。


「勝った……! またしても我らの圧勝だ!」


「太陽神インティ様! そして使徒ワイナ様、万歳!」


歓声を上げる兵士たちの中心で、遠征軍を率いる父上は、豪快に高笑いを上げていた。


「見よ! 我らの進軍を阻める者など、この大陸のどこにもおらん! ワイナの知恵と、西園寺殿の神力があれば、我らは世界の果てまでをも従えることができるのだ!」


皇帝の目には、連戦連勝がもたらす万能感と、拡大し続ける領土への激しい執着が渦巻いていた。もはや周囲の将軍たちも、かつてのような慎重さを失い、圧倒的な暴力の快感に酔いしれていた。


◇


一方、クスコの宮殿——。


深夜の執務室で、俺は、机の上に広げられた巨大な地図とにらめっこを続けていた。

手元の油性ペンで、新しく併合された北方の領土に赤線を引く。だが、その線が増えれば増えるほど、俺の胃は痛むようにキリキリと痛んだ。


「……速すぎる」


ペンを握る指先がかすかに震えた。


父上の遠征ペースは、俺が描いていた内政・衛生改革のスケジュールを完全に逸脱していた。

俺が指示した手洗いや煮沸消毒の徹底、あるいは車輪を使った物流網の整備は、クスコ周辺の限られた地域でしか定着していない。新しく併合された地方では、現地住民への指導が追いつかず、単に「恐ろしい火と怪獣を操る絶対者」としてインカの軍勢が恐れられているに過ぎなかった。


(これじゃダメだ。武力でひれ伏ませるだけじゃ、制度としての国家は成り立たない。もし西園寺さんからの物資供給が止まったら、この急造された大帝国は一瞬で内側から崩壊する……!)


頭を抱える俺の耳に、静かな足音が届いた。


「遅くまでご苦労様ですね、ワイナ様」


扉が開き、西園寺恭弥が入ってきた。

彼は深夜にもかかわらず、寸分の乱れもないスーツ姿に身を包み、手に温かい飲み物の入った現代の保温マグカップを持っていた。


「西園寺さん……。すみません、起こしてしまいましたか?」


「いえいえ、私も少し書類仕事をしておりましてね。頑張り屋の幼い使徒様に、差し入れを持って参りました」


西園寺は優しく微笑みながらマグカップをデスクに置いた。甘いココアの香りが部屋に漂う。


「ありがとうございます。……あの、西園寺さん。父上の遠征についてなのですが、少し武器や恐竜の補給ペースを落としてもらうことはできませんか?」


俺はまっすぐに西園寺を見つめた。


「父上は連戦連勝で完全に勢いに乗っています。ですが、このまま領土だけが広がれば、現地の人々の治世や衛生環境の改善がまるで追いつきません。一度遠征を止め、内政の基盤を固める時間を稼ぎたいんです」


西園寺はメガネの奥の目を丸くし、それから心から感心したように頷いた。


「素晴らしい観察眼です、ワイナ様。中身が高校生だとしても五歳にしてそこまで国家の構造を見抜いていらっしゃるとは……。ですがね、ワイナ様。皇帝陛下の熱意を今止めてしまっては、将兵たちの士気が削がれてしまいませんか?」


「それは……そうかもしれませんが……」


「ご安心ください」


西園寺は俺の小さな肩にポンと温かい手を置いた。その手つきは、まるで慈愛に満ちた父親か、頼れる師介のようだった。


「物資や食料、衛生資材が足りないのであれば、私が持ち込む『門』の規模をさらに拡大すればよいだけの話です。私のグループには、現代の物流インフラと莫大な資本があります。あなたが一人で背負い込む必要など、どこにもないのですよ」


「西園寺さん……」


「あなたはただ、未来の脅威——あの恐ろしい西洋の征服者たちが来た時に、どう彼撃するかという『大戦略』に集中してください。面倒な物流や資材調達、現場のサポートは、すべてこの私にお任せいただければいいのです」


西園寺の淀みない言葉と、圧倒的な自信。

それを聞くたび、俺の胸の奥にあった不安はスッと消え去っていった。


(そうだ……俺は何を弱気になっているんだ。俺の隣には、現代世界最高の企業グループのトップがいるんだ。彼がバックアップしてくれている以上、物流の破綻なんて起きるはずがない)


「……ありがとうございます、西園寺さん。俺、もっと頑張ります。この国を、絶対に誰にも踏みにじらせないために」


「ええ、期待しておりますよ、我が若き使徒様」


西園寺は満足そうに微笑み、俺の頭を優しく撫でた。

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